第八話

「では、改めまして、ヨルくんの中学生の頃の先輩の朝霧簪です。しばらく通い詰めるのでよろしくお願いします」


 明らかに歓迎ムードではない。

 いたたまれなくなり、仕方なく俺からも説明する。


「あー、朝霧先輩はすごく優秀な人なのと、色々なダンジョンマスターと親交がある人なので珍しいものとか手に入れることも出来ると思う」

「現在は若返り薬を探してるけど見つからないね。媚薬みたいなのは見つけたんだけど」


 媚薬という単語にツナがぴくっと反応する。


「ツナさぁ……」

「ち、ちがいますよ。ヨルに盛るなんてことを考えてなんてないです。その……ほら、うっかりってあるじゃないですか?」

「盛る気満々じゃねえか」

「違います。うっかり、私が飲んでしまうかもしれないじゃないですか」


 ……ツナの方が飲むのか……? 何の目的で……?


「そうすると、そういった快楽を知らず、もちろん私は自分でどうこうも出来ないわけじゃないですか?」

「……それで?」

「そんな一人で苦しんでいる私がヨルの前にいるわけで、優しいヨルはどうするのかという……そういう最強の作戦なわけです」


 ああ……まぁ、それは……。

 と、納得してから朝霧先輩の方を見る。


「先輩」

「うん。渡さないから大丈夫」

「な、なんでですか!?」

「いや、それだけベラベラと悪だくみを喋ったらそりゃあな……」

「そ、そんな……」


 ツナが項垂れているのを見て、朝霧先輩は俺にこそりと話しかける。


「もしかしたら、私の推測は的外れだったのかも。私、こんなにアホじゃないし……」

「いや、朝霧先輩はこんなもんだよ」

「私って天才だし……」


 いや天才ではあるけど根本的なところではアホだよ。


「それで……おほん、夫との約束なので、歓迎します」

「夫……」


 微妙な空気がふたりの間に流れて、思わず視線をヒルコの方に向けると「貴様が行っている罪に向き合え」と言う視線を向け返される。


 くっ……なんでそんなに口調が厳しいんだよっ! 視線で語るときぐらいもっと可愛らしい感じで言ってくれよ……!

 と、瞳で訴えかけると「ヨルくんが悪いにゃん」と視線で返される。


 リクエストに答えてくれるんだ……。


「えーっと、ほら、とりあえず上着預かるよ。そもそも何しにきたんだっけ?」

「遊びにだよ。親交を深めにきたと言ってもいい。……というわけで」


 朝霧先輩はスッとトランプを取り出す。


「勝負……と、行こうか」

「……望むところです」


 ニヤリ、と、先輩が笑う横でアメさんがちょこんと手を挙げる。


「あ、僕七並べしか出来ないです」


 ……そういやそうだったね。なんかしまらないね。


「ヨルくん。私は自室に帰るね。人たくさんだし」

「えっ、ああ……。体調悪いのか?」

「ううん。邪魔かなって」


 いや、邪魔では……というか、むしろいてほしいぐらいだが……何かいやそうなので止めずに見送る。

 それを見た朝霧先輩は不思議そうにこてりと首を傾げる。


「……ずっと一緒にいるけど、あの子とはどういう関係なの?」

「保護してる子。……とは、もう違うか。仲間だし、友達だよ」

「ヨルくんって相変わらずそんな感じなんだ。……人助け、好きだよね」


 ほんの少し棘のある言葉。

 ……棘の向いている先は俺なのか、それともツナなのか、ヒルコなのか、あるいは自分自身か。


「……とりあえず、昼飯でも食べるか。先輩も食べてないだろ?」

「あ、うん。でも私の分はいいよ。ちょっと酔ってて」

「ああ、新幹線で」

「そうそう。ビール飲んでて」

「乗り物酔いの方じゃないのか……」

「いやー、緊張しちゃってね」


 俺は少しため息を吐いて、それからキッチンに向かう。


「じゃあサラッと食えるものにするんで。ちゃんと自己紹介でもしといてください」

「え、ええ……いや、間に入ってよ。気まずいよ」

「俺より歳上の大人が泣き事を……。ツナ」

「な、なんですか?」

「先輩、やっぱり血縁上の親戚ではあるみたいだけど、親ってわけじゃないからそんなに気にしなくていいぞ」

「えっ、そうなんですか? ……いや、それはそれとしても、恋敵なんですから、そんな仲良しこよしとは行きませんよ」

「まぁそれはそうだけど……あー、ほら、先輩も賢いし、知能系の遊びとかの相手になるレアな人だと思うぞ」


 ツナは俺の困った様子を見て仕方なさそうに頷く。


「仕方ないですね。少し、揉んであげるとしましょう」


 負けるとはカケラにも思っていないのだろう。ツナは簡素な将棋盤と将棋の駒を取り出して机に置く。


「ルールは分かりますか?」

「んー、まぁ、暇つぶしにネット将棋で遊んでた頃はあるよ。……そっちも自信あるみたいだね」


 朝霧先輩は王将を手に握りってニヤリと笑う。


「そりゃあ、ありますとも。世界最大のダンジョン【練武の闘技場】を作ったのは誰だと思っているのですか」


 ツナはドヤ顔をしてそう言うが、現在の練武の闘技場はその大部分がヒルコのところのダンジョンを吸収した部分となるので、あえて言うなら高橋さんである。


「ふふ、大きさを誇るなんてまだまだだね。世界征服を狙うわけじゃないんだったら、小規模かつ攻略不能にするのが一番いいのに」

「む、むぅ……でも、大きい方が豊かに暮らせます」

「豊かに……というほど、強欲には見えないかな。この家も四人で住んでいるなら、日本の平均よりも小さいぐらいで質素な感じだ。それに、ヨルくんは小さい方が好きだよね?」

「む、むむ、ヨルは大きいのが好きです」


 ええ……俺に振るのか。


 どう答えたものかと考えていると、隣にいたアメさんが「大きい方……」と自分の胸を見るが、何度も言うが他の知り合いが皆ちいさいだけでアメさんのは大きくないからな。


「……ダンジョンの性質に依るから何を言っても仕方ないだろ。練武の闘技場は正攻法しか出来ないから大きくなるのは仕方ない。あえて言うなら、住環境はこれぐらいが掃除しやすくて好きだな」

「……むぅ、とりあえず、将棋で決着をつけますか」

「だね」

「俺の理性的な発言はスルーするんだ」

「あのですね。私達は正しい答えを出すために議論してるのではないのです。ヨルを味方につけることでマウントを取りたいだけなのです」

「カスみたいなことを堂々と言わないでくれ」


 それにしても……。アメさんに手伝ってもらいながら料理をしつつ二人の様子を見ると、本当に似ていて親子のように見える。


 ……こういう可能性もあったのだろうか。

 などと、思うぐらいには。


 …………。

 もう少し、朝霧先輩の話を聞きたいと思ってしまった。


「……よし、アメさん、運んどいてくれないか? ヒルコ呼んでくる」

「あ、はい。了解です」


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