第67話 恋は渾沌の隷也
「先輩、これじゃキリがありません……ああ、ごめんなさい」
右からくる人影を一閃し、左に備えながら虎がうめく。
「音を上げるな、秋山。合気でさばくのだって……大変なんだぞ」
相変わらず、危うさ等感じさせない優雅な動きで、引き寄せるかのように相手をその両手で吸い込んで投げつつ、波瑠が訴える。
虎と波瑠は、学年棟の三階にて、廊下の隅っこに陣取り、押し寄せる生徒達の群に、八握剣と合気道でそれぞれ対抗していた。
「秋山、八握剣ならば、こいつらを生駒の支配から解放できるはずだ、斬れ!」
波瑠に言われ、襲いかかってくる生徒を一人、八握剣で斬ってみたところ、意識を失わせることができた。
おそらく、生徒会長生駒の十種のコントロールを断ち切ることができたからだろう。
既に経験済みではあるが、これで確信できる。
八握剣は、他の十種の効果を打ち消せるのだ。
虎は、そのまま左右から襲い来る三年生を謝りながら斬っている。
彼らが自分の意思でそうしているのではないことが、わかってしまったから。
波瑠は波瑠で、今回も祖母直伝の合気道で、上手に虎の方に投げ飛ばし、あるいは投げ飛ばして気絶させ、間髪いれずに次の相手に向かっている。
多勢に無勢ではあるものの、今のところは、十種の力と、卓越した武技で、互角以上の戦いを見せていた。
彼女にはそれが気に入らなかったらしい。
ふと気がつくと、そこまで迫っていた生徒の壁との間が広くなっていた。誰も、踏み込んでは来ない空間ができている。
「どういうことだ? あきらめたのか?」
「いや、違うぞ、秋山。なんとなくだが……」
人混みの中から、彼女の姿が現れた。
「拍手してあげても良いくらいに、頑張っているわね」
「そりゃどうも」
「さすがの波瑠も、このまま人海戦術を続ければ、音を上げるとは思うのだけれど、あまり時間をかけてしまうと、皆さんの授業が遅れてしまうから、良くないと思ったのよね。彼女達にお願いするわ」
彼女の後ろから、女子が三人。
短髪の女子生徒は、竹刀を正眼に構えた。
ポニーテールは、モップを両手で、まるで槍か薙刀のように斜めに持ち、その先端をこちらに向けている。
おかっぱ頭のちびっ子は、ホウキとちり取りを剣と盾のように左右の手に携えていた。手にもつ道具は道具であるが、全く隙を感じさせない。
「う、嘘だろ……」
「こうきたか……」
三名は武器を持ったまま威嚇するように言上する。
「どこの誰か知らないが、道をはずれているのなら、私が止めるよ」
「こんなとこにいたのねヘンタイ。絶対許さないんだから」
「直、連携しますよ。ヘンタイを相手に油断はできませんから」
言うまでも無いだろう、具、直、市花、この三人である。
具はともかく、直と市花については、部活のときのように生き生きしているように虎には見えた。とてもやりづらい。
自分が呼ばれていると、実際そうでないとは思っていても、この『ヘンタイ』という言葉は心に痛いものだった。
一方波瑠は、具の出現に明らかに動揺しているのが見て取れた。
彼女にしては珍しく、手が震えている。
なるほど、ひょっとすると朝に心が砕けかけていたのも、彼女のまっすぐなこの心の刃に襲われかけたからかもしれない。
この二人の心の機微を知ってか知らずか、三人は、有無を言わさぬ勢いで虎と波瑠に向かって突撃してきた。
「よく躱すもんだね。剣道三倍段、って言うのに、こっちが情けなくなるよ」
「やめてくれ、具。私はお前とは戦いたくないんだ」
「そうはいかないね。あなたをふんじばって会長のところに連れて行かなきゃいけないんだから……痛くないように、一撃で楽にしてあげるよ」
竹刀を持つ彼女の標的になったのは波瑠。
彼女としては、どうしても戦いたくない相手。
必然的に逃げの一手となる。
具は、なんだかんだで剣道の達人であることは間違いない。
遠慮なしの一撃は当たったら大変なことになりそうだ。
さらに、リーチは向こうの方が長いのだから形勢は思わしくない。
「くらいなさい!」
上段から振り下ろされるモップを八握剣で受け止める。
「おっと、こっちを忘れないでくださいね」
横から襲うホウキをとっさに上履きの裏で蹴り上げ、同時にモップを捌いて後ろに逃げる。
恐るべき親友コンビネーション。
虎は背中に汗が流れるのを感じた。
「直、どう見てもパッとしない風貌のくせに、やりますね、こいつは」
「市花油断しちゃだめ。このモップの錆にしてあげるわ。さっさとくたばりなさい、このヘンタイ」
「そうでした。直のモップの錆になったら、このホウキとちり取りで掃除してあげますから、安心して地獄におちやがれ、このヘンタイ」
彼女達は、言葉でも虎の心をえぐりつつ、じりじりと包囲網を狭めてくる……。
攻撃できない相手に、斬る余裕を与えられない二対一。
勝負の流れは見えていた。
二人は追い詰められ、いつしか背中合わせとなる。
周りを今や敵となったもの達に囲まれて。
「こ、これまでか……秋山、巻き込んですまなかったな」
「波瑠先輩……」
その時――
「具さん、直ちゃん、市花ちゃん、やめて!」
今まで後ろで沈黙していた佐保理だった。
戦いが始まったとき、波瑠が彼女に動かぬように言い含め、ずっと虎達の後ろにいたのだ。
『お前が願ったり、祈ったりする場面じゃない。そうだな、私たちの勝利だけ願っておいてくれ』
波瑠は、どうしても彼女に使わせたくなかったのだ。十種の力を――
「何だお前は? 邪魔するのか?」
「ヘンタイのお仲間ってわけ」
「なら容赦はしなくていいってわけですね」
佐保理に対しても、三人は容赦が無い。
すると……
「……もう我慢できない。
北条先輩ごめんなさい……
私、 祈 り ま す !」
「あ、穴山!」
彼女は、手にもつ小さな鏡を天に掲げた。
「わたしたちの学生生活を、キョウケンを返してもらう。
辺津鏡、
祈りをきいて、
我に戦う力を、
我 の 軍 団 を
こ こ に !」
辺津鏡から、眩しい光が溢れ出す。
周りのものは皆目を覆った。
「な、佐保理!?」
虎が目を開けると、そこには四つの人影があった。
『……久々に腕をふるえそうだな、晴明』
若武者姿の一人は、チャキッと両手に持つそれぞれの刀を抜いて構え、走る――、一閃。
具、直、市花が、手に持つ武器を、落としたかと思うと、その場にくずれ落ちた。
そして彼は見得をきる。
『安心せい、峰打ちだ』
『さすがは武蔵殿。ああ、そうだ、結界は既に張っておりますので、存分に腕を振るわれよ、鎮西殿』
烏帽子に狩衣、小柄な一人は、宙に浮いている!?
『心得た。ならば、おぬしらの出番は無いぞ。流星矢!』
和風の赤い鎧を身につけた一人は手に持つ弓を引き絞ると、宙に向かって放つ。
矢は廊下の天井に達するか達さないかくらいのところで、止まると、爆ぜた。
それは、幾千の光の矢となり、その場にいる生徒全員に降り注ぐ。
矢の雨が終わった後、虎たちを襲ってきていた一般生徒で、立っているものは、もはやいなかった。
『触れた相手の気を失わせる矢だが、今回はそれが良かったようだな、総司よ』
『為朝殿、私がすることは、もう無いのではないかと……』
最後の一人、薄い藍色の柄の入った羽織を来た男が頭を搔いている。
「くっ、でも、心をあやつれば……」
生駒が、またあの輝きを目に宿す。
突然現れた彼らを操ろうとしている!?
しかし……
「こ、心にさわれない?」
「……無理よ、生徒会長さん。
だって、
全 部 私
な ん だ も の」
そう、沖田総司達は全て、佐保理が作り出した人物。
心は無いのだ。
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