第68話 最後もやっぱり君
「今から私はあなたを脅迫します。私たちの学校を、キョウケンを返してください」
「……嫌だと言ったら?」
「あなたは知っているはずです。屋上と裏庭を破壊したのが私であることを」
佐保理の意味ありげな視線と、背後から感じた気配に、ふり向く生駒。
いつの間にか、そこには、十二単の女性が立っていた。
足もとからのぞくは、九つの尾。
『やれやれ、妾の役目は弱いモノ虐めかの。九尾の狐も落ちぶれたものよ』
「なっ!」
虎はこの時初めて生駒が狼狽する姿を見た。
「学校、どうなっちゃうか、わかりませんよ?」
彼女のとても平坦な声に、佐保理を良く知る虎ですら恐怖を覚えたほどだった。
「あ、あなた学校を人質に取る気!?」
生駒のこの問いには全く答えず、佐保理は脅迫を続ける。
「私知ってるよ。会長さんの力じゃ学校は戻せない。学校を見捨てるの?」
「……」
「私たち、いじわるされないなら、何もしないよ。ね、北条先輩」
「あ、ああ、何だかすまんが、そういうことだ」
波瑠も、佐保理の勢いに飲まれているようだった。
「……わかった、今回は負けを認めるわ。あなたたち含め、全員戻します」
生駒のこの言葉に、佐保理が頷く。
沖田総司達は一斉に姿を消した。
「徳子……」
「波瑠、でも、覚えておいてね。今回は彼女の覚悟に免じて許すのだと言うことを……穴山さん、あなた手が震えてる。本当は学校壊したくないのよね。それでは、相手をだませないわ」
「壊せるわけないです。私たちの、大事な、居場所だもの……」
佐保理がうつむくと、頬を伝わり落ちる雫。
生駒はそんな彼女にすっと近づくと頭を撫でた。
わからない、さっぱりこの生徒会長の行動原理はわからない。
あの波瑠先輩とのやりとりは、とうに正気を失っていると思えた程だった。
それが一転、今は聖母のように、慈愛に満ちた瞳で佐保理を見つめている。
さっきまでの狂気は演技だったのか?
それとも何か、佐保理の言葉に思うところがあったのだろうか?
謎は深まるばかりである。
ともかく、この姿を見るに、やはり悪人ではないのだろう。
十種の呪い、全てはそこに帰結するのか……?
虎がそんなことを考えていると、彼の後ろから、別の声が聞こえた。
「会長~、終わった?」
どこかで聞いたような、やや能天気を思わせる元気なトーンの声。
ふり向いた虎の目に映るは、ショートヘアに黄色い薄手のパーカーを着た女子生徒。
その姿を見た虎は思わず叫ぶ。
「お前は、あの時の!」
紛れもなく、武道場から蒲生を掠ったあの女子生徒だった。
「やあ、また会ったね」
あっけらかんと挨拶されて、こちらが困ってしまう。
彼女は、虎の肩をぽんと叩くとそのまま生駒の方へ近づいて行く。
……しかし、どこから彼女は現れたのだろう。
後ろの扉は締め切ってあり、開いた気配はここまでなかったのだ。
虎は、後ろが行き止まりであることを確認しながら、頭を悩ませる。
「ええ、もう終わったから、いいわ。」
生駒が、彼女に何やら許可を出している。
そうか、二人は知り合いなのか。
そしてあの時、『会長』と言っていたのは、生徒会長のことだったらしい。
「今回手を出すなって言われてたから、我慢して待ってたんだけど。そろそろ限界だったんだよ。もー」
憤懣やるかたないこの黄色パーカーの言葉に呼応して、近くから別の声が聞こえてくる。
こちらも、どこかで聞いた記憶のある、澄んだ綺麗な声。
「けれど、私の力を使わずに済んだのは、助かりました」
「が、蒲生!?」
「冬美さん!?」
虎と佐保理が同時に反応する。
いつの間にか、会長の隣にあの黒髪の剣道少女がいた。
「お久しぶりです」
「お久しぶりって、お前大丈夫なのか?」
「ええ、あの時、力を使いすぎてしまって回復に時間は掛かりましたが、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「よかったー。私もう、冬美さんに会えないんじゃ無いかって、えっく……」
泣き止んでいた佐保理が再び、泣き始めた。
今度は蒲生が優しくその髪を撫でる。
「ようやくわかりました。全ては私の至らなさ故であると。清姫となっても私は私。そう教えてくれたのは、あなたですよ、秋山虎君。本当にありがとう」
良かった。
彼女の心はもう、解放されていたんだ。
虎は目頭が熱くなるのを感じた。
それなら……
「蒲生……なら、キョウケンに来ないか?」
思わず自然と口をついて出ていた。しかし――
「それはできません」
きっぱりと拒否されてしまった。
当然ではあるか、ここは謝っておこう。
「そうか……そうだよな剣道部もあるし。
「いいえ、私はもう、剣道部はやめました。部長も了承済です」
「えっ」
内容も衝撃的だったが、この内容をさらりと言われたことはもっと衝撃的だった。
「今の私は生徒会書記です」
「ええっ!?」
「彼女は生徒会で書記をつとめてもらうことになってるの。前任者が転校してしまったから、特例でね。先生にも既に許可を頂いているのよ」
生駒が、あの淡々とした口調で説明する。
「そしてアタシが会計ね、よろしく!」
黄色パーカーが口を挟んできた。
「今回は、ここで引くけれど、私は、波瑠、あなたを認めたわけじゃない、それだけは覚えておいて。私たち、生徒会はこの学校の秩序を保つために活動している。あなたたちが、もし、また秩序を乱すことがあれば、その時は、また戦うことになる。今度は生徒会の総力をあげてね。そうならないことを、祈ってるわ」
…… …… ……
この言葉を残して、三人の姿は突如として消えた。
蒲生に撫でられていた佐保理は急にその感触が無くなったことに驚き、左右を見回す。
「冬美さん……?」
「これは……黄色の十種か。またも、やられたな、穴山」
波瑠が、あきらめずに蒲生を探そうとしている佐保理の頭を、代わりに優しく撫でる。
「全員戻すっていう俺たちとの約束、守ってくれるんでしょうか?」
「そこは大丈夫だろう、秋山。あいつは言ったことは守るやつだぞ。良きにつけ、悪しきにつけな」
「何だか、波瑠先輩、生徒会長のことを良く知ってるみたいですね」
「いろいろあるんだよ。三年にもなるとな。お前達もそのうちわかる。いや、これはわからないほうがいいかな」
「何ですか、意味深です、北条先輩……それから、先輩も格好良いんですから……こんなことされると、困ります、私」
佐保理が赤くなっている。
「す、すまん、穴山。なんだか、可愛らしかったからな、その、姉的存在として我慢できなかったんだ。よし、許可する。思いっきり、秋山に甘えて良いぞ」
「ダーリン!」
真っ正面から抱きつかれた。
これまでに無い密着具合。
やっぱり柔らかい、そして良い匂いがする。
もう何がなんだかわからない展開だ。
何かに負けそうで、非常にまずい。
ここは――
「そ、そうだ、部室行きませんか? 今なら落ち着けるんじゃないかと」
「あ、鍵!」
虎にべったりの佐保理が、思い出したかのように顔をあげた。
「大丈夫だ。さっき、徳子にもらってる。じゃあ戻るか。具は……ちょっと気まずいから徳子に任せよう……ごめんな、具……よし、私が浅井を背負うから、秋山、お前は、遠山を頼む。」
「えー、直ちゃんずるーい、私も私も~」
「すまん、佐保理、それは無理だ」
「じゃあ、くっつく~」
言葉通り虎にくっつく佐保理、複雑な表情を浮かべる虎。
それを見た波瑠は、楽しげに笑うのだった。
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