第十八話
気まずさと気恥ずかしさと、ツナへの申し訳なさの中、アメの顔を見る。
……これは浮気に含まれるのだろうか。
そもそもツナと付き合ってないとかは……あまり言い訳にはならない気がする。
顔を赤く染めたアメはキスを誤魔化すように「あっ」と声を上げる。
「そ、そうだ。そういえば、えっと、あれ、あれがありました。ほら、宝物の本、僕だけが独占するのも悪いですから、今のうちに二人で見ましょう!」
キスを誤魔化したくていっぱいいっぱいなのだろうが、それは悪手ではなかろうか。
かと言えど、俺もこの気恥ずかしさを乗り越えてアメと目を合わせて話をすることも出来ずに流されてしまう。
今日、手に入れた宝物……というか、俺が電子で買っていたものがツナにバレたので紙媒体でわざわざ書い直したお気に入りの薄い本である。
誤魔化すためにアメが開いたそこには、少し幼さのある黒髪の女の子が男と仲良くしてるものだった。
「あ、これは普通のラブコメって感じです」
アメはホッと息を吐くが、当然先の展開を知ってる俺からすると安心出来る要素はひとつもなかった。
「この子、ちょっと背丈とか髪型とは、僕に似てますね」
「…………ああ」
まぁ、なんとなく似てるなとは前から思っていたが……今、そう言われるとあまりにも気まずさが増す。
ぺらりぺらりとページが捲られていくたびに本の内容は過激になっていき、それに合わせるようにアメの顔が赤くなり、涙目だった瞳が羞恥で揺れる。
耐えきれないように俺の方を見て、俺と目が合って顔をパッと俯かせる。
「ち、ちが、違います。やっぱり、に、似てません。ぜ、全然、似てませんから」
アメはそう言いながらも最後まで読み終えて、それから膝を抱えて体育座りをしながらチラチラと俺の方を見る。
「……そ、その、えっと……ふと、思ったんですけど。ダンジョンの宝箱って、装備は最初に手に入れた人の体格に合わされるって不思議な性質があるじゃないですかね
「ああ」
ダンジョンの中に落ちている装備は、手に入れたけど着れないという事態を防ぐために初めて着ようとした人に自動でサイズ調整をするという機能が標準で付いている。
けど、それがどうしたのだろうか……と思っていると、アメは表紙のアメにちょっと似た女の子の絵を俺に見せながら話を続ける。
「……も、もしかして、こういう本も、そういう機能があったりする……と、思いますか? その、なんというか、本の傾向が偏ってますし、取得したパーティの好みが反映されている……みたいな」
…………そういうマジカルな薄い本ではないが、バリバリに俺の好みは反映されている。
なんたって俺が電子で買ったのに紙でも買った薄い本だから。
「……まぁ傾向に偏りがあるのは事実だな」
「な、なので、もしかしたらそういう感じかなぁ……と」
アメは俺に何かを期待するような目を向ける。
何を期待されているのか分かる。多分、こういう背が低くて可愛らしい女の子が好みということを期待されているのだろう。
だが……だが、本人の目の前で「このアメさんに似てる女の子マジ最高っすわ!」とは言えない……!
俺は目を逸らしながら口を開く。
「…………み、水瀬が、そういう趣味なんだろうな。小さい子が好きなロリコンなんだろう」
水瀬に全てを押し付けて、俺は逃げ出した。
「いやでも、水瀬さんは興味を示してなかったですけど、ヨルさんはめちゃくちゃ気にしてましたよ?」
だが逃げ出した先にまわり込まれた。
目を逸らすがジッと見られているのを肌に感じる。
「……ヨルさん」
「そもそも……本の内容が変わるというのは事実なのか? ほら、作者の名前が書いてある。内容が変わるマジカルな薄い本じゃなく、普通にある本がダンジョンの宝箱に入っていたんだろう」
「……むう、確かに。でも、ヨルさんが気にしていたのは事実ですよね?」
なんで……なんでアメは俺を追い詰めるんだ……!
「あのな、アメ……人には秘密にしたいことがたくさんあるものなんだ。アメも知られたくないことぐらいあるだろ? 俺にもあるんだ」
ツナとの関係とか、ダンジョンで中ボスをやって毎日アメを斬ってることとか、まぁ他にも色々と秘密がある。
「むう……僕はヨルさんの好みが知りたいだけなんです」
「……いや……小さい子が好きとか言ったら引くだろ」
「引きませんよ? 変わってるとは思いますけど、僕も背が低いのでちょっと嬉しいです」
……本当に嫌そうな表情はない。
俺の考えすぎとか、心配しすぎだったのだろうか。
「……あー、まぁ、実のところ、わりと同年代とか年上の女性は苦手だな。育ちが良くないのもあって、子供の頃は小汚い感じで……女教師とかにすごい嫌悪感を示されていたから、今でもなんとなく」
「あ、すみません。そういうことを言わせて」
「いや、自分から言ったことだ。だからまぁ、年下が好きではあるな」
そうは言っても……アメと結ばれるのは無理だ。好意があるとかの話ですらなく、ダンジョンの方の人間なのだから。
それにツナとのこともある。
ツナを捨ててアメと結ばれるというのは……あまりにも酷いだろう。
年齢差を考えるとそちらの方が自然かもしれないが……。それはツナが成長したときに相手がいると仮定出来たらの話だ。
ダンジョンマスターというのはダンジョン同士でも敵対し、人間側とも敵対する孤立無援の存在だ。
他のダンジョンの人に比べて人を引き入れることやダンジョンの拡大に積極的ではないのもあって……大人になってもいい相手が見つかることはないだろう。
ツナには俺しかいないから……と考えて、それからアメの方を見る。……いや、この子はこの子で放っておくのはかなり厳しいんだよな。
「ふへへ、ヨルさんは年下好き……。あれ、ヨルさん、年上ですよね」
「ああ、まぁ。……最近なんか悩みとかないか? 金のことでも」
「ん、んぅ? どうしたんですか?」
「いや……見てたらなんか不安になって」
「んー、大したことじゃないんですけど、最近家に変な手紙が入ってるんです」
変な手紙……?
「なんか、新聞の文字を切り抜いて貼り付けたみたいな感じで「あの人に近寄るな」って」
「いや思いっきり脅迫文。……えっ、なに、脅迫されてるのか?」
「入れ間違いかと思います。最近会った人、ヨルさんとツナさんと水瀬さんぐらいですから」
「ああ……まぁ、知り合いとか少なそうだしな。確かに入れ間違いか……?」
脅迫文となると郵便局が入れたわけじゃないだろうし、素人が住所を探ってとなると間違いぐらい発生しそうだ。
「まぁでも。多少心配だな。気をつけろよ」
そろそろ一度ツナの元に戻った方がいいだろうと思って立ち上がると、アメは座ったままちょいと俺の手を引く。
「はい。……あの、ヨルさん」
「どうかしたか?」
「……勝とうと思ってます。幽鬼に」
息を吸って、ジッと俺を見つめる。
「もし勝てたら、ひとつだけ、聞いてほしいことがあるんです」
「……別に聞くだけならそんな条件つけなくてもいくらでも」
俺がそう言うとアメは首を横に振る。
「倒してから言わないと、意味がないんです」
……ダンジョンの厄介な敵を倒すのと俺に何か関係あるのだろうか。
二人で外に出て、近場で別れて、俺は裏口からツナのいる居住スペースに戻る。
……なんか、いい感じの仲の女の子と別れて別の女の子と過ごすの、最悪な二股みたいな感じがするな……。
と思っていると、ツナは机の上に置かれた手紙……それからホログラムのように現れている男を不快そうに見ていた。
このホログラムを表示する手紙……DPで買えるアイテムだったな。
普通にテレビ電話の方が安くつくのでマトモに使っているところを初めて見た。
……というか、DPで買えるアイテムでやり取りをしているということは……ダンジョンマスターのはずだ。
しかし、俺たちの参加している組合では見ない顔だった。
『おや、『幽鬼』くんが帰って来たのかな』
「……ツナ、コイツは」
「噂の極夜の草原のダンジョンマスターですね」
ホログラム上の男は、へらりとした信用の出来ない笑みを浮かべて俺を見る。
『初めまして。この国、最大のダンジョン【極夜の草原】のマスターだよ』
……胡散臭い。というか……このタイミングで声をかけてくるなんて……きな臭さを隠す気すら感じられない。
俺が警戒しながら見ると、男は俺を見ながら軽く笑う。
『簡単に言うと、商売をしにきたんだ』
「商売?」
俺が尋ねると、胡散臭い笑顔の男はへらりと笑う。
『君たちの命を、いくらで買う?』
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