第22話 心、撃ち抜かれた?
「あれ……私、死んでない?」
凄まじい爆発音だった。
耳が馬鹿になっていて頭がキンキンしている。
さっきまでと違い、空気の流れを感じる?
ちょっと寒い。
目を開けた彼女は、自分がいる小屋の壁が大部分無くなっているのに気がついた。周りに木々が生い茂っているのが見える。どうやらここは山の中のようだ。
「な、何よこれ、あ……」
暗闇のため、パッとはわからなかったのだ。
月を隠していた雲がはれたのか、光が差して目の前に倒れる人影を照らすまでは。
その人影は、あの烏帽子と狩衣を着ていた。
「晴明! 晴明?」
声をかけるが返事がない。
地に伏したまま、ぴくりともしない。
「静まれ、女よ。我としては不本意だが、手応えが無かった。そいつは人形だ。おそらく最初からここには居なかったのだろうな」
上の方から別の声がした。
見上げると、かろうじて残っている壁の上に別の人影がある。
風になびく長髪、左手には太く大きな弓を持ち、月光の下でも異様な輝きを放つ赤い武者鎧を着ている。
表情については、影になっていて窺えない。
彼は、晴明は無事だと言っているのだ。
突然現れたこの人物の言ではあるが、内容的に嘘である意味はないであろうことから、彼女はそれを信じることにした。
拉致された身の上なのに、何故か安心する。
落ち着いたからか、一言彼に言いたくなった。
「ちょっと、あなた守護者なんでしょ。わたしも危なかったじゃない」
「特異点よ、気がついておらぬのは仕方ないが、貴様の周りには特に強い結界が張られていた」
「え?」
「術士の配慮であろうな。主に分かって貰えぬとはやつも無念よの」
搦め手からの一撃であり、そう言う問題ではないのだ、と訴えることもできなくは無い。
でも、これには返す言葉が無かった。
かすり傷程度で済んだのは、運が良かったのではなく、晴明のおかげか。
結局、自分は自分のことしか考えていなかったのだ。
周りなんて、見えていない。
「我の言葉でそこまで沈むでない、責任を感じるではないか」
「えっ?」
「我も守護者よ、特異点のことを全く気にかけぬでもないのだ」
月明かりが彼の顔を照らし出す。
思ったよりも線の細い、優しそうな顔。
「遠目で全て見ていた。貴様は優しいのだな。優しすぎる。しかし、守護者は戦うが定め。意に沿わぬかもしれぬが、我らの戦いは止めないでほしい。約束してくれぬか」
「そ、それは……」
「脅威がもう、すぐそこまで来ているのを感じるのだ。猶予がない。此度の戦、我以上のものはおらぬ様子。既に二名は倒した。残る五名も貴様に止められねば、瞬く間に打ち倒して見せよう。そして貴様を守る」
聞き間違いでは無いようだ。
既に二名を倒した。
いったい誰を?
まさか。
佐保理の心臓が早鐘のように鳴り出した。
一方、男の側は、急に首を左右に振り、周囲を警戒し始めた。
「ふん、話している間に残りが追って来たか。ここは一旦退くとしよう。特異点よ、覚えておけ、貴様を守れるのは我だけだということを」
それだけ言い残して、彼の姿は消えていた。
再び静寂が辺りを覆う。
ここで気がつく。
残りが追って来た?
この状態でいるのはまずいかもしれないと、身をよじってみるが、体を柱に縛り付けている紐は固く、却ってキツくなっただけのようだった。
結局何もできないと、彼女はこの時もため息をつく。
そこに現れた二つの影。
佐保理は一瞬身構えたのだが――
「良かった、無事だったのか。俺心配したんだぜ、佐保理」
「遠目から見て、半壊以上であったから拙者も心配しておったが、何より」
晴明には申し訳ないけれど、この時ほど安心したことは無いと思った。
二人はソウジと武蔵だったのだ。
それぞれの戦闘着はボロボロになっているけれど、彼らもまた無事であるらしかった。
拘束を解いてもらい、まずのびをする。
二人に完全な無事をアピール。
それから、あの時以来何が起きたのかを、お互い話した。
あの晴明の結界の中で、ソウジと本多忠勝の戦いはなかなか決着が着かなかった。
互いの武器同士、効果が中和され効かない上に、ソウジは素早さこそ勝るものの、槍という武器の間合いもあって、やはり迂闊に飛び込めない。
さらに恐るべきことに、攻撃に成功しても、その傷が見る間に塞がっていったのだという。
あれは体に傷一つ追ったことのないという
その武蔵の方も大変だった。
相手は、
『見切り』でそれがわかった武蔵としては、とにかく攻撃を躱して逃げるしかない状態が続いていた。
そんな時だ。
突然どこからか流星のような矢が複数飛んできた。
ソウジと武蔵はなんとか躱したのだが、直撃した本多忠勝と酒呑童子は、次の瞬間、跡形もなく消えていたのだという。
「一歩間違えば、拙者達も消えていた。あんなことができる弓の使い手は、二人といない。間違いない、相手は大英雄、
鎮西八郎為朝とは、鎌倉幕府を開いた源頼朝の叔父に当たる人物で、正式な名前は、
五人がかりでも引けない強弓を持ち、その弓で船を一撃で撃沈した逸話のある、大砲が登場するまでは、恐らく日本最強の飛び道具の使い手である。
「さすがの『無傷』も無傷では済まなかったと言うことか」
「刀じゃなかったからな、酒呑童子のやつも無念だったろう」
二人の語る様子から、恐ろしい威力だったことが窺える。
小屋の一撃は、おそらく特異点である彼女がそこにいたから加減してくれていたのではないかと思えてきた。
あの自信の程も納得できる。
言っていた『我以上のものはおらぬ』『残る五名も瞬く間に打ち倒して見せよう』というのはハッタリではなく、多分事実なのだ。
今目の前にいる二人だって、いつでも弓で狙い撃てる、そういうことか。
佐保理が安倍晴明の話の後に、為朝らしき人物の様子と、彼の残した言葉を伝えると、二人は複雑そうな顔をしていた。
「あの弓の威力で、二人分の英雄の力が加わった今、確かに奴は最強かもしれない」
もともと守護者同士が争うのは、倒した英雄の力を得ることも目的の一つだったと、このソウジの言葉で、彼女は思い出した。
「『遠目』というのは恐らく特殊能力。今も我らを見ているのだろう。それに赤い鎧は『八竜』か。源氏の鎧の中でも龍の守護を受けた強力な鎧。攻撃も防御も隙が無いな、まったく」
「ところで、もう遅いし、私帰りたいんだけど」
二人の悩む様子に耐えかねた佐保理は、帰宅の意思を伝えた。
二人は「それもそうだな」と頷き、ここは、家から少し距離があるので、ソウジが『
『縮地』とは、言わば素早い移動ができる技能である。
もっとも、おんぶの状態で山から移動させられた彼女の感想は、ジェットコースター以上に気持ち悪くなる、だった。
家の前に着いて、目が回る状態が収まってから、ソウジに礼を言い、合鍵を使ってこっそり家に忍び込む。
こんなことをしたことがないのでドキドキするも、幸運なことに父も母もぐっすりだったようで、誰にも見とがめられず、自室に入ることに成功する。
疲れすぎていたので、明日の朝シャワーを浴びることにして、制服だけ脱いでそのままベッドに入ると、クシャッと音がした。
とりだすと、人型をした紙。
なるほどこれが式神か。戻ってしまっているのは、きっとあの為朝の一撃で、晴明が術を解かれてしまったのではないだろうか? そんな気がする。
今日はいろいろあったな、ありすぎたな。
そんなことを考えているうちに、眠りの中へ誘われたのだった。
次の日にどのような運命が待ち受けているのか、知らないままに。
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