第69話 恋は賭け事(彼女の場合)
「うわ、また俺の負けかよ」
社会科準備室に、無念の声が響く。
「ジョーはさ、降りるべきときに降りないからだよ。いくらなんでも、ブタとかワンペアで勝負は無いぞ、無い」
「うっせー、チュー。今回たまたま勝ったからって、スリーカードでいい気になってんじゃねえぞ」
相手の手札の役に批評を重ねる男の子達、熱いジョーと冷静なチュー。
二人の一騎討ちを制したのはチューだった。
そう、今四人でやっているのはポーカー。
この前、お酢で綺麗にした十円玉をコイン代わりにしていたら、運悪く先生に見つかってしまい、賭け事はダメだと怒られた。だから、今日はチュー、こと
いや、代用ではなく、こちらが本当か。
結局十円玉とあまり代わり映えしない気はするのだけれど。
「ちょっとそこ、無駄なおしゃべりしてないで、早くカード返しなさいよ」
「そう怒るなよ。ノリ、ほらよ」
「投げないでよ、まったく。毎回カードを切る、こっちの身にもなってほしいわ。大体もしカード折れたりしたら、ゲームにならないんだからね。聞いてるの、ジョー」
ノリは、いつものお嬢様っぽい話し方が、今日は崩れ気味な気がする。
彼女も勝負に熱くなっているのだろうか?
彼女は最初、「ポーカーやるならテキサスホールデム」と主張して、「そんなルール知らねえよ、ドローポーカーでいいだろ」と言うジョーと、モメにモメていた。
チューの仲裁でじゃんけんできめることになり、案の定じゃんけんに弱い彼女は敗北し、今やっているドローポーカーとなったのだ。
崩れの原因はこっちかもしれない。
「誰だよ、私が切るって、仕切り出したのはさ」
「だってあなたが切ると、絶対カード折れそうじゃない。ガサツだし」
「大きなお世話だよ。まったく神経質なやつだな」
ジョーとノリの間に火花が散る。
「おいおい、二人ともその辺にして、次やろうぜ、次」
常識人のチューの存在は、こういうときに助かる。
「じゃあ、配るわ」
ノリはカードを鮮やかに切ると、手際よく他の三人と自分のカード
を配り始めた。
カードの切り方も、本職なのでは、と思わせるほどに、バサバサバサ、シュールルルルと、見世物にしても成り立つレベルなのだが、カードの配り方も、まるで手裏剣を操る忍者のように、狙い過たず、着実に相手の手元の良い位置に届いている。
もはや、ディーラーノリ。
いったいこういう技はどこで覚えるのか。
やっぱりお嬢様だから、カジノとか経験あるのかな?
「……」
配られたカードを確認するこの瞬間。
えもいわれない緊張感がいい。
自分に来たのは何のカードなのだろう、というワクワク感。
手元でめくるまでそれがわからない幸福。
未来がわからないというのは最高だ。
……こんなことは他の三人にはわからないだろうけれど。
来たカードを確認してから、相手に悟られないようにしつつも、周囲の様子を窺う。
ポーカーフェイスだっけ、自分は上手くできているだろうか。
今のところはノーペア。ちょっと厳しいな。
「さて、では勝負を始めましょうか」
ノリの開始宣言に、彼女の左手のチューから順にコインを出していく。
ここは私も出しておこう。
セオリーどおり、全員コールして、コインを場に出した。
「じゃあ交換ね」
「俺は一枚だ」
チューは、一枚カードを交換した。
一枚か、残りの四枚で何か役ができていることになる。
堅実な、チューのことだからツーペアの可能性が高いように思われる。
次いで、ジョーが、三枚カードを交換した。
わかりやすい、どう考えてもワンペアなのだろう。
さて、私はどうするか……。
「おいおいおい、ハル、それは無くないか?」
これはジョー。
「ハル……止めはしないけど、それはバレバレ」
これはノリ。
「いいんじゃないか、ハルらしくて」
最後はチュー。
五枚全部の交換を宣言した私に対しての、三者三様の反応。
想像どおりで嬉しくなってしまう。
未来がわかるのは嫌なのに、想像通りにみんなが反応してくれるのが嬉しいのは、とても不思議。
「私はそこまで思い切れないから、二枚にしておくわ」
ノリは二枚という絶妙な枚数を交換していた。
スリーカードの可能性は低いと思われる。
ストレートかフラッシュ狙いなのではないだろうか。
「じゃあ、おさぐりたーいむ」
ノリが宣言する。
これは我々独自のルール。
ここで、自由に会話し、話の内容、何気ない仕草などから、相手の出方を窺う。
いわゆる心理戦を展開するということだ。
だが、自分には、ただの雑談のように思えてならなかった。
「
チューが口火を切った。
「ああ、ピンピンしてるぞ、チュー」
「ジョー、俺がもとめてるのはそういうのじゃなくてだな」
「ああ、お前のこと、好き好きいってるぞ」
「そ、そうか……」
「俺のことも、好き好きいってるけどな」
「……」
「あいつはまだ、中学生だぞ、中学生。そんなもんだろうがこのロリコン! 俺は絶対お前に妹は渡さねえ!」
断言!
そういえば、ジョーは妹がいると言っていた。
それも割と可愛い子だと。
兄の評価だと悩ましいところではあるが、その妹を知っていそうなチューのこの反応を見ると、満更嘘では無いのだろう。
ハルはそんなことを考えながら、左手からどす黒いオーラが発生しているのに気がついた。
「あなたたち、こんな、美人二人を前にして別の女の話をするわけ?」
ノリ大爆発。
男達は怯えつつも、抵抗を重ねる。
「妹は別腹だろ」
「そうだな、別腹だよな、ジョー」
「お前にとっては妹じゃないだろが、チュー」
「そう堅いこと言うなよ、幼馴染なんだから妹みたいなもんだろ」
「既成事実を固めてくるんじゃ無い、絶対にお前に妹は渡さん!」
過保護な兄をもつ、まだ会ったことのない彼女に、なぜか激しく同情する私だった。
「あーもう、やめやめ、コール・レイズ・ドロップタイムで!」
あきらめたノリが宣言する。
何の情報も得られなかったから、もはや自分の手札で決めるしかないんだけれど……。
「ここは勝負だ、レイズ!」
チューが珍しくコインを重ねてきた。
よほど手元のカードに自信があるのだろう。
フルハウス以上と考えてよさそうだ。
次のジョーはコール。
いつも強気でレイズするのに珍しい。
でも、油断はできない。彼は時々とんでもない罠を仕掛けてくることがあるから。
まあ、さっきの勝負のようなことも多いけれど。
さて、自分はどうしようかな……。
「そういえばハル」
「何? ジョー」
「お前、自分のカードさっきから一回も見てないよな?」
気づかれてしまったか。
理由はあるのだ。
私は、どうも、顔に出やすいタイプらしい。
だから、あえて、勝負の直前まで見ないのだ。
「うん、見ない。ただ信じるだけ。私は心理戦とか苦手だから。コール」
私のこの言葉に三人とも、微笑む。
素敵な仲間達。
この学校に入学して、三人に出会えた自分は幸運だった。
このまま、三年間、彼らと過ごせたら、きっと最高の高校生活になる。
そう、思っていた。
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