第21話 自問自答

「だ、誰なの? し、守護者なんでしょ。姿を現しなさい!」


 そんな佐保理の叫びに呼応するかのように、周囲に灯りがともり、空中に人影が現れた。


 空中、そう、その足は地についていない。

 文字通り、浮かんでいるのだ。


 その人影は、教科書で見た、平安時代の貴族のように、烏帽子をかぶり、薄緑色の狩衣を着ていた。

 顔については、白い狐をイメージさせるようなお面を被っていて、まったく分からず、表情も窺えない。


 不気味な相手の様子に少々怯みながらも、彼女は制約を行使することにした。

 強く念じて言い放つ。


「ちょっと、あなた、私を解放しなさい」


「それはできませんね」


 あれ? 全く反応がない。

 おかしい、武蔵の時はこれで止められたのに。


「あなた、本当に守護者なの?」


「ええ、そうです。天より遣わされし、貴方を守るため降臨せしもの」


「じゃあどうして制約が効かないのよ」


 答えてはもらえない質問だろうな、とも思いつつも、彼女は言わざるを得なかった。


「効かないようにしているからですよ、もちろん」


 まさか、こうあっさりと切り返されるとは。


 言っていることが正しいのは、特異点の制約が効かなかったことから、既に実証されている。


 どう考えても相手が上手のようだ。

 どこの誰かはわからないままだが、さすが英雄。


「じゃあ質問を変えるわ。どうしてこんなことをするの?」


「特異点のわがままで我々の聖戦を邪魔されては困りますのでな」


 そうか、やはり彼らは戦いたがっている。

 彼女はこの時心底そう思った。


 これまでの自分の行為は今目の前にいる彼にも全て見られていたのだろう。


 自分がしているのは同じ事の繰り返し、彼らが先に進むのを止める行為。

 嬉しいはずがない。


 ソウジや武蔵は口に出してはいなかったけれど、彼らも不満に思っていたかもしれない。


「その顔は、おわかりいただけたようですね。ならば話が早い。最後のひとりとなるまで、ここにいていただきます」


「えっ、ちょっと、それ困る。私がここにいたままだとウチの両親が心配するし、その、学校の先生とかも、気にすると思うんだけど」


「ほう、貴方は不思議な方ですね。普通、この状況では、特異点の力が効かない時点で、自分の身の安全を心配するものですが。よもや他人の心配をするとは」


 単に平和なボッチ身分の崩壊を気にした彼女のわがままだったのだが、なぜか彼に深い感銘を与えてしまったらしい。


「その点はご心配無く。式神に貴方の身代わりをさせておりますゆえ、何人も異変に気づかぬでしょう」


 なるほど、自分の変わりを用意してくれているらしい。


 それなら、まあいいか。

 彼女は自分の平和が守られそうだと、安堵した。


 しかし、式神か。


 確か、平安時代モノとか、あやかしモノとかで良く出てくる、陰陽師が使役する使い魔のようなもののはず。


 ということは、この守護者は、陰陽師。


 他の守護者が全員、歴史好きなら基本知っているレベルの英雄であることを考えると、おそらく彼もそのクラス。


 名前のある陰陽師はそんなに多くない。


 あれ、そういえば、お昼に屋上で本多忠勝に襲われた後、武蔵が気になることを言っていた気がする。


 佐保理は今まで小説等で培った知識を総動員していた。

 そして結論を得た。


「あなた、安倍あべの晴明せいめいね」


「ご名答」


 これまたあっさりと教えてくれる。

 拍子抜けもいいところだ。

 彼女は当たった、と喜ぶ気を完全に失い一言。


「いいの? そんなこと素直に教えても」


「かまいません。私は正体を知られようと、それはそれなりに戦えますので」


 ずいぶんな自信家のようだ。


 でも、それも、特異点の制約を効かなくできるほどの実力に裏付けられたものだとすると頷ける。


 なにせ、安倍晴明と言えば歴史上でも陰陽師の頂点。

 先ほどの台詞は、やもすると自慢にも受け取れそうな言葉ではあるけれど、彼の淡々とした言い方も相まって全く反発なく納得することができた。


 そんなことを考えながら、彼女は、ふと、自分を振り返る。


 ソウジは可愛いと言ってくれたけれど、自分は自分の外見に自信が無い。

 それどころか完全コミュ障の自覚もあるから、性格も良いとは胸を張って言えない。


 大いなるマイナス。それが私。

 だから特異点なのかもしれない。


 そして、人間どうなっても変わらないらしい。


 今日は朝から、ソウジと武蔵のお陰で、自分が中心、自分がヒロインという気持ちになれてはいたけれど、結局この有様。


 やっぱり自分なんていないほうがいいんだ。


 佐保理の頬をひとしずく、何かが流れおちた。


「なぜ泣くのです」


「あなたには……あなた達には、言ってもきっとわからない」


「……」


「でも、独り言なら良いかな。勝手に聞いて」


 それだけ断ると、佐保理は語り始めた。



――――――



 私、昔はこんなじゃなかったんだ。


 仲の良い女の子がいてね。いつもその子と一緒にあそんでた。

 その子は小学校のクラスではいつも中心にいる子で、おかげで私も他の子達と一緒に楽しく過ごせてたんだ。


 そんな中で、とある男の子のことを好きになっちゃった。


 運動はできるし、テストの点も良くて、それも凄いんだけど、それだけじゃなくてとても優しかったの。


 あるとき、ふとした拍子にお気に入りのリボンが風に飛ばされて、木の枝にひっかかっちゃったのよね。

 今だったら長い棒でとか、いろいろ考えるけど、まだ小学生だから、もう泣くしかなくて。


 泣いてたら、その男の子が登って取ってくれたの。

 私にはその時、彼が王子様に思えたんだ。


 それからは、彼とよくお話するようになって、おうちに行ったりとかもしてた。

 今だから言えるんだけど、彼も私のこと、ちょっと以上に気になってたんじゃないかな。


 でもね、それがあの女の子には気に入らなかったらしかった。

 きっと、あの女の子も彼のことが好きだったのね。だから、彼と親しそうにしている私を許せなかった。


 その日から、私の身の周りのものがなくなったり、トイレにいたら水が降ってきてびしょ濡れにされたり、誰かに話しかけようとしてもみんな無視、もう散々よ。


 まだ、でも、そこまでは我慢していたんだけど、ある時、あの女の子に呼び出されて、他の女子も居る前で言われたの。


「お前なんて、この世からいなくなればいい、いらない人間だ」

 

 これで私の心は完全に折れて、学校に行けなくなった。


 男の子に迷惑がかかるといけないから、私言わなかったし、きっとあの女の子たちも言わなかったと思うんだけど、学校の友達と何かあったことは、何となくわかっちゃったのかな。

 私を見かねたのか、両親が引っ越しを決めて、転校することになったんだ。


 その時転校をしてからは、ずっとこんな感じ。

 人と話すのがなんだか怖くなっちゃって。

 ずっと独り。


 でも人と接することで争いが生まれるなら、これはこれでいいのかなって、そう思うんだ、私。


――――――



「ありがとう、聞いてくれて。なんだか少し楽になった気がする」


「貴方のお気持ちは、私にはわかりません」


「えっ」


「ですが、貴方がとても美しい心の持ち主でいらっしゃることは、わかります」


「……ありがと、晴明」


 捕らわれの身であるにも関わらず、不思議と彼に感謝の気持ちが湧いてきた。


 そんな時だった。

 彼が急に気色を変えた。


「む、これはいかん」


 あんなに冷静で淡々としていた彼が、取り乱している。


 何が起きたのだろう?

 そう思った次の瞬間、目の前で爆発が起きた。

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