第十四話
「……は? 喧嘩売ってるのか?」
男はずいっと顔を寄せて威圧する。
ありがちなしょうもないやり方で、心底苛立つ。
ヘラヘラしている周りの奴を見ながらため息を吐く。
「……そういうのは地上でやれ。ダンジョン内だと暴行やら障害やらで訴えるのが無理になる」
「何言ってるんだ?」
「それが通じるのは法律で守ってもらえる間だけだ。今、俺を相手にそれをするのはリスクしか残らない」
男は不愉快そうに俺を睨みつける。
不穏な空気を感じ取ったのか、後方で嫌そうにしていた違う男が手元の剣に手を寄せて引き抜けるようにするのが見える。
「……分からないか? ダンジョンは法律が届かないんだから仲良くした方がいいって話だ」
剣に手を触れさせている男に目を向けると、仕方なさそうにその手が剣から離れて俺に詰め寄ってる奴の肩を掴む。
「ああ、揉め事は勘弁だ」
「っ……シロウ、邪魔すんな」
「……悪いな。未探索エリアだから気が立っているんだ」
「は? 何を適当なことを……」
周りの女はシロウと呼ばれた男が止めたことを快く思っていなさそうな、つまらなさそうな表情をした。
それに反応した俺に詰め寄った男に、シロウは耳元でボソリと言う。
「……夕長がキレたらマズイだろ。地上じゃ暴力沙汰にならないだろうが」
「っ……チッ、胸糞わりぃ」
なんだ。結局、アメが怖いのか。
スッと離れた男を見つつ、アメの肩に触ろうとした瞬間、男の目が開く。
男が振り上げた拳を抑え、男を睨む。
「……」
「っち、夕長に守られてるだけのザコがよ」
男はそう言い、一緒になって悪態を吐く女達の方へと戻ろうとし……「俺が触れることもなく」投げられたように転ける。
殴られかけたんだ。……これぐらいのイタズラはいいだろう。
「……アメ、行くか」
「は、はい。……日方さん、結構な勢いで転けちゃいましたけど、大丈夫でしょうか……?」
「……アメさん、本当に優しいな」
馬鹿な仕返しをしたことを恥じつつその場を後にする。
「……あの、すみません」
「何がだ?」
「僕の……元々のパーティの仲間が、ご迷惑をおかけして」
「今の仲間は俺達三人だろ」
「……はい。僕達、ダンジョンファイターズですもんねっ!」
「いや……水瀬は抜いてツナを入れてやってくれ……」
「もちろんツナちゃんも含んでですよ!」
「いつのまにか発起人が消されてる……」
まぁいいけど。アメはそれから俺の少し後ろを歩こうとして、俺はそれを見て脚を止める。
「……アメ、罠に引っかかってもいいか?」
「へ? い、いいですよ?」
俺はアメの隣にいき、それから地面に向けていた目を上げる。
「少し、話しながら歩きたい」
「……はい」
「いや、そんな面倒な話じゃなくて……あー、今日の晩飯、何にしたい?」
「えっ……あ、えっと、く、クレープ……?」
「それは晩飯ではない。カレーでいいか。野菜も肉も食えるし、材料はあるから、みなもにキッチン借りて」
「カレー! カレーは好きです!」
「ならよかった。……あれ、昔の仲間なんだな。どれぐらい一緒にいたんだ?」
「えっと、最初、中学校卒業してからなので……二ヶ月ぐらいです」
「二ヶ月か。……結構長いのな、転々としてる印象だったけど」
「……そうですね。色んなところを追い出されてきましたが、ひとりでの探索を除けば一番長かったかもです」
……そうか。と、一言だけ口にしてポリポリと頭を掻く。
「……どうしたんですか?」
「いや、少し、嫉妬があるだけだ」
「嫉妬? 何をですか?」
「……大したことじゃないけど、なんとなくな」
アメは不思議そうに俺を見てそれから「あっ」と口を開く。
「僕、あの子達みたいにベタベタなんてしてないですよ?」
「……まあそうだろうけど。それで、平気か?」
「……元々僕が悪かったので少し、申し訳なさはあります。お世話になったあと、一度も連絡をしてませんしね」
「……まぁ進んで連絡したい相手ではないよな」
「……でも、初めてのダンジョンで戸惑っていたときに声をかけてもらえて、安心したのも本当なんです」
アメは昔を懐かしむように少し笑い、それから俺の方を見つめる。
「……いい人達ではなかったかもしれません。よく色んな人と揉めていて、僕はよく謝りに行ってました」
「中学校卒業したばかりの子にさせるなよ……」
「……でも、ダンジョンについて教わったのは本当なんです」
「ああ。……そうか。随分、怯えてたから」
「それで心配してくれたんですか?」
「……まあ、そうだけど」
「えへへ。……追い出されたとき、結構きつく怒られて。……強いモンスターを倒した後だったから、高い素材を持ってたのになくなっちゃって」
「……それ、どう考えても倒したのもアメの成果だろ」
アメは図星だったのか困ったように笑う。
「……高校にいかなかったの、経済的な問題や学力のこともありましたが、自惚れもあったのです。僕は強いから活躍出来る、と、大した根拠もなく」
「……」
「馬鹿だった。そう思います。たかだか人よりも少し強い程度で、なんでも出来るという無根拠な自信があったのです」
アメは少し表情を暗くさせながら呟くように言う。
「色んな強さがあります。賢いとか、たくさんの技能があるとか、リーダーシップとか。僕はその一つが少し優れていただけだったんです」
「……あー、その、アメさん、何も出来ない人がいて、アメさんは馬鹿にするか?」
アメは首を横に振る。
「じゃあそうなんだよ。普通は、そうであるべきなんだ。どんな奴でも威圧して馬鹿にして……なんてことをする奴がおかしい。強いとか役に立つとか、そういうレベルじゃない」
「で、でも……」
「それで終わりの話だろ。というか、そもそもアメさんの強さに気がついてないはずないし、有能無能とは別のところで気に入らなかったとしか……」
と、口にしたところで、俺がアメに触れようとした瞬間に殴られかけたことを思い出す。
「……ヨルさん?」
「…………あー、いや、まぁ……なんにせよ、あいつが悪い」
そうは言っても、アメの気持ちはこのまま変わらないだろう。
アメが妙に気の弱いところがあるのは何度も追い出されたことによる自信の喪失のせいだろうと分かってはいるが……それを治す方法なんてわからない。
「……あー、言葉がうまく出てこない。役に立ってるとか、頼りにしてるとか言おうと思ったけど……結局のところ俺もツナもアメさんが剣の腕が優れてるから誘ったわけでもないしな」
「えっ違うんですか?」
「俺は普通に優しくていい子だから仲良くしたいと思っただけだ」
アメは照れたように笑い、手袋で頰を隠す。
「……えへへ、ありがとうございます。元気出ました」
「……今思うと、アメをここまで連れてきといて全然ワガママとか聞いてなかったし、ちゃんと感謝を表に出してなかったな。……加入祝いがてら、何かしてやりたいけど何か頼みとかないか? 欲しいものとか」
「えっと……ちょっと考えます」
「今すぐじゃなくてもいいぞ」
俺がそう言うとアメはぶつぶつとひとりごとを言う。
「……今、ヨルさんはとても僕に同情してくれていてなんでも聞いてくれそうな感じに……。げへへへへ」
……早まった提案だったかもしれない。
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