第73話 肝試し 壱

「直、佐保理、俺、動けないんだが……」


 虎は左右から、がっちりホールドされていた。


 右腕には直、左腕には佐保理。


 キメられている、この格闘技的表現が適切であるほどに、彼女達は、その外見から想像もつかない力で、虎にしがみついている。

 確かに、両側とも何と言うか……柔らかいし、ここまで近いと……何だかいい匂いがする、するのだが、締め付けられて両腕の感覚が無くなってくれば、冷静にもなろうというもの。

 これはいざというときに両腕とも使い物にならないかもしれない……。

 

 まったく、怖いなら来なければいいのに。


 そう言ったところ、市花にたしなめられた。


「わかってないですねえ、秋山くん。乙女心です、乙女心。いくら先生も一緒だからといって、北条先輩と私がいるのですから、二人は来ないわけにはいかないのですよ」




 虎たちは、夜の学校に来ている。


 今は、学年棟三階から特別棟三階へと伸びる例の通路の、学年棟側の出入り口の脇で待機している。

 通路で特別棟側に移動しやすく、近くにある階段で下にも降りやすい。今回のミッションに最適な場所だ。


 ここからだと双眼鏡があれば、特別棟の屋上の様子がよく見える。


 しかし、よく見える、といっても、夜であり、既に校舎自体の灯りが消えていては、所々に配置された申し訳程度の外灯、非常灯と、月と星の灯りしかないため、正直暗い。


 月が明るいと思えるほどに暗い。

 微かに見えるといえば、見えるレベル。

 目的は、七不思議『屋上から飛び降りる女子生徒』の噂の解明。



――――――――――――



「ちょっと待ってください。明日の夜調査って、いきなりすぎませんか?」


 いつもながら、いきなりすぎる波瑠の話の展開に、抵抗する虎。



「ふむ、すまない、私としたことが説明を端折りすぎてしまったようだな」


「そうですよ、波瑠先輩。いくら何でも明日というのは急すぎです」


「明日でなければならないんだ」


「えっ!? どういうことですか?」


「実はな、『屋上から飛び降りる女子生徒』の目撃情報によると、事件は毎週水曜日に起きているらしい。今日は火曜日だろう、なっ」


 ぴこんと人差し指をたてて、波瑠はニヤリと笑う。


 不覚にも、その仕草を可愛い……と思ってしまった虎ではあったが、ここは両脇で黙している女子二名のためにも頑張らなければという思いが勝利した。



「なっ、じゃないですよ。目撃情報の信憑性はさておくとしても、そもそもどうして、キョウケンとして調査するんですか?」


「七不思議は、おそらく、十種と関連性があるからだ」


「ええっ!?」


 今日何度めかの驚き。

 波瑠はいつもどおり気にせず説明を続ける。



「七不思議のうち四つは、既に把握している十種の力で説明がつく」


 彼女は、紙に七不思議を書き出した。



 ~~~~~~~~~~~~

 <江名高校七不思議>


  壱)消える生徒       → ◎辺津鏡、黄色?

  弐)クラスの人数があわない     ?

  参)裏庭の化け物      → ◎辺津鏡

  肆)武道場の化け物     → ◎蛇比礼

  伍)誰もいない音楽室からピアノの音 ?

  陸)屋上から飛び降りる女子生徒   ?

  漆)当たりすぎる占い師   → ◎沖津鏡

 ~~~~~~~~~~~~



「『当たりすぎる占い師』は、もういいな、直接的ではないが、沖津鏡ということになる。もう一度言っておくが、私は不満なんだからな!」


 ご機嫌よろしくない。

 ここはいつもどおりと、大人しく頷く、虎だった。



「『消える生徒』は、おそらく穴山の辺津鏡と、あの黄色の十種なのではないかと私は思う」


 そうか……そうだった。

 消える男子生徒はあの時に目の前で見たではないか。

 虎はようやく、佐保理の今日の振る舞いについて理解ができた。

 彼女は、これがずっと言いたかったのだろう。


 左を見ると、「そうだよっ」と言わんばかりに佐保理は頷いた。



 黄色いパーカーの彼女。

 確かに、彼女はいつも、いきなり姿を消している。

 蒲生の清姫との決闘のときも、生駒に追い詰められたあの戦いのときも。

 どのような仕組みであるのかは不明ではあるが、それが可能な十種ではあるのだろう。



「『裏庭の化け物』は、辺津鏡の化け狐、『武道場の化け物』は、蒲生の蛇比礼の変化を誰か見ていたのだろう。不思議に留まってよかったというものだ」


 よくよく考えてみると、ここまで全て自分が関係している。

 どうして思いつかなかったのか。

 自分の勘の悪さに虎は頭をかいた。


 左を見ると、「元気出して」と言わんばかりに、佐保理が二回頷いた。彼女は、虎の数倍察しが良いようだ。



「四つ説明がつくのであれば、他の三つも関係しそうではある。というわけで、キョウケンとして残りの三つを調査しようということに、私と浅井の間ではなったんだが、それをお前たちに伝えていなかったな。すまない」


「事情は理解できました」



 左右も頷く気配。



「ありがとう、皆。それで、どうして最初の調査対象が、『屋上から飛び降りる女子生徒』略してオクトビ、になったのかなんだが……なんだか、この響き、ローマ帝国初代皇帝のオクタヴィアヌスのようだな、そう思わないか? エスプリを感じるだろう」



 また、遊園地の時のように、思い切り脱線して、歴史の話。

 きっとこれは機嫌が良くなった証拠だ。


 虎は、当然、何回も頷く。

 彼女をノセていこう! と。



「ふふっ、私のセンスの良さを褒めても何も出ないからな。それで理由なんだが、三つの不思議のうち、『クラスの人数があわない』略してクラアワー、『誰もいない音楽室からピアノの音』略してダレオトは、浅井に調査してもらってはいるんだが、まだ何の手がかりも無く調査中の状況なんだ……ちなみに、この二つの略称は何に似ていますか、はい、秋山」



 なぜ急にクイズ番組に……虎は左右を見るが、誰も助けてはくれなさそうだった。ここは……口から出るままに任せよう!



 どうせ正解することは


 無  理  な  ん  だ。



「お酒ですかね! 蔵泡くらあわ、みたいな。うちの父さんが飲んでそうです。あとは……ドラマのタイトルとかですか? 『このスマートフォン誰が落とした?』、略してダレオト、みたいな」


「ぶっぶっぶーだ。やはりお前は人の話を聞かないんだな。歴史人物スペシャルだとさっきヒントを出しただろう」



 ご無体なことをおっしゃる。



「仕方ないな。ここは言っておくか。戦争論を書いたクラウゼヴィッツと、アケメネス朝ペルシャの全盛期の王、ダレイオス1世だ」



 全然違うくないですか?

 なんて言ったら……ダメだよな。


 当然虎は頷いた。


 それはもう今やっと、わかりました、という具合に。

 この彼女の満足そうな笑顔を崩してはいけないと。



「よしよし。それでな、唯一『屋上から飛び降りる女子生徒』だけが、さっき言ったように水曜日の夜に決まって現れるという法則がわかったんだ」



 オクトビはどこにいったのだろう。


 深く考えてはいけない、か。

 虎は、また一つ、大人になった。



「もちろん、確認できた範囲になってはしまうが、それでも、毎週水曜の夜八時頃に集中して起きているのであれば見張る価値はあるだろう」



 毎週水曜日の決まった時間に起きる心霊現象。

 屋上から飛び降りて、音だけ残し、姿を消す女子生徒。

 血だまりは翌日には消えるという怪異。


 それが十種に繋がるというのがイマイチよく分からないが、もし現実に起きているのだとするのなら、波瑠先輩の言うとおり十種が何かしら影響している可能性は高いと思われる。



「でも、いいんですか?」


「何がだ?」


「夜遅く学校に残るのって何か許可がいるんじゃないですか?」


「ああ、それは大丈夫だ、丁度さっき許可をもらったところだ。顧問にな」


「顧問……キョウケンに顧問の先生っているんですか!?」


「あのな、秋山。それはいるだろう、郷土史研究会という、同好会のような正式名称で、かつ文化系とは言え、キョウケンはいやしくも部活動だぞ、部活動。いないわけがないだろう」


「でも、俺、今はじめて聞いたんですけど」


「基本、部のことは私に任せてくれているからな。口を出したがらないというか、面倒くさがりなんだよ。今回もよく引き受けてくれたものだと思う」


 それは良く引き受けさせた、が正解ではないのかとうっすら考えた虎ではあったが、言わないでおいた。


 どんな先生なのだろうか。


 虎の顔から、波瑠は彼の疑問を悟ったらしい。


「そうか、三年の担任だし、転校生のお前は、まだ直接会ったことがないかもな。丁度いい、明日じっくり会えるから楽しみにしておけ」

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