第126話 ひとりごと 2 織田忠(チュー)
そんなわけで、私はキョウケンに入ったの。
入ってからは、ジョーと一緒に、先輩に例の課題をやらされた。
でも嫌じゃなかった。
ジョーと一緒に「よーい、どん」で図書室に行き、争うように本を探し、同時に見つけたのはじゃんけんで借り手を決めたり、色々ルールを決めて、フェアに勝負してた。
この勝負を通して、改めて彼が歴史が好きなこと、そして誠実な人間であることを知った私はますます彼に惹かれているのを感じていた。
このまま二人だけだといいな、そう思って無かったとは言えない。
その頃は二年生の先輩がいなくて、三年生の先輩が引退したら、彼と二人きりになれるとか、変な妄想をしていたから、確信犯だ。
でも、彼は、やっぱり男友達と一緒に部活したかったらしい。
ある時部室にいくと、ジョーともうひとり、見慣れない男子がいたの。
身長はジョーより高い。
短髪面長で、多分イケメンの部類。
眼鏡を掛けていて真面目そうに見えるのも、好きな子にはポイントが高いのではないだろうか。
「ジョー、この人は?」
「紹介するよノリ。こいつは同じクラスのチュー。あ、俺はチューって呼んでるけど、それでいいよな? チュー」
「いきなりアダ名で紹介するんじゃない。失礼、俺の名前は
思わず笑ってしまった。しかも結構長めに。
きっと、ジョーと彼の掛け合い的なところがツボに入ったんだと思う。
途中で、いくら何でも彼に失礼だということに気付いて、何とか私は笑いを止めることに成功した。
彼、チューは、バツの悪そうな顔で頭を搔いている。
「その、そんなに面白かったか、今の発言」
「チュー、ノリは箸が転んでも面白い年頃なJKなんだよ。俺達DKとは感性どころか、人種が違うんだ。あきらめろ」
「ちょ、ちょっと、勝手に人の名前をアダ名で教えた上に、人種差別しないでよ」
この発言に今度は、チューが笑い出した。
「もー、そんなに私の発言面白いですか?」
「ごめんごめん。馬鹿にしてるつもりは全くないからそれだけはわかってほしいけど、いや、楽しそうだ、キョウケン入ることにしてよかったよ」
「えっ?」
「勘が悪いな、ノリ。一年二人だけじゃ寂しいだろ。こいつ部活入ってないっていうから口説いたんだよ。笑ってるからもう大丈夫だと思ってるけど、こいつキャラも悪くないだろ。俺の幼馴染だから品質は俺が胸をはって保証できるけどな」
「う、うん……」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、嫌がなかったとは言えない。
でも、ジョーの笑顔を前にしては完全敗北するしかなかった。
私はこの笑顔が大好きなのだから。
「よかった。女の子が別にいるって聞いてたから、嫌われたらどうしようって少し心配してたんだ……ええっと……」
「ああ、名前ですね。私は、
この言葉にジョーが反応する。
「何!? ノリ、お前、ノリって呼ばれるの抵抗あったのか!?」
「だって、あんまり話した事の無い女子にいきなり名前でしかもアダ名は無いんじゃないって普通そう思うわよ」
「お前本当に最初とイメージ違うよな」
ジョーのこの言葉が私の心にさざ波を立てた。
イメージが悪くなってたら――
「……まあ、こっちのほうが俺はいいけどさ。話しやすいし」
悪くなってはいなかったとホッとする。
「じゃあ、ノリって呼ぶよ。これからもよろしく」
ジョーとは違う意味で、良い感じの爽やかな笑顔。
どうも自分は、男子のこの手の顔に弱い、チョロいと自分を責めたくなる。
こうして、キョウケン一年生は、三人になった。
三人になってからも、しばらく例の課題は続いたわ。
予想はしていたけれど、競うことになると、チューが一番早かった。
そんなある日、部活を終えて、下駄箱まで帰る道々、ジョーが突然こんなことを言い出したの。
「三人でヤリたいことがあるんだ……明日先輩誰もいないらしいからさ。な、いいだろ?」
ヤリたいこと……私はこの言葉にドキッとした。
「ジョーのその言い方、不穏な空気を感じるな」
チューがツッコミを入れる。
「いつもどおり体ひとつできてくれればいい。準備は俺の方でしておくから」
鼓動を抑えながら、頷く私。頷くしかなかった。
その翌日、私は、自分の持ってる中で一番大人っぽい下着を選んで身につけた。
何故かは……聞かないで欲しい。
別にそういうことがしたいとか、そういうことではない。
もし、そうだったら……断る、断るけれど、一応ねと自分には言っていた。
一限から授業の内容が全く頭に入らない。
こんなことは初めてだった。
彼ら二人と同じクラスでは無くて良かったと、このときだけは思った。
クラスメートに、体調が悪そうだ、もう今日は帰って休んだらと言われたくらい、端から見てもダメな私だったらしいから。
そして、運命の放課後。
授業が終わった後も、私は何故か精神統一して心を落ち着かせていた。
大丈夫、一生に一度は誰もが通る道なのだから。
それが今日来ただけ。
アレの準備はジョーがしてくれてる、信じる。
ようやく決意を決めると、私は震える足を引きずりながらキョウケン部室へと向かった。
気がついたらもう扉の前。
扉の前の廊下で、辺りに人気が無いのを確認し、最終チェックをする。
こっそりつけてきた香水の匂いが微妙にするが汗の臭いはしない。大丈夫だ。
私は、恐る恐る扉を開けた。
そこには既に二人の姿があった。
「お、やっと来たか」
手を振るジョー。隣で微笑むチュー。
「待ってたんだぜ。もう準備は万端だ」
ジョーに導かれるまま、私は社会科準備室に足を踏み入れる。
準備は万端という言葉に否応なく鼓動が高鳴る。
「早く荷物置いてさ。こっちこいよ」
腕をひかれる。ちょっと強引だけどこういうところに私は惹かれたのかも知れない。
チューも一緒なのは抵抗が無いとはいえないけれど、それを彼が望むのであれば……。
「木下先生も用事で今日は早めに学校を出たらしいから、少しくらい騒いでも大丈夫なはずだ」
悪戯そうな目。
私は意味もなくセーラー服のリボンをもてあそぶ。
タイミングが分からない。
このままでいいのだろうか。
この狭い社会科準備室で、どこで……。
ちらりと、長机を見る。考えられそうなのはそこだったから。
そして、その時、私の視界にあるものが入った。
「何? あれ……?」
そこには、将棋盤のようなものがおかれていた。
しかし、その上に配置されている駒には何も書かれておらず、その数も普通の将棋に比べて多いように見える。
「軍人将棋さ。俺これがヤリたかったんだよ。三人いないとできないから……」
彼のこの言葉を聞いて、自分の中の色々なものが崩れていくのを感じた。
「な、何よそれ……私心の準備までしてきたのに!」
「心の準備って何だと思ってたんだよ?」
「そんなこと言えるわけないでしょ!」
パンッ。
迫るジョーの顔に耐えられなくて、平手打ちをお見舞いしてしまった……。
「ご、ごめん……痛かった?」
慌てて謝る。
「怒ったり謝ったり忙しいやつだな、お前は。でも、俺も悪かったかもな。予想外の内容だと面白いと思って昨日言わなかったんだけど、ごめん」
ジョーは私の頭を撫でて許してくれた。いつもの笑顔で。
「お菓子を皆で食べるイベントとか期待してたんだろ、お前部室でいつかやってみたいって言ってたもんな。安心しろ、そっちもちゃんと用意してある」
ニヤリとして、どうだ期待通りだったろ、という顔をする彼に私は飛びついてしまった。
「お、おい」
「俺はお邪魔なら、帰ろうと思うんだが……」
ジョーに抱きついたのを、さすがに見かねたのかチューが決まり悪そうに言い出した。
「待てよチュー、そういうんじゃない、これから三人で楽しく軍人将棋をやるんだから、ほら、お菓子先に出すから離れろ、ノリ」
意地悪かとは思ったけれど、彼の思ったより厚い胸板にドキドキしながら、絶対に離れまいという感じで、私は抱きついていた。
……
何よ、あなたも穴山さんとか遠山さんとそんな感じじゃ無いの?
え? そういうことは考えたこともなかった?
それは時間があれば廊下に三時間ほど立っててほしいけれど……。
秋山君、あなたはもう少し乙女心について知るべきね。
私があの時あなたにキスしたのがまるで無意味じゃない。
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