第5章 生玉 ~生きる少女
第70話 七不思議 壱から伍
「七不思議、だって?」
思わず声が大きくなる。
市花はしてやったりという顔をして続ける。
「この学校には、七つの不思議があるんですよ」
さっき、社会科準備室の電気を消したのはこのためだったのか。
今日は雲が多く、光量が足りない中で、何をするのかと思っていたが、これで謎が解けた。
暗さは彼女の語り口調にどことなく雰囲気の効果を与えている。
などと虎が考えていたら、隣でガタッと音がした。
「直?」
「わ、私そういう話だめなの知ってるでしょ、とら」
長机に突っ伏し、耳を抑えたまま、かなり怯えている。
チャームポイントのポニーテールがふるふる震えていた。
そうだった。
直はお化けとか幽霊とかは、全くダメなのだ。
「秋山くん、今なら直に何してもわからないかもしれませんよ」
とんでもないことをさらりと言う市花。
な、何しても……ごくり。
その甘美なる響き。
思わず、ポニーテールに見え隠れする直のうなじ、そこから流れて、セーラー服の中に吸い込まれている綺麗な首のラインに目をやってしまった虎だったが、首を何回か振って抵抗することに成功した。
「秋山くん、本当に男子ですか? このような好機を逃すなんて、正気の沙汰とは思えません。素晴らしい青春の1ページがそこに待ってるんですよ?」
「お前のその言動の方が正気の沙汰とは思えないぞ! 直はお前の親友じゃ無いのか? 親友」
「親友だからこその親心ですよ!」
キリッとキメ顔を作る市花。
しかし、そこに乱入する者がいた。
「ダーリンには私がいるから大丈夫だよ、市花ちゃん。ほらほら、ダーリン、大好きなおっぱいでちゅよー」
自分の胸を強調するように両脇から押しながら、佐保理が横から攻めてくる。
「こ、こら、何やってるんだよ、佐保理っ!」
「なるほど、穴山さんで欲求不満は解消済でしたか、私としたことが情報収集が足りなかったようです。これは、ごめんなさい」
「まてまてまてまて、誤解されるようなことを言わないでくれよ」
「大丈夫ですよ。私は秋山くんを十分に理解していますし、穴山さんとは合意の上なのでしょう。この部屋には他に誤解する人物は存在していません」
「そ、そういえばそうか、なら問題無いか、うん」
しかしワキが甘かったのだ。
「聞こえてるんだけど……どういうことなの? とら?」
恐ろしい顔。般若の面。
「な、直ーーーーー!」
「そろそろ終わったかなって思ったら、何の話?」
「お、おい市花、責任とってくれ」
「いっちゃんに責任って何したの?」
「まて、まつんだ直。そういう責任だったら、そもそも方向が逆だろう」
「問答無用よ、とら。穴山さんの……胸……見て鼻の下伸びてるのは、しっかりこの目に焼き付けてるんだからね!」
何か言い訳しようとすれば却って深みにはまる。
虎は世の中の理不尽というものを、これほど身に感じたことはなかった。
……
「さて、私は秋山くんに十分楽しませていただきましたが、そろそろ飽きてきましたので、話を戻しますね」
「……お願いします」
まだ、頬が痛い。
直は、スナップを効かせすぎだと思う。
わが頬ながら、いい音がした。
責任を感じるのか、佐保理が、水で濡らしたタオルを頬にあててくれている。
直は、まだご機嫌斜めな表情のまま、今度は同じことにならないようにと、顔を皆の方に向けた状態で、耳を塞いでいる。怖い。
全く、器用なものだ。
「この学校には、七つの不思議があるんですよ」
「それ、さっきも言ってなかったか? でも、岐阜でもあるんだな」
「岐阜でも、とは、これまた差別発言ですね。問題発言ですよ、風評被害ですよ、東京もんの秋山くん」
「いやそうじゃなくて、ほら、この辺り、周りに山とか林とか寂れた神社とか
「田舎、ということですか?」
「まあ良い意味でそうなのかもな。東京はさ、結構夜でも明るいんだよ。星なんてほとんど見えない。車通りも多い。だから、
「うーん、自然や風情の良さを褒められているような感じもしなくもないような感じですね、仕方ありません、都落ちの秋山くんという認識で許します」
「あるのか無いのか、どっちなのかよく分からないし、その響きは何だか嫌なんだが、とりあえず感謝する」
「では今度こそ本題に入りますね。この学校の七つの不思議なのですが、実は言われ始めたのが最近なんです。以前はありませんでした。秋山くんの言うとおり、確かにこの地域、不思議要素は多いですから、あえて誰も学校に不思議を求めなかったから、かもしれません」
「今まで不思議じゃなかったなんて、それこそが不思議ね、市花ちゃん」
それまで黙って聞いていた佐保理が、口を挟んだ。
確かに、最近、というのは引っかかる。
何者かの意図のようなものを感じる。
しかし、聞いてみないことには判断もできないか。
「とりあえず、どんな内容なのか教えてくれるか? 市花」
「その言葉を待っていました。ではでは、行きますよ!」
「なんだかドキドキするねー、ダーリン」
佐保理が目を輝かせている。
「ひとつめ……『消える生徒』」
「なんだかどこかで聞いた感じだな」
「これは文字通りですね。下駄箱の所で男子生徒の姿が消えたとか、屋上で男子生徒の姿が消えたとか、廊下で女子生徒の姿が消えたとか」
「消えすぎじゃないか? あれ、どうしたんだ佐保理」
「う、ううん何でもない、女子が消えててよかったなーって思っただけ、あはははは」
誤魔化すように笑う。
あまりツッコんで欲しくなさそうな様子だったので追求はあえてしないことにする。思いやりのある虎だった。
「異世界転移なのか、次元の狭間なのか、わからないけど、生徒がそんなに消えてたら、大問題にならないのか?」
「ひょっとしたら逆にどこかに現れているのかもしれません。瞬間移動という可能性だって捨てきれません。でも、実は本当に消えている生徒もいるのかも。そう言う意味では次の七不思議が関係しそうではあるんです」
虎がごくりと唾を飲む。
「ふたつめ……『クラスの人数があわない』」
「おいおいおいおい、それはまずくないか!? 警察か、警察沙汰じゃないのか!?」
「確たる証拠も無く、そもそも明確な被害もありませんので、それは無理かと」
ここで虎は不思議に思った。
「人数があわなかったら失踪そのものだろ?」
「人数があわないというよりも、起きているのは人数に会わせてしかるべきものが足りなくなったり多すぎたりするということですかね。例えば人数分用意する教材であるとか、座席であるとか」
「それは先生とか業者さんの単なるミスじゃないのか?」
「例年通りであるとか、発生件数が少なければそうでしょうが、そうでなければ何かしらの原因をもとめたくなるというものですよ。実は、生徒の数が我々のあずかり知らぬところで変わっていて、それに気づいていないだけ、とかね。他の七不思議は、これに比べればたいしたことはないと、私は思いますよ」
説明を隣で頷きながら聞いている佐保理。
気のせいか今日は口数が少ない。どことなく様子を窺っている感じがある。どうしてだろう?
まあ、気にしても仕方ないか、と虎は市花に次を促すことにした。
「他にはどんなのがあるんだ?」
「三つめ、『裏庭の化け物』、四つ目、『武道場の化け物』」
「化け物ばっかりか、もうちょっと具体的な情報が欲しいよな。ヴァンパイアとか猫又とかエイリアンとかさ。このレベルだと、疲れてて、影を見間違えたとかそういうやつだぜ、きっと。確かにたいしたことはなさそうだ。同意するよ」
「あ、あの……」
おずおずとしながら佐保理が口を挟む。
「どうした佐保理。なあ、お前もそう思うだろ」
「そ、そうだね、情報が足りないね。うん、やっぱりいいや……」
出した手を引っ込める、そんな感じの彼女。
でもこういうときは、何かあるのだ。
彼女の繊細さはよく知っている。
変に気にしないでいてやるのがいいだろう。
「だよなー。よし、じゃあ、次だ。市花先生」
「はいはい、では五つ目。『誰もいない音楽室からピアノの音』……」
「そのネタは、二ヶ月程早いと思うぞ、市花。でも、これも録音での悪戯だったとかじゃないのか? オーディオプレーヤーをピアノに忍ばせるとかさ」
「なるほど、説明がつきますね。ということは、犯人は、秋山くんでしたか……」
「ちょっと待て、俺はそんな自分の特にならんことに全力を尽くしたりはしないぞ」
「たまたま音楽室に来た女子生徒の「キャー」という普段見せない顔を激写するとか声を録音するとか、震える彼女、驚きの余り無防備になっている彼女の姿態を動画に撮るとか、男ならばいくらでも応用がきくのではありませんか?」
「きかないきかないきかない。お前の方こそ、思考に応用がきき過ぎてるぞ」
「本当に、男ですか? ついてるのですか?」
長机の上にのっかり、虎を上から見下ろしながら意味ありげな視線の市花。
外見小学生な彼女に、こう言われると、「もしかして確認されるのか?」とドギマギしてしまう……ダメだ!
「ご期待に添えず、ごめんなさいごめんなさい。修行します。修行します」
「わかればいいのです」
長机から降りる市花。
どうやら正解だったようだ。
「……これで、五つか。あと二つは何なんだ?」
虎の言葉に、市花は少し考え込んだ。
「残りの二つ……では、こちらからにしますかね。『屋上から飛び降りる女子生徒』」
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