番外編:エイプリールのやつ
外はいい天気だし、ツナでも誘って散歩にでも出かけようか。そう考えながらリビングに入ると、珍しくツナが深刻な表情を浮かべて椅子に座っていた。
少し高さがあっていない椅子から脚がぶらりと垂れ下がり、俺の方を見たツナは「あっ、よ、ヨル」と目を逸らして、それから意を決したように俺の方を見る。
「どうかしたのか?」
「……その、真面目なお話があるので、そこに座っていただけますか?」
「真面目な話? ダンジョンのことか?」
俺がツナの正面に座ると、ツナは慈しむように自分のお腹を撫でる。
「……その、えっと、で、出来て……しまいました」
「何の話だ?」
「その、ヨルとの、赤ちゃんが」
…………えっ。
いや、待て。待て。待て。何かの間違いじゃないか。
いや、でも、時々酒の飲み過ぎで記憶が怪しい時があったし……そんな酔って理性のないときにツナに誘惑されて手を出してしまっていた可能性は……普通にありそうだ。
頭を抱えてから顔を上げる。
「……確かなのか」
「えっ? ……あっはい」
「…………産婦人科に行くか。捕まる可能性はあるけど、ツナの身が第一だ」
「えっ、あっ、えぇ……。い、いや、あの」
「大丈夫。俺がついてる。捕まっても抜け出すことは難しくないから、気にしなくていい」
「あの、ヨル。少し話を……」
「分かってる。……ツナはどうしたい。何があろうと俺が責任を取るし、守るから」
「あの……」
ツナは困ったように周りをキョロキョロと見回し、それからカレンダーの方を指差す。
「……え、エイプリールフールです」
「……? ああっ!? 嘘か!? ……びっくりしたぁ!」
「こっちの方がびっくりですよっ! なんで騙されるんですか!? 子供が出来るようなことはしてないじゃないですか!」
「いや、だって……」
俺が言い訳をしようとしたら何かに気がついたかのように顔を真っ赤に染め上げて俺を見る。
「も、もしかして、寝てるときにしました? な、なんでエイプリールフールで嘘を吐いた方がドッキリさせられてるんですか!?」
「誤解です。寝てるツナにイタズラなんてしたことないです」
「な、なんで敬語で……。が、我慢出来なかったら、し、してもいいですけど、出来たら起きてる時か、起こしてからに……」
「してないです。これからもしません」
「じとー」
やめて、じとーっとした目で俺を見ないで。やってないから。
と、慌てているとアメさんが入ってくる。
「おはよーございます。どうしたんですか? パタパタして」
「き、聞いてくださいアメさん。ヨルが、寝てるときにえっちなことをしてくるんです!」
してません。誤解です。
ツナの話を聞いたアメさんは、少しかんがえてから口を開く。
「あっ、僕もときどき、寝てるときにおっぱいとか触られます」
「アメさん!?」
「ヨル……やっぱり……」
「し、してないよ!? してないよね? ……どうしようあんまり自信がない」
いや、でも……まあエイプリールの嘘だよな。
流石に俺がそんなことをするわけがないし……。
ツナにじとーっとした目で見られてしまう。
「ち、違う……。俺はそんなことはしてない……」
「白状してください。私もアメさんも怒ってないので、素直に話したら許してあげますよ?」
や、やってない。俺は、そんなことはやっていないはず……やってないよね?
「ヨルはえっちなので胸を触りたがるのは分かりますが、無許可でそれはいけないことです」
「……いや、ツナに胸はないような」
「ありますよ、ほら」
ツナは胸を張るが、当然ながら目視で確認出来るレベルでは存在していない。
「そもそも、膨らみがなくともヨルは触りたがるじゃないですか。セクハラで煙に撒こうとするのはダメです。ブッブーです」
「セクハラ云々はツナが言えることじゃないだろ……! いや……まぁでもごめん……」
俺が二人に頭を下げると、アメさんは「えっ」と驚いた声を出す。
「エイプリールフールの嘘のつもりだったんですけど………。あ、あの、もしかして……本当でした?」
俺はゆっくりと机に手を置く。
「なんか俺が誘導尋問に引っかかって墓穴を掘ったみたいになってるのおかしいだろ……! やってないのに……! でもアメさんが言うなら嘘じゃないだろうと思って、寝てるときに肘でも当たったのかと思って謝っただけなのに……!」
ツナにポンポンと肩を叩かれる。
「すみません。まさか、嘘から出た真みたいになってしまうとは……」
「墓穴を掘ったわけじゃないから……!」
俺が魂の叫びをあげていると、掃除をしていたヒルコが「何を騒いでるの?」と不思議そうに首を傾げながら入ってくる。
「あ、ヒルコさん。聞いてください! その、ヨルが寝てるときにイタズラを……!」
ヒルコが俺を見てドン引きの表情を作る。
ノータイムで騙されるのやめろ……!
エイプリールフールを疑え……!
「してないから、エイプリールフールの嘘だからな、信じるなよ!?」
「う、うん。それはそれとして……」
ヒルコは言いにくそうに目を泳がせてコソコソと俺に話しかける。
「掃除してたら、ヨルの荷物から子供用の下着が出てきたんだけど……」
その言葉に全身からドッと冷や汗が流れる。……あれ、アメさんの家に行ったときに渡されたやつだよな。
シラフでは返すことも気まずくて出来ていなかったが……。
「そ、それは、その、そそ、それはだな」
「えっ、エイプリールフールの嘘なんだけど……」
「お前もかよっ! なんで全員が全員、俺の記憶にない俺の行動についての嘘を吐くんだよ!」
「ご、ごめん。……それより、その、今の反応……」
「…………持ッテナイヨ?」
ヒルコから疑いの目を向けられる。
っ……! ヒルコだけ偶然真実を引き当てたせいでなんか全部本当っぽい感じになった……!
俺は机に突っ伏して深く深く息を吐く。
「……やってない。俺はやってないんだ」
ツナにポンポンと肩を叩かれる。
「大丈夫です。みんな信じてますよ」
「ツナ……」
顔を上げるとツナがニコリと微笑んでいた。
「…………エイプリールフールの嘘じゃないよな?」
「よ、ヨルが騙されすぎて人間不信になってる……!」
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