第十七話

 ダンジョンの探索も終わり水瀬がダンジョンの外に脱出する。

 水瀬がいなくなったことを確かめたアメは振り返って俺の方を見る。


「どうかしたか?」

「……ヨルさんは、どれほど強いんですか?」


 何気ないいつも通りのような口調で発せられた言葉。けれども、アメのような武芸者が口にする意味は大きい。


「それはどういう意味でだ? 大規模な破壊とかなら魔法職に敵うはずもないし、探索とかも上手い方じゃないから探索者としては下の方だろう。それに」


 俺の誤魔化すような言葉を、アメは封じるようにジッと見つめる。


「…………一介の武人として、どうにも知りたいと思ってしまいます」

「手合わせならしないぞ? アメさんを叩いたりはしたくないし」

「ですよね……。むぅ……」


 アメは刀に手を伸ばし、迷ったように手を引っ込める。


「つ、辻斬りって、アリだと思います?」

「なしだと思う。…………あまり、詮索されるのは好きじゃない」

「す、すみません」


 申し訳なさそうにアメは頭を下げる。

 それから、思いついたようにパッと顔を上げる。


「あ、じゃあ、特別にいいことを教えてあげるのでその見返りという感じでは辻斬っていいですか?」

「……いいこと? いや、だいたい、アメの知ってるような情報は知ってるだろうしな」


 アメは「それはどうかな」とばかりにドヤ顔を浮かべる。


「実は、使い切りのエネルギーにするしかないと思われていたダンジョンコアなんですけど、あれは実は無限にエネルギーを引き出せるというものだそうなんです」

「……知ってる。ニュースでやってたし」

「ふっふっふ、これから言うのは世間では知られていない事実なのですが、ダンジョンコアを使った画期的な技術が開発されたのです」

「お湯沸かしてタービン回すの以外で?」

「…………」


 無限にエネルギーを取り出せるって言っても使いやすいのは電気で、電気を作るのなら結局タービンを回すのが手っ取り早い。


「むむむ……じゃあ、一生働かなくていいぐらいの額で買い取ってもらえるのも」

「知ってる」

「じゃあ、烈火の旅団さん達が、極夜の草原を攻略しようと人を集めてるのは……まあ知ってますよね」

「それは初耳だ。けど、興味は……」


 と言おうとして、違和感に気がつく。


 …………なんでこのタイミングで、この場所にいる烈火の旅団が極夜の草原の攻略?


 ツナが話していたように、極夜の草原はかなり遠方の迷宮だ。流石に日本国内だから一日でいけるが、日帰りはしんどいぐらいで……そちらを攻略する予定があるならこっちに来たという理由が分からない。


 極夜の草原の攻略となると相当に大規模だろうし……そんな大仕事の前にアメとのバトル配信みたいなお遊びをやるだろうか。

 まるで急に決定したみたいだ。


 そりゃ、俺とかツナみたいなダンジョン側なら「疲労しているうちに叩く」とか「育つ前に始末する」とか考えるが……ダンジョンの裏事情を知らない探索者の行動としては不自然で……。


 ふと嫌な閃きがあり、アメを見てまばたきをする。


 ダンジョンの裏事情を知ってる? 紅蓮の旅団が、あるいはその上から指示しているやつが。


 だとすれば紅蓮の旅団のおかしな行動にも辻褄が合う。


 アメの噂を聞きつけてこちらにきたあと、ダンジョンの裏事情に詳しいものから話を聞いて極夜の草原の攻略に乗り出した……。


 そして、ついでに近くにいた有力な探索者であるアメに声がかかった。……というのが妥当か。


 そこまではいい。そこまではいいだが…………だとすると、アメは大丈夫なのか?


 ダンジョン側の人間と繋がりがあるものと共に探索して、圧倒的に強いところと明確な弱点を持っているアメは……脅威であり、対処しやすい相手でもある。


 活躍したあと、厄介と思われ……ダンジョンの外で命を狙われかねないのではないか?


 そんな考えが頭をよぎった。


「……あの、ヨルさん?」

「……十回」

「え?」

「十回までなら、相手してやる」

「えっ、いいんですか?」

「ああ、どうせ一瞬だ」


 情が湧いてしまっている。

 もしかしたら死ぬかもしれない。という不安を抱いてアメを送り出すことは出来ない。


 ……お前は弱いと突きつけて、この場所に引き留める。

 それがアメの可能性を奪うとしても。


 混乱と喜びを表情で表しているアメを置いて竜と戦った広間に戻る。


 ……本気でやろう。幽鬼としてアメの前に立ちはだかったときや、先程の竜を相手にでも……今まで、誰にも見せてこなかった俺の本気を。


 刀を構えて息を整えるアメを横目に、俺は自分の頭に手を当ててその技名を呟く。

 俺の持つ最強の技……人間には、生物には、どうしようもない理不尽。


 ────領域外技能グリッチスキル名喰いの偽典ロ・グリモワール


 アメが緊張の面持ちの中で刀を構える中、俺はそのまま歩いてアメの方に向かう。


 その刀の射程内に俺が入った瞬間に刀を振るうが、俺の手の甲がその刀の横を払って押しのける。


「……へ?」


 振るった刀が構えてすらいなかった俺にいなされたアメは呆気に取られた表情を浮かべる。


 その肩を軽く叩きながらすれ違う。


「これで一回だ」

「っ……やっぱり、僕よりも強いです」


 一度してやられたことでアメは遠慮をなくしたように思い切り連続して刀を振るうも俺はそれを全てかわして懐に入り込み、また同じように肩を叩いて通り抜ける。


「……あ、あれ?」


 アメは混乱したように俺を見て、それからお得意の構えをする。


 だが、その剣技【雪の色斬り】が放たれるよりも先に俺の手がアメの肩に触れる。


「三回目」


 理解出来ないのだろう。何故、全て構えてすらいない俺に防がれ、避けられ、すり抜けられて、技よりも早くに潰されているのかを。


「四回目」


 アメの肩を叩く。

 ……俺の切り札、領域外技能グリッチスキル名喰いの偽典ロ・グリモワール、その正体は俺の職業である祈祷師の使える幻術の魔法だ。


 本来なら相手にかける幻術を俺自身にかける。

 体感時間をスキルにより強制的に引き伸ばし、それによって手に入れた思考を直接脊髄に送り込んで反射によって身体を操作する。


「五回目」


 熱いものに手が触れたとき、脳が熱さを理解するよりも早く手を離す反射という機能は人間の起こせる反応の中で最も速い。


 相手の動きを見て、引き伸ばした体感時間で最適解を選び、それを神経にぶち込んで体を動かす。


「六回目」


 言ってしまえば後出しじゃんけんだ。

 相手の動きを見てから動く。


 本来なら人間の神経の限界0.1秒。

 それを自身への幻術スキルによって0.05秒に縮める……たった0.05秒のアドバンテージを得るという、ただそれだけの技術。


 だがそれは、あまりにも厚すぎた。


「七回目」

「な、なんで……」

「八回目」


 俺はこの領域外技能を使っている間ならば、10メートル圏内であればどれだけ速い人間であろうが、どんなに強い人間であろうが、0.05秒の反応限界の差によって後出しで先手を取れる。


 仮に人体が光速で自在に動こうと、0.05秒の時間で、敵が光速で動く前に斬り捨てられる。


 パワーもスピードもテクニックも無視した


「九回目」


 0.05秒のフライング。

 アメはほとんど動いてもいないのに息を切らせて俺を見る。


「……もう戦意はないか」

「…………」

「終わりだな。まぁ、アメの現在地はこんなところだ」


 そう言いながら、なんて慰めて、なんて極夜の草原に行くのを止めるべきか……と考えていると、アメの目から涙がこぼれ落ちる。


「え、えっぐ……うぐぅ……」

「えっ、あ、い、いや、ご、ごめ、ごめん。や、やりすぎた」

「す、すみません。ち、違うんです」


 ボロボロと涙を溢したアメは俺の方を見て「ごめんなさい」と謝る。


「ひ、ひとりぼっちにして……ごめんなさい」


 ひとりぼっち……? 言葉の意味が分からず、アメを慰めるように軽く抱いてぽすぽすと背中を叩く。


 負けることは慣れていると思っていたのに泣いたことに驚いてしまったが、どうやら負けたことはあまり気にしてないらしい。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

「……ああ、その、ひとりぼっちにしてって、どういう意味だ?」


 アメは涙を溢した目を俺に向ける。


「……。強いから、競える人も、分かり合える人もいなくて……寂しいんだと、思って」

「…………ああ、そういうことか」


 ポリポリと頭を掻く。

 妙に最初からアメに好かれていたと思ったら……そういうことか。


 アメはきっと、ずっと自分が一番強かったのだろう。強い故の孤独感を感じていて、だから強そうに見えた俺を同類と思って慕っていた。


 だから、俺も同じだと思って、俺にボロ負けして……俺を孤独にしたと思ったのだろう。


「ひとりぼっちにして……」

「……はは」


 思わず笑ってしまい、アメの頭を撫でる。


「いや、悪い。ただ、別にひとりぼっちじゃない。そりゃ、強いし負けなしだけど、まぁそれだけだ。……ツナがいて、アメもいてくれて、なんやかんや、楽しくやれてる」


 そう言ってから、アメの背中を撫でる。


「だから、行かないでくれよ。遠くには」

「……遠く?」


 アメは涙目のまま不思議そうに俺を見る。


「極夜の草原、参加しないでくれよ」

「……えっ元々行くつもりはなかったですよ?」

「……えっ、行くつもりなかったのか?」


 微妙な空気が流れたあと、アメは「ふふ」と笑う。


「もしかして、僕に行ってほしくなくて、戦うのを引き受けたんですか?」

「……悪いかよ」


 俺が拗ねたように言うと、アメは先ほどまでの様子と打ってかわって、からかうような笑みを浮かべて、手を伸ばして俺の頭を触る。


「いえ、案外かわいいところもあるなって。……どこにも行きませんよ。置いてなんて」


 そう言って、よしよしとアメは俺の頭を撫でる。


 お互いの変な勘違いから発生した模擬戦は、俺とアメの二人に妙な羞恥心を残して終わった。


「ふふ、もう少し、お話ししてから帰ってもバチは当たらないですよね」

「……ああ、そうするか」


 ダンジョンから脱出するための扉の前で二人で座って、取り留めもない話をする。

 面白くもないだろう話で笑い合って、お互いの目を見る。


 スッと、鼻腔にアメの甘い匂いが入り込む。

 幼さの残った、けれども綺麗な顔が俺の目の前にきて、ちゅ、と軽く頬に口付ける。


「えっ……あ……」


 遅れて、頬にキスされたことに気がつく。顔を少し赤らめたアメはいたずらな笑みを浮かべて、くすりと笑う。


「十回目は、僕の勝ちです」


 辻斬りみたいな突然のキスをしたアメは、思わず見惚れてしまうほど魅力的に笑った。


 ……情が移った。そんな俺の内心は、いつのまにか変わってしまっていた。

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