第71話 七不思議 陸

「ちょっと待った、それは真面目にやばい系じゃないのか」


 虎は、この六つ目の不思議の、あまりの本格的さに、怯える。


「そうですね。これは、今までのに比べると格段にヤバいかもしれません」



 ごくりと唾を飲む音が聞こえる。

 佐保理も女の子だ。

 この内容には震えざるを得ないだろう。



「たまたま夜遅く残った生徒が見たと言うんです。屋上に人影を」



 屋上、というキーワードにこの時気がつく。

 まさか、彼女はこの話題が出てくることを先程から気にしていたのではないのか?


 虎の中で全てが付合した。



「それって……まさか……佐保理か?」


「ダーリン、私、夜に屋上いたことはさすがにないよ。それに最近は全く行けてないんだよ! あのパラダイスには!」



 力強く否定された。


 確かに、ずっと生徒会に閉鎖された状況で、入れないままだ。

 あれ、入れないのに、どうしてその人影は入れるんだ?



「秋山くん、その顔は気づいてしまったようですね。そうなんですよ、鍵がかかっているから入れないんです。屋上に」


「じゃあ、その見たってやつは、どうやって見たんだ?」


「……知りたいですか?」



 電気はつけていないまま暗いままなので、市花の台詞は雰囲気たっぷり。


 彼女の外見が醸し出す神秘的要素も加えて、正直怖い。

 どうするか、悩むレベルだ。


 しかし、ここで話を聞かなければ、逆に、何なのか気になって眠れなくなる。

 虎は無言で頷いた。



「後悔しないでくださいね……その日、彼女は、部活の後片付けをした後、女子更衣室で着替えはしたんですが、疲れのあまり、そのままつい眠ってしまった。気がつくと周りは真っ暗で、彼女はスマートフォンの灯りを頼りに下駄箱までなんとか辿り着いたんです。すると……」


「すると?」


「戸締まりを確認していた当番の先生と出会ってしまったっ!」


「……それどう考えても怒られる展開じゃないのか?」


「幸運にも担任の先生だったので、見逃して貰えたそうです」


「まあ、担任としては大事にしたくないだろうしな。でも、それだと話が終わらないか? 下駄箱まで行ったら校門出るだけだろ。先生に見つかったなら、なおさら」


「そこなのですが、結構遅い時間だったので、先生が家まで車で送ってくださることになったそうなのです。それで彼女は、折角だからと先生と一緒に学校の見回りをすることになりました」


「手伝いって感じか。まあ、分からなくはないよな」


「それで、学年棟の三年生の階まで見回った後、特別棟がまだだというので、ついていったそうなのです。そして、学年棟と特別棟の間の通路を渡る時に、見てしまった……」



 絶妙な位置で話を区切る市花。

 どうやらここからが核心らしい。


 学年棟と特別棟とを結ぶ通路は、一階二階三階それぞれにあるが、三年生の階は三階だから、そのまま特別棟に行くのであれば、屋根の無い一番上、二棟の三階同士を結ぶ通路を通ることになる。


 あそこからは……そうか、位置的に、特別棟の屋上もそれなりに見える。



「そうです。見えたのは、屋上の人影。暗闇でもわかるその小柄な体格からどうやら女子生徒のよう。当然彼女は隣にいる先生に訴えます。ところが先生が確認したときには、もう見えなくなっていた……」


「み、見間違いってオチはないんだよな? な?」


「彼女もそう思ったらしいのです。きっと何かと見間違えたんだろうと、しかし、その直後に……ドサッ」


「ドサッ!?」


「何か重いものが落ちたような音に聞こえた。彼女はそう表現していました」


「ちょっと待て……佐保理、大丈夫か? あ……」



 気がつくと、左腕が、あの柔らかい感触とともに、強く握りしめられていた。


 左からぴったりとくっついているのは、もちろん、佐保理。


 気がついて右側を見ると、直が言葉で表現できないような顔をして、両手を耳にあてたまま、こちらを睨んでいる……これは、ホラーだ。



「だ、大丈夫だよ、ダーリン……直ちゃんごめん、許して」


 気持ちが通じたらしい。

 直は口をとがらせ、憮然とした表情はしているものの、睨むのはやめてくれた。横にぷいっと向いている。



「……えーっと……そうでした音がしたんですよ。ドサッ! これは、先生にも聞こえたらしく、彼女たちは、急いで通路から下を見たそうです。すると、中庭に、横たわる人影が……」


「……ダーリン、ごめん。ちょっと私も耳を塞ぎたくなりました……」


 そう言うと、彼女は虎の左手の拘束を外し、両手で耳を塞いだ。



「ギャラリーがどんどん減って行きますね。これが女子相手の怪談の醍醐味ではありますが、少し寂しいものがあります」


 虎の周囲は、左右に座っている女子二人が両手で耳を塞いでいるという異様な空間となっていた。


 彼は正直自分も耳を塞ぎたくなってきたが、市花にこう言われてしまっては、そうすることはできなかった。



 彼は覚悟を決める。



「俺も漢だ。最後まで戦う!」


「威勢が良いですね、秋山くん。それでこそ男の子ですよ! では続けます」


「はい……」


 頷く声が小さくなってしまうのは仕方がない。



「彼女達は、互いに目を会わせました。先生だって人間ですからね、そばにいる生徒のことを気遣いながら、パニックになっているのを必死で押さえ込まれようと努力されている、そんな感じだったそうです。この状態がしばらく続きました。でも、やっぱり確認しないわけにはいきません。どちらからともなく頷くと、中庭に向かったそうです」



 中庭は、学年棟と特別棟の間にある。

 二つの棟をつなぐ通路により、大きい中庭と小さい中庭の二つの空間に分かれている。

 基本、煉瓦を模した舗装がされてはいるが、ところどころに緑が植えられていて、大きい中庭の中央には噴水もある。


 それなりの広さがあるため、日差しも悪く無く、晴れの日には、昼休みにひなたぼっこをする生徒もいる。


 所謂憩いの空間だ。


 学年棟と特別棟の間の、一番下の通路は、上履き用の廊下が設えてあるものの、壁などは無く、そのまま中庭に繋がっている。


 彼女と先生は、一旦、学年棟側に戻り、階段を下って、中庭に向かったのだと、市花は語った。


 おそらく、二人は屋上に人影を見た特別棟側に言い知れぬ恐怖を感じたのではなかろうか。



「学年棟側の一階から、中庭に出た彼女たちは、驚いたそうです」



 虎は、次に続く言葉に、覚悟を決めて目をつむる。

 どんな陰惨な代物がそこにあったのか、これから、それを、聞くことになるのだ。しかし――



「そこには、横たわる人影など全く無かったのです」


「え?」


「横たわる人影など無かったのです!」


「何でだよ?」


「何でだと言われましても……とにかく、二人は、周りをうかがいながら、恐る恐る、先ほど人影を見た辺りに歩を進めました」


「意外に強引だな市花……」


「秋山くんこそ、しつこい男は嫌われますよ……?」


「すみません……」


「わかればよいのですよ……そして、やはり、そこに死体は存在しなかったのです」


「存在しないのは良かったが、表現が直接的なのになってるぞ」


「おっと、これは失礼しました。ともかく二人は、ほっとしつつも、異変に気が付きます」


「え?」


「足元一面に明らかに黒くみえる大きなシミのようなものがある。どことなく、妙な、そう、錆びた鉄のような匂い。懐中電灯で照らすと赤黒いのがわかりました。ようやく彼女たちは確信します。これは……大量の血が流れた跡だと!」




「「「ぎ(き)やあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」




 虎、直、佐保理の絶叫。



「ふっふっふ、直も穴山さんも、実は聞いてるってことはわかっていましたよ……秋山くんと私が話している内容、気になるでしょうからね」


「いっちゃんひどい!」


「わ、わたし、何も聞いてないから!」


「どういうことだ……?」


「秋山くん、あなたという男子は……まあいいです。二人もいいですね、このまま続けますよ」



 二人は、各自両耳に手をあてたまま頷く。

 虎もわからないままに遅れて頷く。



「つまり、流血の痕跡のみがその場にあったということなのですが、あまりのショックと、そもそも悪戯かもしれないということで、先生と彼女は、その日はそのまま帰ったそうです。そして次の日……」



 虎が左右を見ると、どちらもやはり耳を塞いでいた。

 やっぱりよくわからない。



「気になって、朝早くに学校に来た彼女が見たのは、血の後などどこにもない、綺麗な中庭でした」


「夢、とかじゃないんだよな?」


「どうでしょう、ただ、夢ならば、複数の生徒から似たような体験を聞くことは無いとは思いますが……」



 丁度そこまで話したところで、社会科準備室の扉が開いた。



「何をやってるんだ、お前達……」



 そこで、直と佐保理の姿を見て、顔中に疑問符を並べているのはもちろん波瑠。



「おいでになりましたね、七つめの不思議『当たりすぎる占い師』」

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