第20話 とらわれのヒロイン
「ちょっと、ここどこ? どーいうことなの!?」
気がつくと、薄暗い小屋の中らしきところに彼女はいた。
ひさしぶりに独り吠えてみるが、何も言葉は返ってこない
なんだか懐かしい感じだ。
いや、懐かしんでいる場合ではなかった。
両腕を含めてガチガチに胴周りを縛られており、なおかつ、後ろの柱にくくりつけられているのだ。
どうしてこうなったんだっけ? と彼女は記憶をたぐる。
――――――――――――
昼休みのあの戦いの後、いつもどおり陰鬱な午後の授業を誰にも見えない気合いで乗り切った佐保理は、これまたいつもどおりに誰にも挨拶せず、誰とも顔を合わせずに、下駄箱まで辿り着いた。
しかし、誰とも、はそこまでだった。
学生服姿の例の二人がそこで待っていたからだ。
「佐保理、説教っぽいのも良くないが、もう少し人と接することを覚えてもいいんじゃないか」
「えーっ、ソウジ見てたの」
「当然だ、そもそも特異点を守るのが我らの使命だからな。教室からここまでと言わず一日中監視している。我らの目から逃れられるとは思うな」
佐保理は、この武蔵の言葉に、今日は体育の授業があったことを思い出す。
「こんのセクハラ野郎が!!!」
ピシャリ、思いっきり平手打ち。
頬をおさえながら、彼は不公平を訴える。
「何で拙者だけひっぱたかれるんだ。総司も同罪ではないのか」
「言い方よ、い・い・か・た」
ソウジになら良いかなと思った、というのは流石に言えない。
なるほど、しかし、この考えを読まれていないということは、武蔵は真面目に自分の頭の中を『見切り』していないらしい。
良い子だ。
「おい、機嫌を取ろうとしているのか。まあ、嬉しいがな」
「う、うん、そんな感じ」
気がついたら、武蔵の頭をなでていた。
あわてて適当に誤魔化しておく。
隣ではその様子を見てソウジが笑っている。
あまりもたついているとクラスの人間に見られるかもしれない。
そんな考えが頭を過ったので、「お、おい」と言う武蔵の背中を押して下駄箱ゾーンから建物の外に出る。
そして気がつく、周囲を覆う霧に。
明らかに自然のものではない。
「くっ、この霧。術士の仕業か」
「相手の姿が見えなければ、我の『見切り』も使えぬ。どこの誰かはわからないが、考えたな」
二人は既に戦闘に備え、いつもの装束になっていた。
「ちょ、ちょっと誰か来たらどうするのよ!?」
「佐保理、それは大丈夫だ。周りを見ろ」
ソウジの声に周りを見回す。
人の気配は無い。
おかしい、さっき下駄箱までは、廊下の話し声が聞こえていたのに。
「我らは既に術士の空間に捕らわれておるのよ」
見かねたのか、武蔵が説明してくれた。
つまりは異空間。
よくわからないがそういうことらしい。
もう何が起きてもおかしくない状況なのだから納得せざるを得ないというものだ。
ともかく、他の生徒に影響が無いのはボッチの自分にとって逆に好都合というもの。
佐保理は状況を理解した。
二人はそんな彼女を真ん中に、背中合わせで、それぞれの武器を構える。
武蔵は今は一刀である。
佐保理は、少しもの悲しいものを感じた。
「む、来たか」
突然、周囲の空間に、和風な兜に鎧を着た武者人形のような風体をした人影が無数に出現する。
そして、一斉に襲いかかってきた。
ソウジの黒剣が宙を舞う。
剣触れた人影は、そのまま崩れおち、影に返った。
彼は、押し寄せる人影を次々と片していく。
一方の武蔵は『金重』一刀ではあるものの、閃光の如く動き回り、こちらも一閃毎に複数の人影を影に返している。
元から一刀流であるかのように、全く問題を感じさせない。
佐保理は、剣豪の凄さを理解した気がしたのだった。
無数とはいっても、数には限りがあるようで、いつのまにか周囲に人影は無くなっていた。
「ふん、準備運動にもならん。出てこい」
叫ぶ武蔵。その声に呼応するかのように二つの影があらわれた。
「お前は! 本多忠勝!」
ひとりは見覚えのある人物だった。
槍を手にした鎧の武人。
触れた者を何でも切断するという
もうひとりは、驚いたことに武器を持っていなかった。
持っていなかったのだが、今まで見たどの守護者よりも体が大きい。
どう見ても2メートル以上は確実だろう。
そして長く、手入れのされてなさそうなボサボサの髪に、上半身は丸裸。
丸裸なのだが、筋肉の主張が強すぎて、まったく男性的なイヤラしさを感じない。
下半身には、袴のようなものを履いているが、その膝から下はむき出しになっている。
武蔵どころではなく、とてつもないワイルド。大きな野生児の印象だった。
顔は髪に隠れているが、そこから覗く目の鋭い光は、恐怖を感じさせる。
「武蔵殿、忠勝公は俺が相手をする」
「そうだな、申し訳ないが頼む。こっちの巨人は任せておけ。丸腰の相手を斬るのは良心が痛むが、守護者ならば遠慮はいらぬであろう」
ソウジと武蔵はそれぞれ、宣言した相手に向かって行く。
佐保理はというと、この時ひとり悩んでいた。
これまでのように、戦いを止めるべきなのだろうか、と。
彼らは本質的に戦いたがっている。
なぜなら、最後のひとりを目指しているから。
そうであれば、自分がその戦いを停止する力があるにしても、それを行使するのは彼らにとって失礼ではないのだろうか。
自分は、できれば、最後のひとりはソウジであってほしいと願う。
でもそれは逆に自分のエゴであって、もし仮に特異点としての力を行使することで彼を最後のひとりにしても、彼は喜ばないのではないだろうか。
ふと、目をあげると、ソウジと槍使いが戦っている。
速さではソウジに分があるようだが、槍の間合いに苦戦しているようだ。懐に飛び込むことができず、いなされている。
そもそも相手の槍は、触れればなんでも斬れてしまうのだ。武器で相殺できるとはいえ、相手のペースになってしまうのはやむを得ないこととも言えよう。
逆側の武蔵も意外なことに苦戦していた。
二刀で無いことで本来の力を発揮できていないのを差し引くにしても逃げに回っているように見える。
相手は素手なのだが、拳圧というものか、一振りで地面に穴が開いている。
さらに、恐るべき事に剣を躱しもせず、腕で受けても怪我一つ負っていないようだ。
つまり、こっちの攻撃は効かない、相手の攻撃は凄まじい。
確かに、これは逃げるしかない。
佐保理はこの眼前の状況に、覚悟を決めた。
二人の意には沿わないかもしれないが、ここは一旦やめさせるべきだ。
なぜなら、自分がそうしたいのだから、と。
彼女は口を開いて、宣誓しようとする。
そして気がつく。
声が……、出ない。
「おっと、油断も隙も無い。特異点よ、申し訳ないが貴方を
――――――――――――
あの一言以来記憶が途切れている。
ずいぶんと長い間眠っていた気がする。
今いったい何時なのだろう。
周りが暗いことしかわからない。
両親は心配して警察に電話とかしていないだろうか。
そうなると、きっと大騒ぎだ。
学校にも連絡が行くだろうし、目立った私のボッチ生活はどうなるのだろうか。
ここまで考えて彼女は深くため息をつく。
結構イケメンな二人にちょっとの間囲まれていたけれど、いまだに自分は身も心もボッチなんだな、と。
まさにそのタイミングで、あの声が響く。
「どうしてため息をついているのです」
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