第19話 物語はすすんでゆく

「まったく強引だな。佐保理は」


 ソウジのあきれた声が、風に流れる。


 今は昼休み。そう、ここは学校の屋上。

 今日も残念なことに風は強く、佐保理の髪のくせっ毛度は底知れないレベルになろうとしている。


「だって、学校遅れるのやなんだもん。遅れたら目立つじゃない。ボッチは目立っちゃダメなのよ。目立たず、人の波に埋もれて気づかれない、空気な存在であるべきなの」


 理想のボッチ論を展開する。


 いつもであれば単なる独り言なのだが、今日は独り言ではない。

 なにせ、これを聞いている人物は二人いるのだから。

 む、二人?


「ところで何でアンタもいるのよ!」


「何!? 拙者がここに居ては悪いか」


 佐保理の言に不満そうな顔をしているのは、言うまでもない、武蔵である。

 今は、ソウジと同様に、学校指定の学生服姿。


 彼らは衣装を自分の好きに変えられるらしい。

 自分がそんなことできたら、パーティードレスとかアイドルな格好とか果てはアニメキャラとか思いのままなのにな、とちょっと羨ましく思った佐保理だった。


「守護者が特異点の近くにいるのは当然なのだぞ」


 二人の決闘を強引に止めてから、学校への道々聞いた話を要約すると、こうだった。


 彼ら守護者は、特異点を守るために天から使わされる存在。


 特異点とは次元の急所、歪みのようなもので、人の体を纏って突然現れる。

 特異点の死は世界の崩壊を意味するのだと言う。


 そのため、特異点を脅かす存在が現れた時に、守護者が顕現する。

 言わば神に選ばれし英雄。


 彼らには生前の事績に曰くのある能力が付与される。

 しかし、そうはいっても完全無敵ではなく、脅威を相手にするには力が足りないこともあるらしい。


 そのため守護者は、守護者同士で食い合う。


 具体的には戦い勝利することで、相手と一体となり強くなる。

 そして、最後の一体となったときにこの世に残ることができるという。

 むしろ、この最後の一点のために自主的に食い合うと言っても過言ではない。


「私が、その、特異点なのよね?」


「そうだ、おぬしがどう思っているのかは関係無くな。何せ我らが逆らえなかったのだから」


 守護者は、そもそも特異点を守るべき存在のため、特異点の言には逆らえないのだと言う。


 自分が特異点だというのは未だに実感が無い。しかし、あの朝の戦いを思うと、信じないわけにもいかない。


 けれども、命がピンチな予感はするものの、守護者に守られるというのは悪くない。武蔵とのやりとりを、やれやれという表情で眺めているソウジの端整な顔立ちを見て、彼女はそう思った。


 彼が勝ち残ってくれたら。


「あーおぬし、拙者など負けてしまえと今思ったであろう」


「何でわかったの?」


「拙者の見切りを甘く見るでない。特異点とて例外ではないわ」


 武蔵は、あの二刀流で名高い剣豪宮本武蔵。


 その外見は、長身ではあるが筋肉質なため、細身のソウジに比べて、ワイルドさ、野生を感じさせる。

 何と無しに、テレビで見たバスケットボールプレイヤーを思い出させる感じだ。


 当然二刀流を操り、二刀による攻防一体の隙の無い戦いを得意とするらしい。

 一方、多数の剣豪に勝利した曰くから、相手の心を読む『見切り』という特殊能力を有している。


「やだ、私の頭は覗かないで!」


「くっ、また制約を課すとは」


 頭を抑えて不満そうにしている。ちょっといい気味。

 何でか彼を思わずいじめたくなってしまう。どうしてかはわからない。そういうタイプ?

 体育会系が好きな女の子ならほっておかないであろう外見の、どちらかといえば彼もイケメンだとは思うのだけれど。


 しかし、不思議だ。


 いつのまにか彼らとは普通に話せている。

 こんな感じがずっと続けばいいのにな。


 彼女がそんなことを考えていたときだった。


 ふいに二人の表情に緊張が走った。

 次の瞬間には、ダンダラ羽織と、武者姿にそれぞれ変わり、手には各々の武器を持って、屋上の一角に向けて構えている。


「どうしたのよ。あっ!」


 至近距離の床が五十センチ四方くらい、えぐれている。


 いつの間に?

 どこからか攻撃されたようだ。


 顔をあげて、二人の向く方を見ると、長いエモノを両手に構え、五月人形のような和風な鎧を纏った人物がそこにいた。


 そして物も言わずに、次の瞬間には武蔵に向かってその槍を振るう。

 刀でそれを受ける武蔵。


「何だと!」


 信じられないものを見た目。

 彼だけでなく、ソウジも驚きで動けないでいる。

 武蔵が右手に持つ刀は、刀身の、先ほど槍が当たった辺りから上の部分が無くなっていたのだ。


 呆然としている間に、相手は既に槍を一周させ、次の攻撃に移ろうとしている。

 危ない。


「む!」


 今度はソウジが受けた。


 剣と剣の間にエネルギーの渦のようなものが湧いている。


 彼の刀、見ため禍々しい黒いオーラに包まれた漆黒の剣『加州清光』は、血を吸う剣だという。

 新選組として攘夷志士を多数殺害した経緯から、触れた物のエネルギーを吸収する効果を得ているらしい。


 相手の槍の効果はわからないけれど、今のところ無事ということは。武器の効果同士で相殺されているのかもしれない。


「ふむ、おぬしとは相性が悪そうだの。依頼を果たしそこねたわ」


 依頼? 何のことだろう。どう見ても守護者のようではあるのだけれど、まだバックに誰かいるのだろうか?


 待てよ、守護者、そうだった。

 私、止められるじゃん!


 ようやく彼女はその事実に気がついた。


「ちょっとそこのアナタ。守護者なんでしょ、やめなさいよ」


 制約の言葉を発する。


「特異点か、仕方が無い、ここは引き下がろう。さらばだ」


 拍子抜けもいいところに彼はそう言うとすっと姿を消した。

 佐保理が、待って、と止める言葉をかけることもできなかった。


「あれほどの槍、二つとは無いと思うが。武蔵殿、彼は何者だ?」


「あやつは本多平八郎忠勝。あの槍は蜻蛉斬とんぼきりだな」


蜻蛉斬とんぼきり、天下三名槍のひとつか」


 彼女は昔呼んだ戦国時代関係の本の記述を思い出す。


 槍の先に蜻蛉とんぼが止まろうとしたらそのまま真っ二つになってしまったという逸話のある、恐ろしい切れ味の、触れるな危険な槍だ。


 だから蜻蛉斬とんぼきり


 本多平八郎忠勝は、徳川家康配下の武将であり、この槍の持ち主。


「おそらく、由来通り触れる物を全て切断する特性があるのだろう。まさか『了戒』を使い物にならなくされるとは、不覚をとった」


 武蔵が、剣先を失った刀のつかを握りしめながら悔しそうに言った。

 なんだか可愛そうになってくる。


「元気だして、武蔵」


「くっ、特異点に慰められるとはもっと不覚だ」


 素直でないのはわかっている。

 どことなく照れくさそうな匂いがするので、彼女は許すことにした。


「ソウジの『加州清光』はその力も吸収できたってことなのかな。不気味な色してるのに凄いのね、その剣」


 褒めたつもりだった。


 しかし、彼は悲しそうな顔をして首を振る。


「不気味だなんて言わないでくれ。俺は誠の旗の下、この剣を振るったんだ。けして人殺しをしたかったわけじゃない」


「ご、ごめん」


 気まずくなってしまった。


 しかし、それはソウジも同じだったらしく、さりげなく話を変えようとしてくれたらしい。


「あ、いや、その、しかし、やつの言っていた依頼とは何だったんだろうな」


「すまぬ、総司。あの一瞬では、そこまであやつの心から読み取ることはできなかった」


 武蔵が頭を搔きながら、これも残念そうに言う。

 またも、気まずい。


 私のことを不器用だって言っていたけれど、彼も十分不器用さんではないのだろうかと、佐保理は思い、この時彼にとてもシンパシーを感じていた。


「ただ、そういえば、セイメイ、という言葉がちらりと見えた気はする」

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