第二十話

 最近、アメがダンジョンで稼ごうとしなくなった。

 というものの、ダンジョンには来ているしちゃんと探索しているだが、ゴーレムのコアの回収やその他金策になるものに触れず、淡々とモンスターを斬っていた。


 動画配信で得た金を渡しているので多分資金繰りには困っていないだろうが、だとしても余裕があるというほどでもないだろう。


 金策する代わりに、訓練の時間が増えているようだ。

 今までは日に一度か二度しか使っていなかった自傷を伴う領域外技能グリッチスキルだったが、治癒魔法を得たことで練習の回数を増やしているらしい。


 日に日に、会うたびに技のキレが増していた。


 それは刃の切先が細く鋭くなるような感覚で、名刀と呼ばれる日本刀を見たときのような妖しい魅力。


 そんな魔性を……夕長アマネは放っていた。


 ぞくり、と、背筋を痺れさせるような、日本刀のような美しさを。


 けれども……美しく、妖しく、よく斬れる名刀はその鋭さのあまりに傷つきやすく折れやすい。


 敵対者でもあるアメを……心配と、思うのは立場上おかしいものなのだろうか。


 だとしても……放っておくことは出来なかった。


 ツナに隠れてアメに電話をかける。


「もしもし……アメさん、俺だけど、今、電話しても平気か?」

『あ、ヨルさん。えっと……今からダンジョンに潜る予定だったので……5分……いえ、3時間ぐらいなら』

「振れ幅がすごい」


 それよりも「今からダンジョンに潜る」……?

 今、アメを倒したから電話をかけたんだが……。


 もしかして俺と電話するのが嫌ということかとも思ったが、その割に三時間とか言ってるし……。


 日に二度も練武の闘技場の探索をするのは、どう考えても負担が大きすぎる。

 他のダンジョンに比べて接敵する回数が十倍以上あるんだ。


 それを単独でなど……いくらダンジョンでは死ぬことはないとは言えど、度が過ぎている。


 そんなことを続けていたら、肉体は大丈夫でも精神はどこかおかしくなるだろう。


「声、疲れてるぞ」

『ありがとうございます。大丈夫です』

「……ああ、そうだ。この前クレープ焼く機械ほしがってたろ。アメさん強いけど腕力があるわけじゃないし、一緒に買いに行かないかツナも会いたがってる」


 俺が本当はそういうことが言いたいのではなく、今日はもう休ませたいと思っている考えが伝わったのか、アメは電話越しに安心させるようにゆっくり話す。


『大丈夫です。すぐに幽鬼さんを倒すので、その後に行きましょう』

「……勝っても、何の意味もないぞ。アレは中ボスだ。あの後もっと迷宮は続くし、倒したら何か起こるってわけでもない」

『お金はどうでもいいんです。名誉も。僕はただ……幽鬼さんを倒して、あなたに伝えたいことがあるから、戦うのです』


 電話越しなのに真剣な表情が見えるようだ。

 言葉の中に込められた強い意志は、決してアメが折れないということを示していたようだ。


「別に中ボスは逃げないだろ」

『はい。でも、一刻でも、一秒でも早く、伝えたいのです』

「…………なんか、甲子園に出場したら告白するみたいな感じに聞こえるな」


 照れを誤魔化すように笑いながらそう言うと、電話越しのアメは、一文字一文字を大切にするように答える。


『…………はい。これは、そういう話です』

「えっ……」


 俺が何かを言うよりも前に電話が切られる。

 ……えっ、告白されるのか、俺、アメから。


 …………どうしよう、すごく負けたくなってきたな。


 いや、まぁわざと負けるわけにはいかないが。……願掛けぐらいはしとくか。


「あ、おかえりなさい」

「ああ、ただいま、ちょっとそれ借りていいか?」


 ツナのところに帰って、ダンジョンの制作するためのタブレットを借りる。


 それで一箇所、俺の守る扉の奥に適当な罠を仕掛ける。


「どうしたんですか? これ」

「あー、願掛け」

「? 自分で引っかかるのとか気をつけてくださいね」

「ああ、分かってる」


 リビングの床に座り、シートを広げてその上で刀の整備をする。

 安物だが手に馴染んでいるので大切に使いたい。


 日本刀をメイン装備にしている探索者は案外少ない。よほどの技量がなければ簡単に曲がって刃こぼれする。


 その上、整備性も良いとは言えない探索において必要な継戦能力に欠けており、それを補い得るだけのメリットもない。


 人気があるのはリーチのある槍や弓矢、壊れにくいメイスや鉄槌、スキルによる恩恵の大きい剣、スキルによる恩恵はないが単純に強力な銃火器……といったところだ。


 俺が刀を使っているのは、俺が知る中で一番強い探索者であり、一番多く戦ってきたアメが使っているからだ。


 ……尊敬している。

 もし、もしも、あの日……神の誘いに乗らず、ツナと出会っていなければ、アメとパーティを組んで探索者をして……なんて未来もあり得たのだろうか。


 ……無意味な感傷だ。そんな未来はない。

 とっくの昔に、出会う前から道は違えていたのだ。


 俺がそんなことを考えていると、ツナは心配そうに俺の顔を覗き込む。


「あの、大丈夫ですか?」

「……ああ、平気だ」


 ツナはきっと、俺が悩んでいることに気がついているのだろう。

 心配そうに覗き込み、俺の手を握る。


「……弱音を吐いてもいいですよ」

「……」

「辛いこと、ありましたか?」

「ダンジョン側になったことに……後悔はしていないんだ。ツナと会えたから」


 ゆっくりと息を吐いて立ち上がる。


 なんとなく、なんとなく感じるのだ。

 今日、夕長アマネとの決着がつくのだと。


「はい。私も、ヨルと会えたから、後悔なんてしてません」

「ありがとう。ちょっと早いが、行ってくる」


 服と装備を整えて、いつもの中ボスの間に向かう。

 まだまだ来ないだろうが、神経を研ぎ澄ませるにはいい時間だ。


 ハッキリ言って……この戦いに意味はない。

 俺は中ボスで、俺がここを退いたとしても食料やらなんやらの関係でアメでは突破出来ない。


 俺がアメを倒しても再挑戦は簡単で、アメが俺を倒しても意味がない。

 戦うための戦いで、意味のない斬り合いだ。


 だからこそ、意味がないからこそ、価値があるのかもしれない。


 自身の精神を刃のように鋭く、鋭く、研いでいく。


 どれだけの時間が経ったのか、扉が開いて、幼なげな顔立ちの……けれども戦士の顔をした少女がゆっくりと中に入ってくる。


 言葉はない。刀を引き抜き、間合いを探り合う。


「──いざ」


 ああ、いざ、尋常に……。勝負だ

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