第十七話

「……人ひとりが持つ時間には限度があって、もうその時間の限界だ」

「同じだけ、とは言わないよ。ほんの一瞬でいいの」


 何と答えたらいいのだろうか。

 数秒の時が経っても答えは思い浮かばない。


 少し時間が経ち、即答する意味もないかと息を吐くと、なんとなく考えがまとまってくる。


「……朝霧先輩さ、俺が断るのが苦手なのを利用して何度も告白することで俺に精神的負荷をかけて頷かせる作戦に出てない?」

「そんなことはないよ。ただ、0.01%でも可能性があるならって」


 なんか主人公みたいなことを言ってるな……。


「一日百回したらまぁ一年もあればいけるかなって、確率的に」

「それは流石に警察を呼ぶ」

「ダンジョンマスターを警察で抑えることが可能とでも?」

「無敵か……?」

「ヨルくん。……好きだよ」


 真正面から言われると弱いんだよ……罪悪感が湧いてしまう。


「それにさ、私は厄介だよ」

「知ってるよ……。全部は思い出せてないけど」

「分かってないよ。……ダンジョンマスターやその副官は、神に選ばれた特別な人間達だ。……けどさ、上位1%を集めてもその中に上位1%は生まれるし、下位1%を集めてもその中に下位1%は生まれるんだ」


 朝霧先輩は、溢れてきたクリームソーダを慌てて飲む。


 ……おそらく、幼い頃の朝霧先輩と同じ程度のツナでさえダンジョンマスターに選ばれている。その上、朝霧先輩は「宇宙人の襲来」に備えていた。


 朝霧簪はこの世界でただひとり「フライング」をしていた人間だ。


「……この世界で、誰よりも、私が神の住む深淵に近い。これは脅迫だよ」

「何がそこまで先輩を駆り立てるんだ……」

「寂しさだよ」

「…………電話ぐらいならいつでもするよ。あと、友達紹介しようか? 水瀬というすごく気が合いそうなやつがいてさ」


 朝霧先輩は首を横に振る。


「電話はするけど……。平行線だね」

「告白するときに使える言葉なんだ、平行線って」


 まぁ、本当に話が進まない。

 どうしたものか……と、考えていると、ヒルコが俺の方を見て口を開く。


「分身とか出来ないの? それで解決すると思う」

「ヒルコはなんで俺が分身できる想定なの?」

「五人ぐらいでいいよ」


 それ水瀬まで含まれてない?


「ところでさ、えっと……ヒルコちゃん? は……ヨルくんとどういう関係なの? ヨルくんの周りの人間関係、実のところ想像とか推測で判断していて」


 ヒルコとの関係……。

 行くところがないヒルコを保護している。というのが当初のものだが、そんなものはとっくに過ぎている。


 けれども、仲間というと……これからのヒルコの未来を繋ぎ止めてしまうように思える。


 少し悩んでいると、ヒルコは俺の頬を不満そうにつつく。


「妹みたいなものって言われた。……ました」

「あー、そう、そんな感じ。妹的な友達」

「私とポジションが被ってるんだ」

「被ってないが。……まぁ、大切な友達だよ」


 じーっとヒルコを見て頷く。


「高校生ぐらい? ……範囲外かな」


 ……ロリコン疑惑ってどうやったら晴れるんだろうか。


「他の女性関係はどんな感じなの?」

「ツナ……あのちっちゃい子が、口約束だけど結婚していて……アメさん……わざマシン先輩って呼ばれてる子が……」

「アメさんって子が?」

「…………浮気相手?」

「……」

「……」


 空気が死んだ。

 ……いや、でも、俺とアメさんの関係って一言で言い表したらそうなんだから仕方ないだろ。

 誤魔化しようがないだろ。


「……普通に家族とか言って誤魔化せばよくなかった?」

「いや……まぁ……そうかも……。じゃあ、アメさんは家族だ」

「もう遅いと思う」


 先輩はドン引きの表情を浮かべてから、首を横に振る。


「……ヨルくん。私の気持ちになって考えてほしいの。……久しぶりに会えた好きな人がさ、自分のクローンみたいな子供と結婚していて、小さい女の子と浮気して、女子高生とデートしてたわけじゃん。どう思う? そんな人」


 ヒルコは中卒なので女子高生ではないし……。


「いや、まぁ、客観的に見たら最悪のカスではあると思うけど……。だからこそ、これ以上の罪は重ねないようにしたいんだ」

「もうここまできたら一緒だよ。……よし、じゃあ、こうしよう。発想を逆転させよう」

「発想を逆転?」


 と、俺が尋ねると、朝霧先輩はこくりと深く頷く。


「逆に、どうしたら一緒になれる? こっちも妥協するよ。本当は浮気なんてせずに私だけをずっと毎日愛してほしいけど、妥協してもいいよ。なんとかして若返りの方法も見つけるし、色々助けてあげるし、ヨルくんがしたいことなんでもしてあげるよ」

「いや、したいことと言われても……。というか、知り合いが俺のタイプに合わせて若返ったら流石にちょっと引く」

「ワガママばかり言ってないでさ」

「俺がワガママなのか……?」


 ヒルコに助けを求めるように目を向けると、彼女はコーヒーを飲んで苦そうに顔をしかめていた。


 空調の聞いた喫茶店の中、変な冷や汗が背中を伝う。


「容姿は好みに寄せる。逆らえないように命も預ける。他の女の子との関係も認める。色々と役に立つ。……これの何が不満なのさ。言ってみ? 論破するから」

「プロポーズ相手を論破するな」


 むしろ、なんでそこまでして俺がほしいんだよ。


「……大真面目に、俺だけが決めれることじゃないだろ……。普通に、ツナとかアメさんがどう思うか次第で、どう考えてもいい気はしないだろうし、一緒に生活するなら隣のヒルコの思いもある。それにそっちも一緒にいた女性もいるんだし、そんな簡単に了承出来る話じゃないだろ」

「……つまり、みんなを説得したらいいってこと?」


 いや、そうは言ってないけど……。

 と、俺が否定するよりも前に朝霧先輩はメロンクリームソーダを飲み干して立ち上がる。


「よし、じゃあちょっとプレゼンするための資料を用意してくるね。夕方ごろにダンジョンの方に行くから」

「えっ、いや……ええ……」


 そう言って慌てた様子で立ち去る朝霧先輩を見て、それからゆっくりと顔を上げる。


「……ヒルコ。朝霧先輩が浮気の説得をしにダンジョンに来た時点でツナにまた浮気かと思われて怒られる気がするんだけど、どうしよう」

「自業自得だから受け止めなよ」

「いや……朝霧先輩に関してはかなりちゃんとフってない……?」


 はぁー、どうしたものだろうか。

 というか、今日の夕方ってもうすぐだぞ……。


 俺がツナに怒られると思って項垂れていると、ヒルコはコーヒーをちびちびと飲みながら、机の下で俺の手をちょんと握る。


「じゃあ、デート、再開しよっか」


 ヒルコは俺をからかおうとするも、自分まで照れたような悪戯な笑みを俺に向ける。


「……そろそろ、刺されてもおかしくない気がしてきた」

「そのときはこの前みたいに背負ってダンジョンまで運んであげるよ。鍛えておくね」


 ……ありがたいけど、刺されたあとの対処じゃなくて刺されないようにする対処をしてほしいなぁ。


 コーヒーを飲み干して、少し雲行きが怪しくなってきた外を見る。

 ……雨、降りそうだな。傘とか持ってきてないけど大丈夫だろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る