第十九話
「安い脅しだな。随分とダンジョンを急拡大しているが、敵対者やよく思わないものを多く作っているだろ、そんな中でこれ以上暴れたら自殺行為だろ。そもそも……どうやってここまでくるんだよ、電車乗り継いでか?」
俺が適当に言いながらツナの隣に座るとホログラムの男はへらへらと笑う。
『まさか? なんのために【海呑み】の迷宮を落としたと思う?』
男の言葉にツナは息を飲む。
「ま、まさか……!?」
『そう、そのまさかだよ』
「増えすぎた人口に海産物を供給するための乱獲。それを抑えるために……!?」
『違う』
「社会派ダンジョンマスターだな」
『違うよ?』
ホログラムの男は不快そうに顔を歪める。
「まぁアレだろ。陸路は無理でも海から攻めるぞーって話だろ? 人間には見つからないかもしれないけど流石に遠すぎる。何ヶ月かかるんだよ」
『さあ、まぁ三、四ヶ月ぐらいかな?』
「それで辿り着くのは何割の目算だ?」
『二割ってところじゃないかな』
「話にならないだろ」
『そうかな? 君たちには十分すぎるほどの脅威だろう』
……いや、真っ向からぶつかるならまだしもそのレベルなら全く脅威ではない。
ただの中小規模のダンジョンとでも思っているのか?
男は脅しをしているつもりらしいが、ハッキリ言って脅しになっていない。
ツナの方を見るが、ツナもそう思ったらしくつまらなさそうな表情で男を見る。
「……そもそも、三、四ヶ月保つと思ってます? ダンジョン同士の抗争はダンジョン内で人間の死者が出ないのでDPの削り合いになります。……こんなに色んな人に喧嘩を売って、悪目立ちしてネットでダンジョンの攻略情報が出回るせいで探索者に儲けさせて収益を減らして。今、首が回ってないでしょう」
『っ……』
「そもそも声をかけるならもっと以前からすべきですし、喧嘩を売るのも意味ないです。……どうします? この話、聞かなかったことにしてもいいですよ?」
『……舐めるなよ。ダンジョンもお前らも、ふざけてばかりの道化が』
いや……ツナとダンジョンは確かにふざけてるけど俺は大真面目だろ。
俺だって好きでネットにアイコラされてるわけじゃないんだ。
「道化……ふむ、いいですね」
男の放った暴言にツナは気に入ったかのような表情を浮かべて頷く。
「ヨルばかり色んなあだ名や二つ名を付けられて羨ましかったので。道化と名乗りますか。これから道化の結城……とでも呼んでください」
男は馬鹿にされていると思ったのか不快そうな顔を浮かべてホログラムが消える。
「お、いなくなった。それどうする?」
「焼いて外に捨てましょう。何か仕込まれてる可能性があるので」
「了解」
とりあえず手で持ち上げて刀で細切れにする。
「……それより、なんか俺の苗字名乗ってなかった?」
「結婚したんですから、当然じゃないですか?」
「結婚してたんだ……」
俺はそんな覚えはなかったんだけどな……不思議なこともあるものだな。
細かく切った紙に火をつけて燃やしたあと、その灰をを袋にまとめて縛っておく。
「さっきアメと会って知ったんだが、極夜の草原、トップギルドの紅蓮の旅団が人を集って攻略を開始しているらしい」
「ふむ……? んー、あーそうですか。ふむ……。やっぱり、そういうダンジョンは出ますよね。探索者と協力関係にある……というか、従えてるところは」
「ああ、やっぱりそうだよな。このタイミングだと」
「ふむ……まぁ、遅かれ早かれ潰れるダンジョンですから気にする必要はないですね。それよりも、人間がコアを取るのかダンジョンがコアを取るのかが気になります」
ダンジョンコアを人間が手に入れてもせいぜいがタービンを回す程度だが、ダンジョンマスターが他のダンジョンコアを手に入れたらそっくりそのままダンジョンを得ることが出来る。
「目立つリスクを負ってでも所有するダンジョンを増やすか、もしくは目についたダンジョンを潰すだけで済ますか……か」
「ん、まぁ、おおよそはタービンを回すことになると思います。暗躍するのが好きそうですし……。後から回収すればいいだけですからね。タービンから」
「……あとからダンジョンマスターが手に入れることって出来るのか?」
「多分出来ると思います。まぁ、ダンジョン自体が朽ちていてもいけるかは分かりませんが」
なら、どちらにせよタービンを回すことになるのか。
電気料金安くなりそうだな……。と思っていると、ツナはおほんと咳をしてジッと俺を見つめる。
「そんなことより……なんでアメさんに会ってるんですか。私に隠れて外に出たんですか」
ツナはムッと怒ったような表情で俺を見る。
「いや、そんなことよりって、さっきのことの方がよほど重要じゃ……」
「ヨルさんが他の女の子と隠れて会ってる方がよほど問題です。……わ、私に、飽きたんですか?」
「いや……そういうのじゃなくて……ダンジョンで会ったんだよ。壁が壊れて、エリアがつながって」
ツナは「あー、近すぎましたか」と納得したような表情を浮かべる。
「そうですよね。ヨルさんは浮気なんてしないですよね」
安心した様子のツナを見て……。手に残ったアメの身体をまさぐった感触に罪悪感を覚える。
……柔らかかったとか思い出さないようにしよう。
「ああ、あと、罠にかかってた」
「……えっ?」
「罠にかかってぶら下がってた」
「わ、罠……一個しか設置してないんですけど。ダンジョン内に一個しか設置してない罠を……本来なら入れない場所に壁をぶち抜いて踏み抜くの、どうなってるんです……? もしかして、罠を踏みにいってます?」
「いや、そんなことはないと思うが……」
ツナは壁が繋がってしまう欠陥を直すためにダンジョンの構造を変化させていく。
「そういや、俺の本を宝箱に入れるのやめろよ……記念に持って帰るってアメに回収されてしまった」
「ヨルがあんなの持ってるのが悪いです。私というものがありながら……」
ツナは俺からそっぽを向いて、拗ねたように言ってから、きゅっと服の端をつまむ。
「……ど、どうしても、えっちなのが見たいなら、私が見せてあげますから」
その言葉に思わずスマホを持とうとした手が止まる。
恥ずかしそうに俺から目を逸らして、紅潮した頬を隠すように俯く。
「……い、いや、ダメだろ」
「ダメじゃないです。ダンジョンの奥深く、ふたりきり。ダメなんて言う人、誰もいません」
ツナの言葉が本気なことぐらいは俺にも分かった。
小さな体が俺にひっつき、そのトクトクトクトクと早鐘を打つ鼓動が伝わってくる。
薄い桃色の唇が不安そうに震える。
「や……ですか?」
返答が出来ない。
幼くも可愛らしい顔に見惚れて、心臓がドクリドクリと血を動かす。
「……抑えが効かなくなるから、あまり誘惑しないでくれ」
「むう……抑えなくていいのに」
「そういうわけにはいかないだろ……。ツナは、色々焦りすぎなんだよ。ちゃんと大切に思ってるから」
ツナは俺の言葉を聞いて納得した……のではないだろう。
たぶん、俺が本気で動揺したのを見て、女性として見られていると思って満足したという感じだ。
「そこまで言うなら我慢してあげます。……喜んでもらいたいだけで、困らせたいわけではないので」
「……最近、こういう話が多いな。もう少し真面目にダンジョンの話をしよう」
「んー、現状、すごく上手くいってるんですよね。目立たない範囲で大量にDPを溜め込めていて」
「やることはないのか?」
ツナは俺の問いに少し考えたような表情を浮かべる。
「……まったくないわけじゃないです」
「そろそろ他のダンジョンも本格的に動き始めただろ」
「……そうですね。戦国の世、あまりのんびりとはしていられませんか」
ツナはコクリと頷いて。ちょこんとソファに座りながら真剣な表情で俺を見る。
「覚悟はいいですか? 私の右腕」
「ああ、もちろんだ、俺のマスター。それで何をするんだ? 俺は何があろうと勝つぞ」
ツナは真剣な表情で、ゆっくりと口を開く。
「お店の誘致です」
「お店の誘致」
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