第十九話

 大人の男は晩酌を嗜む。

 手作りのちょっとしたツマミをゆっくりと食べながら、コンビニで買ってきた酒をチビチビと飲む。


 ……と、まぁ、実際のところ、別に酒が好きとか酔いたいというわけではないが、アメさんの実家で悪酔いしてしまったことの反省として少しずつ慣れていこうという試みだ。


 特に今日はツナが早く寝たので、そういうことをする隙もあった。


 心地よさのある酩酊のなか、深く息を吐き出した。


「あれ? ヨルさんひとりですか?」


 子供っぽいモコモコとしたパジャマに身を包んだアメさんが眩しそうに目を細めながらやってきて、ポスリと椅子に座る。


 むにゃむにゃと眠そうにしながらも起きようとしている姿が可愛い。


「ああ。うるさくしたか? 起こして悪いな」

「いえ、普通に目を覚ましただけです」


 アメさんはジッと俺の手元にある料理を見つめる。


「あー、食べるか?」

「えっ、あっ、でも、夜中に食べると太ってしまうと……」

「アメさんはむしろ痩せすぎだから別にいいと思うぞ。というか、運動量が多すぎる」

「ダンジョンの中だと怪我も何もないですから、無茶も問題ないのがいいです」

「それはそうなんだけど……ほら」


 箸でつまんでアメさんの口元に寄せると、アメさんは少し照れくさそうにしながらパクりと食べる。


「ツナには秘密な。拗ねるから」

「えへへ。お酒飲んでるの珍しいですね」

「あー、アメさんの親父さんが好きみたいだからな。慣れていた方がいいだろ」


 アメさんは少し驚いてから、また照れ笑いを浮かべる。


「すみません。ありがとうございます。……あの、ヨルさん、少し酔っているときにするのはズルいんですけど、少しいいですか?」

「どうした? 改まって」


 アメさんは自分の手を机の上に出して、グーパーとさせる。


「僕は弱いです」

「!? ……いや、それはないと思うけど」

「剣ではヨルさんに負けて、キヅナちゃんやヒルコさんのような特殊な技能はありません」

「いや……充分だろ。あと、普通にまだ成長期だしな。あと数年は食って寝てるだけで強くなる」

「……落ち込んでいるのではなく、ひとつの事実としてです。けど、そんな贅沢な悩みは本題ではなくて……」


 アメさんは居住まいをスッと直して俺を見る。


「僕も悩みを言ったんです。ヨルさんも愚痴のひとつぐらい、聞かせてください」

「……あー、そういう。……俺、そんなに気を遣わせるほど悩んでいるように見えたか?」


 アメさんは首を横に振ろうとして、それからやっぱり頷かせる。


「僕も、ヨルさんのことを見てるので分かったんです。ネッチョリとした視線で」


 ……ヒルコの言うネッチョリとした視線は性的な目で見ているという意味で、心配してよく見ているというのは違うが……。訂正はしないでいいか。


「そうか、ネッチョリとした視線か」

「そりゃあもう、ねちょねちょです」


 アメさんは手をわきわきと動かしながら笑う。

 酒を口に含んで、その首筋に目を奪われながら呟くように言葉を返す。


「でも、好きな子にはかっこつけたいからなぁ」

「僕だってヨルさんにはかっこつけたいですよ」

「いや……アメさんは常にかっこいいからなぁ。凛々しくて」


 愚痴……悩み、かぁ。あんまりアメさんに聞かせるような内容でもないと思うけど、話しておくべきだろうか。


 酒を口に含み、飲み込み、ゆっくりと息を漏らす。


「……俺は、人を見限ったり拒否するのが得意じゃなくてな。それで割と困ってる」

「夕方の人の話ですか? あの美人さんの」

「あー、先輩な。……ずいぶん昔の、中学生の頃の知り合いで……。名前は、朝霧簪」

「……朝霧簪」


 アメさんも気がついたのか、深く頷く。


「綺麗な名前ですね」


 気づいてなかった。


「朝霧はツナの旧姓だ。……色々とややこしい事情があって、どうにもな……適当には扱えないけど、恋愛的な好意を持たれていて困ってる」

「ん、断ってましたよね、夕方」

「いや……まぁそうなんだけど。……この環境って、昔とは違って断られたら終わりって感じじゃないんだよなぁ。警察というか法律で縛れないし」


 俺もアメさんは親とも知り合いだから平気だけど、ツナは別としてもヒルコを泊めているのは普通にアウトだ。


 そもそもダンジョン自体が不当に作って不当に占拠してるので違法である。


「今のダンジョンマスターって、なんやかんや平和な時代に生きていて遵法精神があるから大暴れしてる奴が少ないだけで、違法な行為をしても捕まることはまずないからな」

「えっと、でもお父さんダンジョンの人を捕まえてたんですよね? 故郷で」

「アレは別として。まぁ、だから断っても諦めない限りはアタックし続けられるというか……」

「ああー……それで、どうしようかと言うことですね」

「まぁ、引っ越したら流石に着いてこれないだろうけど、そういう強引なのは恨みを買うからな」


 アメさんは「ふむぅ」と腕を組んで考える。


「僕のせいですね。これは」

「えっ、そうか?」

「「すでに二人に手を出してるんだから三人目もいける」と思うのは自然でしょう」

「ああ……まぁ……いや、でも、アメさんのせいではなく俺の不徳のせいだな。どうしたものか……」


 アメさんはすすっと俺に酒を勧めて、俺は何の気なしにそれをのむ。


「ヨルさんとしてはどうなんですか? 好きとか、嫌いとか」

「嫌いじゃないよ。いい奴では決してないけど、気は合うことは知ってるしな」


 ダンジョンとかがなかったら……まぁ、たぶん朝霧先輩も地元にいて、ずっと口説かれているうちに俺が折れるという風になっていそうだ。


 何かしらがなければ「まぁいいか」と結婚していておかしくないぐらいな気がする。


「けど……流石に、道徳心とか抜きにしても三股なんて無理だろうとしか。それに……」


 また酒をごくりと飲んで、机に腕を置く。


「…………俺の勘違いではなければ、ヒルコにもたぶん好かれてるだろ」

「そうですね」

「ヒルコからしてみたらポッと出の奴がグイグイいったらいけたみたいなのを目にしたら……なぁ」


 ヒルコを強く拒絶することが出来るかというと……強く同情してしまっているから、強引に迫られたら拒絶しきれないと思う。


「流石にな、四股は無理だろ……」

「ヨルさんって不思議ですよね。……なんというか、強い人って強引なことが多いような気がするんですけど、むしろ押しに弱いです」


 と言いながらアメさんに酒を勧められる。


「……まぁ、努力して強くなったわけでもないから自己肯定感には繋がらないというか」

「ちゃんと強い意志を持って断らないとダメですよ?」

「ああ……そうだな。酒はもういいや」


 少し酔ってきたので慣らすにはこれで充分だろう。


「そう言わずにどうぞどうぞ」

「じゃあ、まぁもう一杯だけ」


 ツマミを食べて酒を飲む。


「ヨルさんは優しいですから苦手かもですけど」

「これからはちゃんと断るようにするよ」

「あ、どうぞどうぞ」

「えっ、あっ、もういいんだけど……」

「すみません。注いでしまったので飲んでください」


 酒を飲む。


「どうぞどうぞ」

「……いや、そろそろ酔ってきて」

「あ、あとちょっとなので飲み切ってください」

「はい……」


 まぁ酔い潰れるほどじゃないしな、と思いながら飲むと、アメさんはジッと俺の顔を見てから頷き、箸を手に取ってツマミをあーんと俺の口元に運ぶ。


 そのまま食べると、アメさんは満足そうに頷き、席を俺の隣に移す。


「どうかしたか?」

「んー、なんでもないですよ。……げへへへ」

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