第六話

「……そんなにお金困ってるんですか? いや、初対面の人間に話すことではないと思いますが」

「ん、うん……えっと、探索者の人ならなんとなくは知ってると思うんですけどね。……『練武の闘技場』ってダンジョン知ってますか?」

「あー、まあ、そこそこ近所なので」


 知ってるも何も、近所どころかそこに住んでるし……。

 少し目を逸らしながら言うと、彼女はクレープを食べながら頷く。


「僕、あそこ以外の迷宮、ほとんど潜れないんです。足元に罠を生成してる疑惑が出るぐらい罠を踏むので」

「足元に罠を生成してる疑惑」

「あそこは罠がないんです。道も一本道で、すごくいいダンジョンなんですけど。その……楽な分、収入が少なくて……」


 ああ、まぁ……そもそも毎日通い詰めて生活する探索者のことを想定してないしな。あんまり探索者を呼び込むタイプのダンジョンではないし。


「もっと奥に進めたら違うのかもしれないんですけど……包帯のモンスター「幽鬼」がめちゃくちゃ強くて……」

「あー、それで、どこかの探索者パーティに入りたいと」

「はい。でも、どこも上手くいかないんです」


 日本一強い探索者なのに困窮しているのか……。まぁ、探索がマトモに出来ない探索者というのは問題ではあるが……ボス戦まで介護してやれば一人でボスを狩れる程度の強さはあるだろう。


 ある程度熟練のパーティなら受け入れるだけの余裕はあるだろうが……。俺にそんなツテはない。


 そもそも、ダンジョン内で倒れた探索者の強さによって得られるDPが変わるという仕組みのおかげで、アメが毎日俺に倒されてくれることの利益は非常に大きく、出来れば手放したくない。


 わざマシンと呼ばれるだけあって、俺も彼女の多彩で洗練された技をもっと披露してほしい。


 出来れば今のままウチに通ってほしいが……落ちたクレープに執着する程度に金に困っているなら、探索者を辞めてアルバイトでもしかねない。


「うーむ、難しいところだな」

「結城さんのパーティは難しいですか?」

「あ、あー、まぁ、新しい人を受け入れる予定はないな」


 と、話しているとツナはジッとアメの顔を見つめる。


「ダンジョン攻略配信をしてはいかがですか?」

「へ? ダンジョン攻略配信?」

「Dtuberって聞いたことないですか? ダンジョンの攻略動画をサイトにあげる人たちです」

「えっと、ハイテクには疎いので……」


 アメは肩身が狭そうに身を縮める。


「ハイテク……。まぁ、ネットに動画をあげるとお金がもらえるんです」

「ええ!? 動画をあげるとお金が!? ど、どこから湧いてくるんですか!?」

「広告料とか、投げ銭とかですね」

「こ、コウコクリョウ……さん? コウコクさんという人がお金を出してくれるんですね」

「……もうその認識でいいです。とにかく、多くの人から好かれる動画を出したり、生配信したりするとお金がもらえるのです」

「は、はあ……。つまり、どういうことですか?」


 ツナはニンマリと笑い、指をピンと立てる。


「戦ってるところを動画にして投稿したらいいんです。撮影のやり方は教えるので、動画を撮ってもらって、私が編集します」

「えっ、で、でも、動画を撮るだけでお金になんて」

「大丈夫ですよ。絶対にお金になります」

「……でも、そこまでしてもらうのは」

「半分いただきます。絶対いけるので、やりましょう!」


 いや、ダンジョンマスターが攻略動画を勧めるのって……現金収入をもらったところで大した意味はないし……。


 ダンジョンの宣伝目的だろうか。


 ツナに押された彼女は俺の方に助けを求めるような目で見る。


「…………まぁ、アリか。せっかくだし、とりあえず色々機材買い揃えるか」

「え、ほ、本気ですか!?」


 クレープを食べ終えてそのまま電気屋に行き、色々な機材を買い揃えていく。


「わ、わ……。ぼ、僕の何ヶ月分の食費が……」

「……アメさんはもっとちゃんとしたもんを食ったほうがいいと思うぞ」

「ふ、ふたりは何者なんですか!? こんな大金をポンと出すなんて……」

「何者……ですか、ふふ、そうですね。私のことはこう呼んでください! プロデューサーと!」


 いやプロデューサーではなくダンジョンマスターだろ。


「プ、プロデューサー?」

「おうともです。私のことはキヅナプロデューサー、ヨルのことは結城さんと呼べばいいさ」

「俺だけ距離遠くない?」

「……距離近くなりたいんですか」

「そうじゃないけども。なんか怒ってる?」


 何故かノリノリのツナと必要な機材を購入したあと、宅配便受け取り用のセーフハウスとして買った家に入る。


 ほとんど入ることがない家に入り照明をつける。

 この最強の探索者の警戒心があまりに薄く押しに弱いことが心配になってくるな。


「へー、綺麗なお家に住んでるんですね」

「えへん、そうでしょう」


 まぁ、単にツナみたいな小さな女の子は警戒されにくいというのもあるだろうが。


「じゃあ、とりあえずオススメのダンジョン攻略動画を見ていきましょう。どんな感じか分かったらやりやすいでしょうし」

「は、はい」

「あー、ほどほどにな」


 ダンジョンの運営側としてどうなんだ、とか、そういうコンテンツが好きだから自分もやりたいだけなんじゃないか、とか思わなくもないが、ツナが楽しそうだからいいか。


 ツナはパソコンを開いてお気に入りの動画をアメに見せる。

 ぱっと見仲の良い姉妹にも見えるそれを見ながら、ついでに買ってきた食材で料理を作る。


「──と、こんな動画を作りたいわけです」

「……これで本当にお金がもらえるんですか?」

「再生数によりますけど、まぁそこは私の腕の見せ所です。こう見えても私は凄腕経営者なので」


 いや、経営者と言えるのか? ダンジョンマスターは。


「方向性としてはいつも通り『練武の闘技場』の攻略ですね。練武の闘技場の中ボスは有名ですし、その挑戦動画も非常に盛り上がってます。今は納豆ダンスが流行ってます」

「な、納豆ダンス?」

「中ボスはとても強くて、普通に戦うとベテランでも一瞬で負けるので、中ボスが「コイツら何やってんだ……?」と困惑する動きをすることで長生きしようという試みです。まぁ、強い存在相手にふざけるというネタですね。緊張と緩和、それに結局一瞬でやられるという鉄板ネタ、と、王道な笑いによって人気なコンテンツなわけです」


 ツナの言葉を聞いたアメは不思議そうに首を傾げる。


「一瞬でやられる? ですか」

「はい。一瞬で、抵抗すら出来ずに斬られておしまいです。……探索者の闘技大会で何度も優勝を果たした、夕長アマネさんを除いて、ですが」

「えっ……ぼ、僕のこと知ってるんですか?」

「ふふん、スレではよく話題に登るので。動画とか写真は出回ってないので、性別すら知らなかったですけど名前は知ってます」

「わあ、感激です」

「最強の中ボス相手に肉薄する美少女……これはいけますよ。強い女の子というのは華があります」


 ツナは「というわけで」と言いながらカメラを構える。


「えっ、も、もう撮るんですか?」

「はい。まぁ練習ですよ、練習」



 ──お名前と年齢は?


「えっ、えっと、夕長アマネです。16歳です」


 ──16歳ってことは高校生?


「いえ、中卒なので……」


 ──もう働いていて偉いね。 こういうの初めて?」


「は、はい。で、でも、その、一生懸命頑張ります」


 ──週にどれぐらい(探索)してるの?


「えっと、ほ、ほとんど毎日……」


 ──へえ? そんなに「ストップ!! ストップ!! なんかいかがわしくなってる!!」


 俺が止めるとツナはじとーっとした目を俺に向ける。


「どうしたんですか?」

「どうしたというのはコチラが言いたい。何で若い女子二人で自己紹介の動画撮るだけでいかがわしくなるんだ?」

「普通のインタビューにいかがわしさを感じる方がいかがわしいです」

「いや、ツナがいかがわしい。……仕方ない、俺が撮る」





      エピソード16

 時はダンジョンが発生したことにより社会の秩序が乱れ、その秩序の乱れが新たな秩序となったさなか。

 残忍なダンジョンを攻略するためひとりの少女が立ち上がる。

 彼女の名は夕長アマネ。恐るべきダンジョンの一角である練武の闘技場を攻略せんとする若き探索者である。

 様々な人物の思惑が交差する中「はいストップ。ストップです。ダメなタイプの真面目さが出てます」


 俺が作った動画を流しているとツナがそれを停止させる。


「なんだよ……」

「人物紹介に過去のあらすじはいらないんです。あと、年齢をエピソード16という風に表記するのもクソダサいです。何よりもせっかくの本人が登場してないです」

「最後のはほら……あとでBGM付けるのをアメさんがやればいいわけで」

「謎センスです。あと、カメラ奪ったのにカメラ使わないのなんなんですか」


 俺とツナがやいのやいのと騒いでいると、当のアメがクスリと笑う。


「あ、すみません。仲良しだなぁって思いまして」


 そんなに仲良しな会話じゃなかっただろ、今のは……。

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