第7話 結論は出てしまった
「ただいま……あれ?」
帰宅して直後に気づく。
リビングから廊下にただよう匂いが明らかにカレーでは無い。
嫌な予感がするが確認しないわけにはいかないと、勇気を出して、そのままの足で現場に向かう。
虎の家のキッチンは、ソファとテレビの配置された、所謂リビングと同じ空間内にある。正確には、このリビングの隣に、ダイニングテーブルが配置され、さらにカウンターを挟んだその向こうにキッチンがある。
そのキッチンで調理に勤しんでいた母親は、離れた位置からでもリビングの扉を開けた虎に気づいたようだった。
彼女は勘がとても良いのだ。
「あら、おかえりなさい、虎」
「母さん、そ、それ……」
「あ、ごめんね、虎。スーパーでいつものルーが売り切れちゃってて、材料がほとんど同じだし、ポトフにしたの。カレーはまた作るから、ねっ」
語尾にハートが浮かんでいるが、そう言う問題では無い。
それなら別のルーでもよかったのに。
どうしてそっちに行ってしまったんだい、母さん。
母親のあまり気にしない性格を把握しながらも、完璧を期さなかったことを虎はこの時とても後悔した。
先輩の言など関係無く、彼は本当に食べたかったのだ、カレーを。
いつものじゃなくてもいい、カレーがいい、どうして自分はそれを朝言えなかったのだろうか。
やるせない思いを抱きつつも、虎は気を取り直し、録画したアニメを見ることにした。
テレビの電源をオンにすると、リビングに笑い声が響く。今はバラエティ番組がやっている時間帯らしい。
このテレビは録画機能付きなので、番組が見られるなら、きっと録画も問題ないだろう。予言されたことから、急なテレビの故障を心配していたのだが、取り越し苦労だったようだ。
先輩の予言どおり本当にカレーが食べられなかったのには、多少驚いたが、考えてみれば一般家庭で夕食がカレーでない確率の方がどう考えても高いのだ。
あれは、聞き手を惑わす巧妙なトリックというやつに違いない。
予言なんてあるわけない。
お望み通り、明日会ったらこの理論で論破してやろう。
彼は、先輩をやり込める自分の姿を想像しつつ、ソファに座り、いつもどおり録画したアニメのタイトルを選んで、リモコンの再生ボタンを押した。
「あれ」
画面には何も表示されず、音もしない。
ただ画面の表示から再生自体はされているようなので、これは録画されたものであることは間違いない。
早送りしてみるが、どこまで進めてもこの状況は変わらない。そして、そのままで、録画時間の最後まで来てしまった。
「どういうことなんだよ?」
試してみたところ、他の番組の録画は問題無く再生できる。やはり機器が故障しているわけでは無い。
逆に謎は深まった。今日のこの録画だけが、こうなっているのは不可思議だ。
「虎、リビングで騒がないで、どうしたの?」
気がついたら母親が近くに寄って来ていた。
テーブルの方から、ポトフの良い匂いがする。
無意識にお腹がなる。
カレーへの情熱は捨ててはいない彼だが、体は正直らしい。
母親には思いっきり聞かれてしまっただろうが、身内だからノーカウントだと彼は思うことにした。
母親、そうだ、録画時に家にいたはずの母親なら何か知っているかもしれない。
「母さん、アニメ今日の分録画できてなかったんだけど何か知ってる? こんな感じで真っ暗で何も言わないんだ」
画面を指さす虎。
母親は、ハッと思い出した表情になった。
「あー、それね! さっきテレビで言ってた放送事故」
「放送事故?」
「母さん、難しいことはよくわからないけど、何でもネット回線がどうとかニュースで言ってたわよ。途中の線が切れちゃったってことなのかしらね。なるほど、こうなるのかー」
腕を組んだ状態で、何度も感心したように頷く母親。
「昔は、こういうときは大抵砂嵐だったのよねー。虎は見たこと無いでしょ。しかし、こう味気ない黒い画面だと、あれはあれで風情ってもんがあったのかなって思うわね。テレビだってね、調子悪くても、叩いたら普通治ったものよ。手を斜め四十五度にしてね、こうやって……」
母親の語りは止まらない。止まりそうにない。
虎は、とりあえず、いつもこういった状況でしているように、左から右に聞き流しつつ、別のことを考える。
別のこと、しかし、やはり、頭に浮かぶのはあの先輩の顔だった。
カレーが食べられなかったのは、先ほどの確率的可能性の論法でどうにかなりそうだが、こちらは逆に確率的に有り得ないゆえに、同じ論法で否定することはできない、というかむしろ必然的に確率的可能性の論法側が弱められてしまいそうだ。
まさか本当に予言だというのか、そうは思いたくない。
虎は、予約録画失敗の予言に関する反証を考えようと努力はしたが、何も思いつくことができなかった。
こうして、二つ先輩の予言は的中したことになった。
そして今日の夢が三つ目。
これは、とてもそのままでは伝えられない内容なので、直には、テレビで見たアイドルみたいな女の子の姫が出てくる夢だったと虎は語った。
「で、そのアイドルって誰なの?」
「それは、か、関係ないだろ!」
アイドルの名前を尋ねられるのは想定外だったため、上手く応えることができないどころか、電車の中であることも忘れて軽く怒鳴ってしまった虎だった。
周りの乗客の視線が痛い。気まずい空気が流れる。
虎は激しく後悔した。これは、話題を変えねばならない。
「怒鳴ってすまん……そうだ、残りの一つは、まだ確認していないんだけどさ。今、ここで一緒に見てみるか」
「う、うん。こっちこそごめん。考えてみると言うのは恥ずかしいよね。何で私気になったんだか。ほんと、ごめんね」
あくまでこちらを立ててくれる心の広い直に感謝しつつ、虎はスマートフォンのゲームアプリを立ち上げた。
いつもどおり、ログインのアニメーションが流れるのを確認し、連打してそれを飛ばす。
そしてゲームのメイン画面にたどり着いて、異変に気がついた。
「あれ? キャラクターカードが増えてる」
昨日は107だった所持カード数が、108に増えている。
おかしい、ありえないのだ。
何もしていないのにカードが増えるなんて。
「とら、この郵便マーク何?」
「何って、メッセージだけど……マジか!?」
『運営からのお知らせ』というタイトルのメール。そこにはこう書いてあった。
『おめでとうございます。
あなたはシークレットキャンペーン
に当選されました。
最上級レアカードを進呈いたします。』
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