第三十七話

「おかゆ食べられますか?」

「いや、食えるけど、そこまで重症じゃないぞ。寝てたら治るから、ツナは移らないように離れてくれ」

「……別に感染してもいいです。そのときはヨルに看病してもらうので。……離れ離れの方が、よほど苦しいです」

「……いや、普通に風邪はしんどいから離れてくれ。寂しいなら、ビデオ通話繋ぐぐらいならいいから」


 ツナは不満そうにむくれる。


「ああ、そういや、夢で昔のことを少し思い出したんだけど。……神の誘いでダンジョン側になると人との縁が切れる……って、相手がこっちのことを思い出せなくなるんだよな」

「詳細は不明ですけど、そうですね」

「……どうしても思い出せない奴がいる。例えば俺とツナが元々知り合いだったとして、その場合……どうなるんだ?」


 ツナは少し眉を寄せて考える表情を見せてから口を開く。


「検証は難しいですが、たぶん、お互いがお互いのことを忘れると思います。おそらく縁が切れるのは神が「社会的立場を持っている人の方が有利」という状況をなくしたいからで、ダンジョンマスター同士の交友関係もその有利不利に影響しそうなので」


 ツナは俺の隣に座り直して、ゆっくりとわざと時間をかけるように話す。


「例えば夕長一族の男性の平均値はおそらく神に選ばれるレベルにあると思いますが、それがみんなダンジョンマスターになって最初期から組んだらあまりにも有利すぎます。公平のために、お互いのことを忘れると考えるのが自然です。……ということなので、ヨルが思い出せない人はダンジョンマスターかその副官になった可能性は充分に考えられます」

「…………そうか。まぁ、ド忘れしてるだけかもしれないけどな」


 ……頭の中にあるはずなのに蓋を閉められて思い出せないような気持ちの悪い感覚。

 意識しなければ気にさえならないものだったはずなのに、記憶の欠落に気がつくと気持ちが悪い。


「まぁ、なので、私とヨルがダンジョンマスターとその副官になる前も恋人であった可能性は十分にあり得ますね」

「……もはや犯罪とかどうとかのレベルじゃないぐらい幼くないか、その時のツナ」


 ……たぶん、中学校の頃の先輩で……高校になってからも時々会っていた。

 友人として仲は良かった。それからしばらく会わなくなって……。


「……本当にどうしました?」

「……ツナ、母親の名前を思い出せるか?」

「へ? ん、んぅ……もう忘れちゃってますね。結構前ですし」


 幼い子供が何年も会っていない親のことを忘れるのはそう不自然でもない。

 不思議ではないが……ツナが記憶を保持していないことが少し気になる。


「キヅナ……」


 ツナは不思議そうにしながらも、俺が寂しがっていると勘違いしたのかヨシヨシと頭を撫でる。


「どうしたんですか?」

「……俺の中で、ツナが俺の昔の友達の娘疑惑が出ている」

「……えっ、朝霧姓だったんですか?」

「いや、思い出せない。結構仲良かったはずなのに名前も顔も思い出せないから、そいつもダンジョンマスターか副官になってそうだな、と」

「ああ、それでお母さんについて聞いたんですか。……ん、んん……思い出せないですけど、昔のことだからかそれともダンジョンのせいかは分からないです」


 まぁそりゃそうか。……ツナが微妙に話したくなさそうな表情をしているのが見えて、ポスリと頭の上に手を置く。


「な、なんですか」

「まぁ、なんとなく気になっただけだ。……やっぱり、風邪引いてほしくないから」

「……ん、はい。あ、ダンジョン国家の会議に呼ばれたんですけど、この分なら欠席しますか?」

「呼ばれたって言ってもしばらく先じゃないのか?」

「一週間後です」

「随分と急だな……。人手不足でダンジョンを開けられないダンジョンマスターも多いだろうに」

「聞いた話、人数も少ないので、幹部候補を選んでいる感じかと」


 ああ、なるほど。……少し考えようかとも思ったが、熱のせいかあまり考えることが出来ない。


 グッタリとベッドで寝ているとツナは心配そうにしながらも出ていく。

 ツナがいなくなったので熱を計ると三十九度ほどでそこそこの高熱だった。


 この分だと……さっきの夢もそんなにアテにならないな。


 …………ひとりは久しぶりだ。

 最近は少しひとりの時間が欲しいと思っていたが、いざひとりになると少し肌寂しい。


 別にツナと引っ付くのが嫌いというわけではなく、むしろ好きなせいで妙な気分になってしまうから避けていただけで……。


 ……離れることになったら普通に寂しい。いや、前もこんなことを考えていた気がするけど。


 しばらくひとりで寝ているとトントンとノックの音が聞こえる。


「アメさん? 入っていいけど、マスクとかつけなよ」

「は、はい。よく、僕って分かりましたね」

「まぁツナとヒルコはノックしないだろうし。……おかゆ持ってきてくれたのか」


 ……しょうもない理由で風邪を引いた手前、あまり甘えたくはないのだが……と考えているとアメさんは申し訳なさそうな表情で俺の方を見る。


「す、すみません。その、昨夜……僕が変なことをして、そのせいですよね」

「……変なこと? ……俺がアメさんにした覚えはあるけども……」

「……えっと、ごめんなさい」


 アメさんは申し訳なさそうにしながら俺におかゆを渡して俺が食べるのを待つ。


 ……なんか微妙に噛み合ってない気がする。


「……昨夜、アメさんに謝られるようなことってあったっけ?」


 俺の問いに、アメさんは恥じらうように目を伏せる。


「えっ、えっと……その、僕がヨルさんを誘惑しようと、していたことです」


 ……ああ、あれ、意図的なものだったんだ。

 アメさんの行動、意図的なのかそうでないのか全然分からないしな……。


「……誘惑するのは、まぁ、その……やめてほしいけどな。効果があるから」

「こ、効果あったんですか」

「そりゃ、あるだろ普通に……。あ、おかゆ美味いな。ありがとう」

「えへへ、ありがとうございます。……味薄くないですか?」

「いいぐらいだ。……アメさん、本当にかわいいから、いつも困ってる」


 熱で回らない頭でそう言うと、アメさんは少し困惑した様子で「ご、ごめんなさい」と謝る。


「アメさんは……自分の可愛らしさに無自覚だ。ちゃんと自覚して、それを抑えてくれないと困る」

「えっ、あ、あの、どどうすればいいですか?」

「……とりあえず、語尾をヤンスに変えてみてくれ」

「え、えっと、これでいいでやんす?」

「……俺の、俺の性癖が変な歪み方をしたらどうするんだ……!」

「え、ええ……す、すみません」

「いや、俺が悪い。俺が悪いんだ……」


 アメさんは困惑しながら俺の額に手をやって熱を確かめる。


「お薬飲めますか? お薬飲む用のゼリーありますよ」

「……ヒルコ、そんなものも買ってきてたのか……。アイツ俺のことをなんだと思ってるんだ」


 アメさんから薬を受け取って飲み込む。


「……しんどくなったら、いつでも呼んでくださいね? 僕、ぱーって駆けつけますから。……やんす」


 と、アメさんは残してから出ていく。

 ……めちゃくちゃ甘やかされてるな、俺。

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