第66話 告白日和、です!

「いいか、お前たち、臆することはない。何しろ一番もめ事にしたくないのは相手なんだからな。この私たちの行動はやつには都合が悪い。きっと、学校としては無かったことにされるはずだ」


 社会科準備室のある特別棟から、学年棟に向かう三人の心にはもう迷いは無かった。


 階は学年毎になっていて、三年生の階は、三階。


 神も味方していたのか、堂々と歩いていたのに、途中で先生や用務員さんに出くわすことはなかった。


 とはいえ、三年生の階に登ることは、他の学年生徒には、ほぼ無いことではあるので、二年生の二人は三階に入ると、少し緊張気味。


 それに気づいたのか、二人の緊張を振り払うかのように、波瑠が言ったのが先ほどの台詞だ。




「な、なるほど」


 相手を巻き込んでしまえば、それごと記憶を消さざるを得ない、という論法らしい。


 十種の能力がどこまでなのかはわからないが、生徒会長の生駒は、立場的に騒ぎが起きるのを好まないであろうし、これまでのキョウケンの事件が彼女により揉み消されていることからも、波瑠のこの考えはもっともなものに思われる。


 虎は、こんな状況ではあったが、波瑠がいつもの調子を取り戻しているのが何だか嬉しかった。


「つまり何をしてもオーケーだってことですね。了解です」


 佐保理が目を輝かせている。

 こちらには若干の不安を感じざるを得ない。

 何か大事なタガが外れてしまったような、そんな感覚。

 

 そんな彼女に、なぜか頼もしさも感じるのは、気のせいだろうか。



「ここだ……よし、いるな。開けるぞ」



 3-Cの教室。

 いつの間にか目的地に辿り着いていたらしい。


 波瑠の言葉に二人は頷く。

 

 ガラガラガラガラ……バンッ。

 扉は大きな音を立てて開いた。


 勢いが良すぎるようだが、波瑠的な演出なのだろう。


 三人が教室に入ると数学の授業中だったようで、黒板にはグラフと難しそうな数式が書かれていた。


 当然先生、生徒関係無く全員の注目を浴びる、があまりのことにすぐに反応できるものは誰もいない。


 不意打ち成功。


 教室内の他の人物が口を開く前にと、波瑠は彼女を指さし、機先を制するように言い放つ。



生駒いこま徳子のりこ、来てやったぞ」



 その相手は、涼しい顔をしてこう言った。



「お待ちなさい。まだノートがとれていないの」



 全く狼狽していない。

 もしかして、これを予想していたということか?


 そのまま黒板を見て、サラサラと流れるように腕を動かす。

 黒板と何度か見比べている。

 頷いた。

 完成したらしい。


 周囲は、時間がとまったかのように、息を止めて、二人の様子を窺っている。

 手を出しては火傷しそうな見えない光線が飛び交っているのを肌で感じたのだろう。


 だが、さすがに教師としては、一言言わないわけにはいかなかったようだ。


「お、おい、生駒? それに北条か、お前達は……」


 言いかけて固まる。



「先生、ごめんなさい。私ちょっと出かけてきます。お気になさらないで、授業の方、お続けください」



 生駒が席から立って教師に向かって視線を送っていた。

 彼女の瞳の奥にあの、不思議な光を感じて虎は一瞬目をそらす。


 再度視線を戻したときには、彼女は、席と席の間の道を教壇の方に向かって歩き、教師に一礼しているところだった。


「……あ、ああ、わかった。いってらっしゃい」


「はい、行ってきます」


 澄み切った晴天のような微妙。


 そして、その後、虎達のいる入り口近くまで来ると、彼女は振り向きざま、教室の全員に向かって言ったのだ。


「みんな、授業しっかり受けてね。私が居ない間のノート。後で見せてもらうから」


 教室にいる全員の生徒が虚ろな目をして頷いている。

 異様な光景だった。 


「さあ、いきましょう」


「お、おう……」


 波瑠も、この状況には、やや飲まれ気味。

 彼女が先に教室を出るのを追う形となった。


 先制攻撃の有利は、これで打ち消され、同じ土俵の上での勝負になってしまったように、虎には思えた。



「それで、何の用かしら?」


 廊下に出た彼女は、両腕を組んだ格好で、波瑠に尋ねる。

 淡々とした口調は変わらない。


「何の用だと!? ふざけるな、どうしてこんなことするんだ。文句を言いに来たんだ、私は」



 こちらは、最初からデッドヒート。

 どうして、生徒会長に対してはいつもこうなのだろう。


 虎は、舌戦開始早々の、波瑠のペースの乱れっぷりに、ため息をつく。



「あの時、言ったでしょ。『考えがある』って」


「その考えがおかしいと言っているんだ。理性ある人間の考えることじゃ無い」



 波瑠のこの意見には納得できる。


 例えば、人を殴ることができるとしても、殴って良いかは別だ。

 どんなに腹が立ったとしても。

 理性ある人間ならばそれがわかるはずなのだ。


 しかし、彼女は――



「理性ある人間の考えなんて知らないわ。私には全部見えるもの、逆に理性が無いことなら良く知ってるわよ、人間に」


「何!?」


「波瑠、あなたはこの力のこと、感づいてるみたいだからもう言ってしまうけれど……今の私には人の考えが全部わかるの」


 ここまで淡々と話していた生徒会長が、急に声のトーンを落とす。


「男子とか、特におぞましいわよ。口に出して言えないことを、良く考えてる」



 彼女は、波瑠から視線を外すと、虎の方をジロリと睨んだ。


 虎は、この発言を否定することはできず、ただ、沈黙しているしかなかった。


 彼女は、視線を元に戻すと、続ける。



「それに、私は人の心を操ることもできる、何でも思い通り、自分の思い通りにならないことなんてない。だから人の考えなんて、そもそも考えられないのよ、もう」


 くるりと右手を回すと、彼女の手のひらの上に紫色の光を放つ、勾玉が現れた。



「やはり、足玉たるたまか、世に言われる『心に落ち着きを与える玉』とは、他者の心を読み、心を操る能力だったんだな」


 波瑠の確信のこもった言葉。

 生徒会長生駒が持つものは、やはり、第四の十種。


 確かに、そんな力をもってしまっていたら、他人は存在しない。

 自分だけが、いることになる。


 一見素晴らしい力、しかし、それは、永遠の孤独をもたらすのだ。

 これが呪いで無くて何であろうか。



「でも私はね、この力は、きっと神に与えられた力だと、そう思ったの。苦しいけれど、それは他の人を救うためだと。だから私は生徒会長になって、この学校の様々な問題を解決してきた」



 語る彼女の顔は誇らしげで、一点の曇りもない。

 ある種の陶酔に満ちている。


 虎はその一見美しく見える全てに、危うさを感じた。



「心を読める、心を操れるんだもの、人の悩みを解決するなんて簡単簡単。困ってるその悩みを消してあげれば元通り。いけすかない考えをもっている人間はその考えを消せばいいしね」


 これだ……自分が先ほど感じたものは……狂っている、彼女は狂っている。


 ……彼女の美しさは、自分が汚いと思うものを、全て綺麗に消した上に成り立つのだ……そんなのって……



「なるほど、やはりお前とは相容れないな。それは、やってはいけないことだ!」



 波瑠が激高した。


 真っ直ぐ生徒会長を見つめる彼女は、魔王に立ち向かう勇者であるかのように神々しく虎には感じられた。


 一方、その剣を向けられた生徒会長はとても残念そうな顔をしている。



「残念……波瑠、あなたたちは別みたいなのに」



「別だと? 他の生徒と、何も代わりはしないぞ」



「こんな力を持ってるとね、あなたみたいに心が読めない相手は、ほっとするの」



「……」



「ねえ、私に従う気はない、波瑠? 方向性は違うけれど、困っている人を放っておけないというのであれば、良い仲間になれると思うのだけれど」



「それはできないな」



 波瑠は、きっぱりと彼女の申し出を断った。



「今の話を聞いて思ったんだ。やっぱり私はお前も救いたい」



「偉そうなことを言うのね」



「ああ、何度だって言う!」



「そう、仲間でないなら、いらないわ。私は……あなたたちを、潰す!」



 彼女が目をつむる。

 すると、各教室の扉が開いた。


 そして、目を開く。

 扉から、こちらに生徒の群が集まってくる。


 その目は、どれも、虚ろだった。

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