第十八話

「出禁です」

「なっ!?」


 夕方になり、本当にプレゼンにきた朝霧先輩は一瞬でツナから出禁をくらった。

 申し訳ないけど妥当な対応である。


 俺に助けを求めるような視線を向けるが……ツナには何事もなく過ごしてほしいので、不穏な出生がバレかねない朝霧先輩はそれなりにまずい。


 ツナも自分の親疑惑を朝霧先輩に持っているようだし……。

 何かとややこしくなってしまうので俺としても歓迎しがたい。


「ま、待ってよ。ほら、分かりやすくまとめたから」

「待ちません。早く帰らないとヨルが私に宛てたなんかポエムみたいになった愛の言葉集を朗読しますよ」

「うぐぐぅ!」

「むしろ俺の方がダメージ喰らわない?」


 というかなんでそんなの作ってるんだよ……!

 だいたい恋愛で浮かれポンチになってるときなんてみんな無限に黒歴史を量産するものなのだから放っておいてくれよ……! くれよ……!


「そもそもですね。中学生の頃に好きだった男の子と再会したからと、その迷惑も考えずに家まで押しかけてくるというのは何事ですか」


 すごい……ツナが常識的だ。

 普段はアレがアレなのに唐突に常識がある。


「……ちょ、ちょっと待ってね、タンマで」

「……早くしてくださいね」


 ツナは不機嫌そうに頷き、朝霧先輩は俺を肩を触って耳打ちをする。


「どうしよう。プレゼンするにも聞く耳を持ってくれそうにないんだけど」

「そりゃそうだろ……」

「とりあえず資料を読んでもらえない限りは……。どうすればいいと思う?」

「……今から夕飯だからなぁ」

「じゃあご馳走になるね」

「いや、一度帰ってほしいという意味で……。というか、どういう資料なんだ?」


 正直なところ、どんな内容だろうと説得は難しいと思うが……。

 と、考えながら印刷された資料に目を落とす。


 まず一番に目に入ったのは……。


「年表……?」


 それも、未来の年月が書かれているものだ。

 世界史のまとめのような簡易的なものだが……。


「そう年表。これから来たる歴史のね」

「無茶苦茶なものが出てきたな。というか、これって先輩の予想だろ、あんまり信憑性が……」

「信憑性ない?」

「…………いや、まったく無いわけでもないか」


 宇宙人……というのは外れていたが、数年後に人智を越える存在が現れることは予想していて的中している。


 半信半疑で年表に目を通す。

 近いもので二ヶ月後、遠いもので五十年後……日本から海外までの、大きな変革について書かれている。


「……海外からのダンジョンマスターの侵攻、随分遅いんだな。五年後か」

「うん。日本には要石があるからね」

「……要石?」

「キミのことだよ。そこにいるだけで脅威なんだよ。下手に手を出したら怖いと思われてるから、他所からの侵略者がこなくなってる」

「俺はそんな化け物じゃないです……。あと、これは……」


 俺は資料を指差す。その先にあるのは……。

 一年後、第一子誕生。との文言である。


「未来の予定だけど」

「……。よし、帰ってもらうか」

「なんでー!?」

「なんでって言いたいのはこっちだよ! 昔からそうだけどこういうのマジで怖いからな!?」

「そりゃあ、確かに父親になることへの恐怖はあるかもしれないけどさ。しゃんとしないと」

「思い込みが……思い込みが激しくて怖いんだよ……!」

「落ち着きなよ……。ほら、次からのページも重要だから」

「誰のせいだと……。これは、名簿?」


 それなりに厚みがある資料だと思っていたが、そのほとんどが名簿らしい。

 まぁ、短い時間でそんなに大量の文を書けるわけもないので元々あったものの流用だろう。


 そしておそらくこれは……。


「先輩が旅をしていたときに見つけた人間か」

「そうそう。ウチもダンジョンの経営で忙しくて接触はずっと手付かずだったけど、人柄とか得意なこととか住んでる地域とかについて。それなりに有用でしょ?」


 ……それなりどころか、めちゃくちゃ有用だな。

 朝霧先輩が事前に会った奴に限られはするが、演技していない状態を知れるのは、誰に警戒すべきか誰を信頼するかが分かる。


 これは……という俺の反応を見て資料を覗いたツナは、つまらなさそうにそれを突き返す。


「交渉になりませんね。価値が釣り合っていません」

「む、むぅ……」

「私は寛容なのでお友達ぐらいなら許してあげますが、それ以上はダメです。ブブー、です」


 朝霧先輩はツナとは微妙に話しにくいのか、あまり言い返すこともせずに押し黙る。

 まぁ関係性が関係性なので、やりにくさがあるのだろう。


「……まぁ、仲良くしようとしている人に嫌われたら本末転倒だから、今日は帰ろうかな」

「あ、資料忘れて行ってますよ」


 帰ろうとした先輩にツナが手に持っていた資料を返そうとして、先輩は振り返って首を横に振る。


「あげるよ。それは」

「……交換材料ですよね?」

「まぁそうなんだけど。敵対してるわけじゃないし、不幸にはなってほしくないから」

「……うさんくさいです」

「うーん、例えば、キミが一億円持っていて、ヨルくんがちょうだいって言ったらどうする?」

「どうするも何も……お財布は共通ですし」

「そういうことだよ。少なくとも、この気持ちが受け入れられなくても、味方であることには変わりないんだからそっちが得する分には問題ないし、受け入れられたらお財布は共通だからね」


 ツナは疑うような視線を向けるが、先輩は気にする様子もなく帰っていく。


 短い時間だけど、やっぱり押しが強いな……。

 どっと疲れた……。

 ツナの方を見てみると資料の確認をしていた。


 ……料理でも作るかと考えているとピコンという音がスマホから鳴ってそれを見る。


『今日は急にお邪魔してごめんね。

 私のところやヨルくんのところがそうであるように、そろそろダンジョンの拡張も終わったところがちょっかいかけてくるかもしれないから気をつけてね。』


 ……一応返信はしとくか。


 まぁ、確かにそうだな。今まではウチもダンジョンの経営に付きっきりだったが、やっと手が空いて最近動くようになった感じだし周りも同じようなものか。


 そう考えていると、ツナの開いている資料を覗き込んでいたアメさんが「あっ」と口を開く。


「どうしたんだ?」

「いえ、このダンジョンマスターと副官らしき人のリストに武闘派の方がいたので、少し戦ってみたいなって。ヨルさんぐらい強いのでしょうか?」

「あー、どうなんだろ」


 少なくとも中学生の頃のアメさんよりも強い人物ではあるだろうけど……。

 朝霧先輩が言うようにダンジョンマスターやその副官同士でもそれなりに格の違いはある。


「……武力で選ばれたのなら、下限でもアメさんと同程度ぐらいだろうな。確かに少し気になる。まぁ、滅多に会うこともないだろうけど」

「そうですね。お手合わせはしたいですけど諦めた方がいいですね。ダンジョンを攻めて敵対してもダメですし」


 ああ。と、俺はこのとき頷いたが……邂逅のときは、案外すぐに訪れた。

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