第72話 七不思議 漆

「まったく……私がなぜ七不思議なんだ」


 波瑠が誰にともなく不満を言う。



「北条先輩、それは仕方がありません。未来を完璧に当ててしまわれるわけですから」


「過去の自分に言ってやりたいな。自重せよと」


「もう無理でしょう……北条先輩は恋愛相談の匠な占い師として、本校で不動の地位を築かれておられますからね。二年生でも知らなかったのは、おそらく、転校したてで駆け出しの秋山虎という男子生徒くらいです」


「……」


 市花の容赦ない言葉責めにたじろぐ虎。

 だが、彼女の言は真実であり、間違いがないので始末に負えない。



 ちなみに、部活もあるので、毎日ではないが、今も相談の日を設けて波瑠は女子生徒達の相談にのっている。


 噂は口づてで広がるもの。

 彼女を知らない女子生徒はいないだろう。


 当然結果として、男子生徒にも広まることになる。

 もっとも男子生徒については、美人でミステリアスな女子先輩としての評判の方が強いが。


 虎も、クラスメートに時々波瑠のことをきかれる。

 時には全然見知らぬ女子生徒から声がかかることもあった。

 彼女と同じキョウケンに所属しているというだけで。


 恋愛相談については、市花が窓口であるのが公然となっているので、虎がきかれるのは、もっぱら、彼氏はいるのか、いつもどんな感じなのか等、ややプライベートに関する質問だったりする。


 普段の彼女を上手く伝えることは、どう考えてもできないと自認する虎はいつもこう答えている。


「彼氏はわからないな」

「人となりは、多分君が考えてる通りだと思う。不思議な人さ」



 しかし、その不思議な先輩は、どうにも自分が現人あらひと七不思議なのが不満らしかった。



「不思議の数あわせも大概にしてほしいな。大体、当たりすぎるというが、『絶対予言』なんて使ってないぞ」


 波瑠の意外な言葉に虎は反応する。


「えっ? それで当たるんですか?」


「お前は本当に人の話を聞いていないんだな……私は前から基本『絶対予言』は使わないと言っていただろう」



 そうだった。

 彼女は何度も自分に訴えていた。


 虎は、彼女の性格から、どちらかというと、必要だと思えば使うことだって辞さないと考えていたのだが、その決意は、虎の想像を超えていたようだ。


 結果として、彼女の言ったことを信じていないことになる。

 忘れていると思われるほうが、いいだろう。


 虎は、ご機嫌斜めの彼女に、とにかく謝ることにした。



「そ、そういえば……すみません。でも、なおさらどうしてるのか知りたくなってしまうんですが、その、絶対当たる理由が不思議っていうか」


「仕方ないな……だが、特別なことはしていないぞ」


 彼女はこう前置きすると、続けた。



「とりあえず話を聞くんだ。相談に来た彼女の気持ちに共感して寄り添う感じ。これが大事なんだぞ。悩みっていうのは人に話すことで、大抵解消するものだからな」


 波瑠が頷きながら話を聞いてくれるのは、男女問わず嬉しいかもしれない。悩みを吐き出すことで、楽になれることはあるだろう。



「そのためには気持ちを寄り添ってやらねばならない。彼女の立場・気持ちに自分もなってみる。そうしないと心の奥底を初対面の人間に話す気になんてならないからな。その時だけでも、心からの友と書いて、心友しんゆうになる感じだ。ときどきとんでもないことを言うやつもいるから大変なんだが」


 言い方はストレートなことが多いが、波瑠との話で、嫌な思いをしたことはない。虎は相談者の気持ちがなんとなくわかる気がした。



「あとは、それっぽくお好みでタロットや筮竹や四柱推命等から、相談内容と調を元に、結果を導くのに相応しそうな占いを選んで、結果によらず、私の推測を言ってやってるだけだ。脈アリなら、背中を押すだけでいいし、無理な時は新しい恋を探せって言うだけだぞ。誰にでも出来る簡単なお仕事です、だ」


 !?

 虎は、なんだか聞き捨てならないことを聞いてしまった気がした。

 結果によらず、のところではない、いやそこも気になりはするのだが……。



「ちょ、ちょっと待ってください。そこで、市花出てくるんですか?」


「何かおかしいか? 基本依頼は浅井経由で来るんだ。その時に、ついでに調べておいてくれるんだよ、いろいろとな」


「ついでに……」


 恐るべし市花。

 絶対当たる占いの正体は、彼女。


 虎は戦慄した。



「ふっふっふ、秋山くん、私は単なるマスコットキャラではないのですよ! 優秀なマネージャーなのです」


「マネージャーというよりは、むしろ参謀レベルだと思っているぞ、私は」


「お褒めに預かり光栄です。では、先輩が曹操で、私は司馬懿といった感じでお願いします」


 なぜか三国志演義の敵側のキャラクターを挙げる市花。

 市花らしいといえばらしい。



「何だか、国を乗っ取られそうだな。でも、実際私はお前だけでも十分恋愛相談出来ると思うんだが」


「何をおっしゃいます。適材適所、役割分担ですよ。私は、対面で相談にのることには向いていません」


「市花、どういうことだ?」


 クセはあるものの、けして話しづらいとは思っていない虎は、彼女の真意を確認したくなった。



「私は、特徴的なキャラクターとして、学年を問わず、よく知られてしまっています。存在が知られすぎています。こういう人間には、人はなかなか胸襟を開いて話をすることができないのですよ。相談者として応対する人間には、影が必要なのです」


「なるほど、良く考えてるんだな」



 つまり、特別な雰囲気が必要、ということらしい。


 例えると、市花が巫女で、波瑠先輩は神。

 ここ、社会科準備室は神殿、か。



「だとすると、浅井、お前は私のバディになるのだから、私が七不思議なら、お前も七不思議じゃないのか?」


「いえいえ私は表ですので、不思議は全て裏の北条先輩にお預けします」


「都合の良いことを言うやつだな……まあ、所詮は噂だから、気にしてもしかたないか。占いは、十種の調査も兼ねているし、評判があるのは、悪いことではないよな、うん」


「十種の調査もしてるんですか?」


「それとなくな。恋愛相談に来るのは噂好きな女子が多い。何か変わったことがないか聞いてみると、いろいろな話が飛び出すのさ。心友しんゆうは全てを無防備にするからな。澱みなく色々話してくれるぞ、校内で見たこと全てを」


 自分の悩みを解決した占い師になら、何でも話してしまうというのは頷ける。



「ああ、でも、勘違いするんじゃないぞ、悪用はしていないからな。それでこその、信頼というものだ」



 今日だけで、重要な秘密をたくさん知ってしまった気がする、虎だった。



「それで、この感じだと、お前達は例の七不思議の話をしていたということか?」


「はい、北条先輩。私が『屋上から飛び降りる女子生徒』について説明していたところです。丁度、次の日、全てが消え去っていたところまで説明完了です」


「ありがとう、浅井。ならば、皆話の内容は大丈夫だな……遠山、穴山も……いいのだろうか?」



 会話に参加していない二人は、虎の左右で、目だけは、波瑠の方に向けているが、ずっと耳を塞いだままだった。


 異様な光景。



「お約束ですので問題ありません。乙女の事情というやつですよ、北条先輩。しっかり聞こえているのは先ほど確認済ですので」


「そ、そうか、ならいいんだ。では、早速明日の夜調査する。全員、親御さんに一言伝えておくように」


「「「えええええええええええ」」」

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