第十六話
「…………ダンジョンに、絶対あるはず。年齢を遡行するような方法が」
「……」
「それなりの老人もダンジョンマスターに選ばれている以上、その方法がなければ勝負にすらならない。余命数年の人間が、今から世界を征服出来るはずもないし、余命百年あっても難しい。だから……」
「そういう問題じゃなくてな」
「そういう問題でしょ。だって、ヨルくんロリコンだし」
「ロリコンではあるんだけども……。そうじゃなくて、義理とかの問題で」
落ち着かない様子のヒルコを横に見てから、彼女の方を見る。
「……理想が違うだろ。昔も、今も」
朝霧先輩が触っていたメロンクリームソーダのアイスが溶けて、炭酸の気泡と混じったそれがグラスのふちを伝って落ちて、その手を汚す。
「俺は現状維持が好きだけど、朝霧先輩はいつも何かをよくしたがっている。……宇宙人がどうとかも、別に周りに言う必要はなかった。どういう反応をされるかなんて分かりきってるのにそれを言い続けたのは……」
俺が続けようとした言葉は、彼女の言葉によって掻き消された。
「そんなの、理解者が欲しいからに決まってるじゃんかっ! ……どうせヨルは「宇宙人の支配に対して対抗するために」みたいな風に、勝手に私の心情を想像するんだろうけど、私は、ただ、ずっと、
立ち上がった彼女は「ハッ」とした様子で周りを見回して、注目を集めていることを恥じるように座りなおす。
周りが俺たちを見てヒソヒソと話している。……痴話喧嘩だと思われてそうだな。
隣にヒルコもいて、俺がふたりに手を出して揉めていると勘違いされていそうな気がする。
「……ごめん」
「いや……けど、現実的に絶対後で破綻するだろ。恋やら愛やら、そういうのと組織の運営はまた別問題なんだから。学生の頃も一緒で、まだお互いに年齢的なものもあって社会的に一緒にはなれないときに「子供がほしい」ってねだってきただろ」
「時間がなかったから、仕方ないじゃんか」
「実際どうするつもりなんだよ。お互い家族に頼るのは無理だったろ。中卒と高校中退で家を借りて子供を作ってって現実的な選択肢じゃないだろ」
ヒルコが「こ、子供……!?」と驚いた表情で俺と朝霧先輩を交互に見る。
「でも……」
「朝霧先輩に言い分があるのも、その言い分にそれなりの理があるのもある程度は分かるけど、お互いの価値観のズレがあるんだからあの結果は仕方ないし、今も仕方ないだろ」
「……ズレてなければ、受け入れてくれてたの」
「……昔なら、そうだと思う。変な人とは思っていたけど嫌いじゃなかった」
「結婚してくれた?」
「……まぁ、普通の手順なら断ることはなかったと思う」
朝霧先輩は無言で俺の顔を見て、それから吐き出すように呟く。
「そっかぁ。失敗したなぁ」
「……朝霧先輩は、なんでダンジョンマスターになったんだ。あんなに怖がっていたことだろ」
「えっと……あれ? なんでだっけ。……断る理由……ああ、たぶん、キミが私の記憶からいなくなったから、世界がどうでもよかったんだ」
「めちゃくちゃ罪悪感を煽ってくるなこの先輩……」
……俺が先にダンジョン側に着いて、だから朝霧先輩の記憶がなくなってダンジョンの方に惹かれた、という流れか。
罪悪感が嵩んでいく……。全部俺が悪い気がしてくる。
「久しぶりに会ったら子持ち疑惑かけられるし……」
「悪かったよ……」
「そもそも、あの子が悪い存在ならどうするの?」
「ツナはいい子だよ。少なくとも人間と変わらない」
「……あの子も、いずれは私と似たような見た目になるんだよ?」
「別にそれはいいだろ……」
朝霧先輩は最後の質問にだけは悲しそうな表情をせずにいた。
「というか、既にハーレムを築いてるのに……」
「言うな……。いや、ハーレムというほどでもないしな。二股はしてしまってるけど」
俺はただの二股のカスである。
……ゲシゲシと隣にいるヒルコに蹴られる。
「……いいじゃんか。今更、少し増えるぐらい」
「人間ひとりは少しじゃないだろ……。それにさっき言ったけど、スタンスが違うのが大きな問題だ。足並み揃えて行動出来ない。朝霧先輩、出来ることなら自分が住む周りは全部支配したいぐらいに思ってるだろ」
「……それは」
「朝霧先輩は、優秀な人間が好きだ。というか、そういう人でなければ自分と分かり合えないと思っている」
「……あの子は、違うの?」
「子供のときの経験の違いだろうな。ほとんど学校に通ってないから、よく知らない他者に対しては興味がなくフラットだ」
「そっか」
「実際のところ、俺とのことがなければダンジョンをこれからどうするつもりだったんだ?」
俺が尋ねると朝霧先輩は思い出さように口を開く。
「……ダンジョンの機能で一番すごいのは、地形の変更だと思う。DPさえあればワンボタンで地形を変えられる。地上は危なすぎるんだよ。いつ世界の誰かが大津波を引き起こしてもおかしくない」
大津波……島を一個を生み出すような行為を行えば、それぐらい起きるか。
どれだけのDPが必要になるかは分からないが……どこかしらのダンジョンがそれだけ溜め込んでいてもおかしくない時期だ。
「必要だとは思ってる。守るために、周りの支配が」
「……まぁ、事実ではあると思う。地上にいたら大災害でめちゃくちゃになる可能性も十分あるだろうし、そうじゃなくとも世界は荒れてるしな」
けど、と、コーヒーを口につける。
「例えば穏当なやり方で、日本の各地にダンジョンへの避難経路を作るみたいな感じだろ? ……そこまでやるのにどれだけ争うことになる。探索者との戦いは殺し合いにまではそうそうならないけど、ダンジョン同士は殺し合いだぞ」
「…………」
「年単位、何十年単位で争うことになるだろ」
「それはそうだけど」
「その末、別に大津波なんて起きるとも限らない。いや、別に先輩の考えが間違っているとは思っていない。けど「宇宙人が来る」と真実を触れ回っていた朝霧先輩は、幸せじゃなかったろ」
「…………じゃあ、どうするの」
「起きたそのときに出来る限りをする。そうじゃないと「予防」のために世界征服までいっちゃうだろ。考え方が違うんだ。足並みが合わない」
「……なら、私が逆らえないようにダンジョンコアを預ける」
「それでいいのか? 本当に」
……朝霧先輩は頷かないだろう。
それなり以上に我が強く、他者に合わせることが苦手な人だ。
だから賢く美しかったのに学生時代はひとりぼっちでいて……。「今から納得の出来ない判断に従い続けてもらいます」なんてことを引き受けるとは思えない。
話はそれで終わりだろう。
結ばれれば否応なく組織同士で協力することになるのだから、この結論が揺らぐことはない。
コーヒーを飲んで帰ろうと思っていると、朝霧簪はコクリと頷いた。
「いいよ。……命も、人生も、思想も。あげるから。ヨルくんの人生のひとかけらが、それでもほしいよ」
それは想定していない返答だった。
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