第三十四話
夕長流から派生した剣術。
みぞれ流、それを編纂するにあたり、まず何を目的とするかというところから定めることになった。
「……剣術って、普通に敵を倒すためじゃないの?」
と、ヒルコがどこか興味なさそうに尋ねて、アメさんは首を横に振る。
「剣術と一言で言ってもその目的は案外多様です。試合に勝つことが目的であればそのルールに則ったものを、健康や精神が目的なら無理のない範囲で美しい動きを。他にも、居合斬りなんて分かりやすく不意打ちやその対策ですし、護身用の流派もあります」
アメさんはそう語ってから、ヒルコが剣にあまり関心がないことを思い出したのか軽くおほんと咳を払う。
「夕長流は基本的に襲ってきた他者の打倒です。技の作りがそうなっているのは、おそらくは刀を守るという歴史的な背景からくるものでしょう」
「……少し合わないな。立場上、モンスターと戦うことが多いし、一番必要なのは護衛だ」
「はい。ツナちゃんに尋ねたところ、一番優先したいのは会議の場で不意打ちにあったとき、またはその行き帰りの際だそうです。夜襲が主な仮想敵で守るべきものが壊れない刀だった夕長とは違います」
あくまでも護衛を優先するのなら、夕長流をそのまま流用すると不都合が出る。
「……となると、一番強力な技である【雪の色斬り】は若干使いにくいな。仮定される状況は、敵の方が多いのが常だろう」
「そもそも大きく動くこと自体が護衛からは離れていますね」
……と、なると、自分で淹れたお茶を机に置いてアメさんの方に目を向ける。
「アメさんの基本的な構え、手足を畳んで刀を身に寄せる立ち姿がいいかもな。あれはかなり小回りが効いて狭いところでも立ち回れるし、飛んだら跳ねたりは少ないから護衛対象から離れることも少なくて済む」
「んー、そうですね。でも、問題なのは完全に僕用の構えなので、ヨルさんが使えるかどうか……です。身体が大きい分、クルクル回るのは大変かもと」
「あー、どうなんだろうか。試したこともないからな」
かなり珍しい形の構えで、あえて取るようなものではないと考えていたが……一度でも試してみるか。
「あと、武器を持ち込めない状況なら、ヨルさんの素手の技が活躍しそうですよね」
「あー、個人的には印地術を取り入れたいな」
「……えーっと、確か布とかを使って物を投げる技でしたっけ? それなら手裏剣術も気になりますね。近くにある物を投げるのはいつでも使えそうです」
「あとは暗器とかも常備しておきたいな」
俺とアメさんが意見を出し合っていると、メモをとっていたツナが小さな声で呟く。
「不意打ちを視野に入れた居合斬りに、素手による護身、布や身近な物を利用した投擲と暗器……。剣士というよりも忍者になってませんか? ニンニン」
……確かに。
「剣術からは離れてるな……」
「使える技術は積極的に取り入れるべきですよ」
「アメさん的にはいいんだ。忍者でも」
誉れとかないのかな、と思いながら腕を組む。
有用な技をまとめて「みぞれ流」とするか、それとも可能な限り実戦的にして「みぞれ流」とするか。
「……現状、みぞれ流の技と呼べるものは多くない。それは基本的には通常の剣術や夕長流で事足りているからだ」
「んぅ、そうですね」
「みぞれ流の秀でているところは他の追随を許さない超高速の斬撃である雪の色斬りだが、動画で大量に上がっているのに真似する人が現れていないことを思うと、一般的に非常に高難度なのだと思う」
アメさんはコクリと頷く。
「他との差別点がそこなのに、そこは教えられないとなると、流派として成立させる意味がない。時間はあるんだし、剣術以外も取り入れる方がいいと思う」
「ですよね! じゃあ、何からやりますか?」
「……あー、俺としては手裏剣術……というか、手近な物を投げる技術かな。俺やアメさんレベルには通用しないけど、そこそこぐらいなら牽制として充分だろうし、現状重要視されていないわりには使える技術だと思う」
あくまでも俺が使うというよりかは、他の人が使うならという視点からだが。
「じゃあ練習しますか。えっと……とりあえず道場のほうに行きます?」
ツナの方に目を向けると、ツナはこくんと頷く。行ってもいいということらしい。
……武器を持ち込めない会議室を想定すると、ありそうなものはペン、椅子、机、ノートパソコン、ホワイトボードといったところか。
食事の場なら食器類などもか。
「現実的な仮想をすると、会議室で裏切られて武装した敵に囲われた感じか。……アメさんはどれぐらいやれると思う?」
「ん、んー、僕はヨルさんと違って、刃物がないとマトモに戦えないです。ヨルさんがするみたいに雪の色斬りを素手で使っても、たぶん僕の膝とか肩が壊れて、それがクッションになるせいで充分な威力が発揮出来ないです」
アメさんは俺の方に手を伸ばしてぷにぷにとした子供っぽい腕を見せる。
「骨格や腱の問題で打撃は正直厳しいです。素手に限らず、たぶんメイスみたいなのも手首の方が壊れます」
「アメさん小さいもんな……。それに見た目よりも筋力はあるけど、言い方を変えたら骨格と筋力が不釣り合いでバランスが悪いってことだしな」
小さな手を借りるように握ると、アメさん手を離さないまま照れたような恥じらう笑みを浮かべる。
技を編み出す特訓のために移動してるのに、違う気分になってしまいそうだ。
道場にきて、適当にそこら辺に置いてあった物を手に取る。
「投げ方は、細かい動きは別として大別すると上投げ、下投げ、横投げって感じか。あー、いや、フリスビーみたいな投げ方とバスケットボールみたいに押して投げる方法もあるか」
「速いのは上投げですよね。野球選手みたいな」
「ああ。でも、物を拾いに行く動作も必要だと考えると横投げや下投げも使い所は多そうだ」
「体を大きく振り回さない狭い状況ならフリスビーとかバスケットボールみたいな投げ方もありですよね」
「結局どれも使えるか……。ひとつずつ試すか」
アメさんと二人でああでもないこうでもないのひとつひとつの動きを確かめていく。
最適な動きを二人で見つけて……少し思うことがある。これ、やっぱり剣術じゃなくて忍術だな、と。
「うむむ……疲れましたね。体はそんなに疲れてないんですけど、頭を使ったからでしょうか。……せっかくなので、部屋に戻る前に一度模擬戦しませんか?」
アメさんはいいことを思いついたとばかりに提案する。
「アメさん、本当に模擬戦とか好きだよな」
「ヨルさんと戦うの、すごく楽しいんです」
「ええ……なんで……?」
俺が少し引きながら尋ねると、アメさんは少し考えた様子を見せてから、顔を赤らめてもじもじとしながら上目遣いに俺の方を見つめる。
「……そ、その、僕、ヨルさんに負かされるのがなんだか好きみたいで。……や、やっぱり変ですか?」
恥ずかしそうに、けれどもその恥ずかしさすらも嬉しそうな表情。
……薄々思ってたけど、アメさん、ちょっとマゾ……被虐趣味があるよな。
……本人もあまり自覚なさそうだけど。
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