第三十八話

「……ホラー、苦手ならもうやめるか?」

「い、いいです。最後まで見ます。その、途中で見るのをやめると余計に記憶に残るので」

「ああー、まぁ、そういうのはあるけど」


 ツナの体を抱きながらホラー映画を観るが、いい匂いがすることや柔らかくて暖かい感触が気になってあまり画面に集中出来ない。


 映画の内容には入り込めないが、ビクビク怯えているツナは可愛らしくて良いので、定期的にこうしてホラー映画を観るのもいいかもしれない。


「ツナは結構映画観てるけど、好きなジャンルとかあるのか?」

「ん、んぅ? あ、ジャンルは決まってないですけど、ヨルがいないときはアニメをよく見てます」

「へー、意外だな」

「実写映画、人の顔を見分けるのが苦手なので全然話が分からなくなっちゃうんです。アクションやミステリーとか観ると「あれ? この人さっき死んだのに復活した……?」となってしまって」

「そんなことあるか……? ヒルコは?」


 あまり興味がなさそうなのに律儀に映画を観ているヒルコに声をかけると。


「……動物がメインのやつなら観る」

「意外だな」

「闇の暗殺者なので」

「闇の暗殺者って動物映画好きなんだ。……面倒くさい会話を全部闇の暗殺者で誤魔化してない?」

「闇の暗殺者」

「誤魔化せないからな? いや、誤魔化されても良いんだけども」


 ホラー映画を見終わり、そろそろいい時間なので食事でも用意しようと立ち上がる。


 キッチンに向かうとヒルコが着いてくる。


「……いつもあなたが夕食を用意してるんですか?」

「ん? ああ、ツナにさせるのは危ないし、アメさんもヒルコの少し前にここに入ったばかりだからな。外食とかDPで出すとかでもいいけど。ヒルコのところはどうしてたんだ?」

「適当に、コンビニとか行ってた」

「あー、まぁそうなるよな。何かリクエストあるか?」

「……なんでもいい」


 じゃあ、ツナのことを甘やかしたい気分なのでツナの好物でいいか。それにアメさんが訓練をしたあとなのでタンパク質を……ハンバーグとかにするか。


 俺が料理をしているとヒルコがすぐ近くに立っていることに気がつく。


「どうかしたか?」

「……手伝うことないかなって」

「あー、じゃあ机拭いてきて」

「……うん」


 やっぱり落ち着かない様子なので、何かしら仕事を頼んだ方がいいだろうか。

 でも、あんまりやってもらうこともないしなぁ。


 そう考えていると、再びキッチンの前に立っていたのでアメさんを呼んできてもらうように頼む。


 四人揃って夕飯を食べる。

 今更だけど、女の子に囲まれて生活しているのってなかなかすごい状況だな。


「……あの、私に何か出来ることはありませんか? あまりやることがないのも」

「ああ……でも、あんまりないんだよな。ダンジョンのことはツナ任せの方がいいし。基本人数を増やさない方針だったのもあって。ツナ、何かあるか?」

「んー、特にないですね。ヨルの家事の手伝いぐらいでしょうか?」


 ヒルコは難しそうな表情をしながら俺の方を見る。


「私は役に立ちませんか」

「いや……ヒルコの特技って潜入とか斥候とかだから、明確な敵がいない現状だとな」


 ヒルコもアメさんぐらい堂々としていたらいいのに。アメさん、めちゃくちゃイキイキと訓練ばかりしてるぞ。


 と思っているとアメさんはぴょこぴょこと手を挙げる。


「あの、なら僕にヒルコさんの技を教えてもらえませんか?」

「……技?」

「察知したり気配を消したりのやつです」

「……技というか、なんか出来るだけだけど」

「耳の良さまでは真似出来ないかもですけど、気配を消す技は多分覚えられると思うんです。……体が小さい方が有利な技だと思うので、ぜひ覚えたいです」

「それはいいけど……教えられる自信はないですよ?」


 アメはコクリと頷き、ご飯を食べ終えるとすぐに武道場の方に向かっていった。

 ヒルコもその後をついていき、俺はそれを横目で見ながら洗い物をする。


「あ、ツナ、今のうちにお風呂に入っておいたら? 後で混むぞ」

「ん、んん……」


 いつもはなんだかんだと素直なツナだが、今日に限って少し歯切れの悪い様子を見せる。

 洗い物をしている俺の隣にトテトテとやってきて、ツナの手がキュッと俺の服をつまむ。


「……い、一緒に入りませんか?」


 ぽろり、とコップが手から落ちてシンクの上を転がる。

 明らかな動揺を見せてしまったせいでツナの方も慌てたようにパタパタと手を動かす。


「ち、ちが……っ。その、え、えっちなお誘いではなくてです。その、えっと……映画を見て、怖くなってしまって」

「あ、ああ、なるほど」


 コップはツナが落としても危なくないようにプラスチック製のものにしていたおかげで割れたりはせず改めてそれを洗い直す。


「そ、その、ヨルがえっちなことをダメだと思っているのは分かってます。なので、えっちな風にせずに一緒に入ったらいいのです」

「……と、言うと」

「ヨルがえっちな目で見ずにだったら一緒に入ってもいいはずです」

「……なるほど」


 たしかに、それはそうなのかもしれない。

 実際年齢的には親と入っていてもそこまで不自然な年でもないわけだし……ただひとつ問題があるとすると、俺は親兄弟ではなく恋人というところである。


「……ツナ、それは出来ない。俺にはな、無理だ。アメさんかヒルコに頼んだ方がいい」

「む、むぅ……でも、あのふたりだと幽霊には勝てないかもです」

「俺は幽霊に勝てる想定なんだ」


 流石に実体がなくてよくわからんパワーで殺してくる相手は無理だ……。


「その、分かりました。おふたりのどちらかに頼みます。でも、せ、せめてお風呂の前で、脱衣所のところで待っててくれませんか? その、そうでもないと安心出来ないので」

「俺が脱衣所で待ってたらむしろアメさんとかは安心出来ないだろ……」


 ツナは「とりあえず頼んできます!」と言ってパタパタと走っていき、アメさんを連れて戻ってくる。


「大丈夫みたいなので一緒に入ります!」

「大丈夫なんだ。……いや、俺は全然大丈夫じゃないんだけど」


 そう言うものの、ツナに手を引っ張られて脱衣所の前に立たされて、ふたりが中に入る。


 ……ツナはまだしも、せめてアメさんはもっと俺に警戒心を抱いてくれないだろうか。


 ふたりの衣擦れの音を聞き、気まずく思いながらため息を吐き出した。

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