第74話 肝試し 弐

「市花それ何だ?」


 ふと気付いたのだ。

 暗闇の中でもわかる、市花の双眼鏡らしくない双眼鏡に。

 異様に大きい、重そうだ。



「暗視スコープ付の双眼鏡というやつです。これで暗闇でも見えるのですよ。乙女のヤワ腕にはちょっと重いですけどね」


「暗視スコープって、暗闇でも見えるってやつか、準備万端だな」


 虎は、話が面倒な方向に行くと予想し、あえてヤワ腕をスルーした。



「それほどでもありますよ、秋山くん。もっとも、私としては、何も準備してきていない秋山くんのほうが信じられません」


 こっちはこっちで、容赦無かった。



「俺的には、昨日の今日でそれを用意できる市花のほうが信じられないぞ」


「平和ボケの日本人ですね。急な夜戦が発生した際に、無いと困りますよ。一家に一台、いえ一人一台です。いいですか、戦場で最重要なのは索敵ですからね!」


「発生しない、発生しないから夜戦」


「冗談ですよ、もちろん。でも、夜にサバイバルゲームや釣りをするときにはあると便利なのですよ、実際」


 夜にサバイバルゲームや釣りをする女子高生がいるか、ってここにいるのか? ……毎度のことながら、虎は市花のハングリーさに敗北を悟った。



「まあ、もし、あったとしても……この状態じゃ何もできないさ。正直、誰かに変わって欲しい……」



 未だに、左右の女子は、それぞれ虎の腕を抱き、顔を伏せたまま無言。


 逆に怖い。


 本来天国のようなシチュエーションなのに、地獄にしか思えない。


 そして動けない自分は、まるで何かの生け贄に捧げられる身のように思えてならない。


 女神よ、いずこ……?



「そういえば、波瑠先輩もどってこないな」


「そろそろ見回りも終わって良い頃あいではありますね」



 波瑠は、顧問の先生と一緒に校内の見回りをしているのだ。

 全員で行くと、騒がしくなり、犯人を警戒させてしまう可能性があるから、虎達は、その間、屋上に異変が無いか、見張っておくように言われている。とにかく静かにしていろと。


 今のところは、ずっと様子は変わらず、綺麗な月夜。



 しかし、『犯人』か。



 この言い方をしているところを聞くと、波瑠は、何者かが意図的にこの騒ぎを起こしているのだと考えている。


 もし、起こせる人物がいるとすれば、それはやはり十種の所有者なのだろう。今までの六種とは異なるタイプであることは予想されるため、おそらく七つめの十種。


 剣の柄を握る手に力がこもる。



「焦りは禁物ですよ、秋山くん」


 虎の心を見透かすように市花が言う。



「お見通しですか、市花様」


 敬称で呼んでみた。



「その顔を見れば分かりますよ、きっと誰でも。私には見えてます。見えてますから」


 市花は、例の暗視スコープ付き双眼鏡で見えてるアピールをしている。

 こういうところは、その容姿とも相まってとても可愛いらしい。

 普通に小学生の女の子が無邪気におもちゃで遊んでいる、まさにそのもの。



「まあ、何となくですが、木下先生アバウトですので、時間が掛かっているのかもしれませんね」


 木下先生とは、キョウケンの、顧問の先生の名前である。


 木下きのしたしゅう



――――――――――――――



 今日は、ホームルームが終わった後、虎と市花は掃除当番だった。


 教室の掃除を終えて、ゴミ捨てを引き受けた虎と市花は、二人で仲良くゴミ袋を分担して持って、校舎の外にあるゴミ捨て場に向かう。

 その道々――



「なあ、市花。顧問の木下先生って、どんな感じの人なんだ?」



 虎はこの一日気になっていたことを市花に尋ねる。


 お昼の時、波瑠は『放課後を楽しみにしていろ』の一点張りであったし、食事後は、社会科準備室の壁という壁にお札を貼り続ける作業を直と佐保理に無理矢理手伝わされて、それどころではなかったのだ……。あの大量のお札は一体どこから入手してきたのか? 不思議だった。


 というわけで、結局、顧問の先生については、名前しか教えて貰えてないのだ。



「どんな感じと言われましても……年の頃は30代前半の独身。ややヒゲの剃り残しがあるところは残念ですが、長身長髪で眼鏡の似合う、イケメンと言えばイケメンなほうだと思われます」



 男で長髪というと気取ったイメージしかわかないが、ヒゲの剃り残しがあるというのは、単に無精なのだろうか。


 長身でイケメン、という言葉に、気後れしてしまいそうになりつつも、断言されないところに何かしら彼の悲哀を感じた虎だった。



「そうそう、木下先生は日本史の先生です。専門は日本古代史。今でも研究は続けられていて、学会でも精力的に発表されているそうですよ。教師の業務に、研究、両方こなすのはさすがに大変なことですので、あまりキョウケンには来てくださらないのです」



 学会での発表というものは、大学の先生がするものだと思っていた虎はこれに驚く。

 市花は、学会は意外に開かれていて、世間の方がそれに馴染みがないだけなのだと、虎に教えてくれた。木下先生に聞いたのだと付け加えて。


 優秀そうな先生ではあるけれど、キョウケンに来てくれないのはちょっと冷たい感じがする。



「もっとも、困ったことは相談にのっていただけますし、お願いすれば、今日のように付き合ってくださいます。お休みは、研究者仲間と全国の遺跡を巡っていることが多いそうなので、つれなかったりしますけどね」



 前言撤回。さっきまでの話から醸し出されるイメージで、少し誤解していたかもしれない。良い先生のようで、ほっとした。


 しかし、なるほど、キョウケンは郷土史研究会、これ以上に適切な顧問はいないだろうと思われる。 



「でも、よくそんなぴったりな先生がキョウケン顧問になってくれたもんだな。市花はそのあたりは知ってるのか?」


「さあ、そこまでは。私がキョウケンに入った時にはもう顧問でしたし」


「市花がキョウケンに入った時か……聞いたこと無かったけど、お前、いつからキョウケンに入ってるんだ?」


「おやおや、今度は先生でなく、私に興味が湧いてきましたか? それとも計画的ですか? いやいや、秋山くんもプレイボーイを続けるうちに、話術がたくみになりましたね。褒めてあげますよ」


「ち、違うって、そんなんじゃないから」


 虎の慌てた顔に、市花は満足そうに微笑む。


「秋山くんの良いところは、本当に期待を裏切らない反応をするところですね。良い表情を見せていただきましたから、仕方ない、プライベートですが、ここだけの話をして差し上げましょう」


「よ、よろしくお願いします」


「私がキョウケンに入ったのは、一年生の途中でした。私、実はあまり縛られるのは好きでは無いので、部活には入っていなかったのです。花の女子高生ライフを自由気ままに過ごす予定だったのですよ」



 キョウケン女性陣の中でも、マイペースな市花らしいといえば、らしい。でも、どうしてそれがキョウケンに入ることになったのだろう?



「ふふふ、気になりますか、秋山くん」



 また顔色で読まれてしまったようだ。

 さすが、七不思議『当たりすぎる占い師』の正体。



「私は、北条先輩に、あいをもって、くどかれたのです」


 月明かりに照らされた彼女は、今日一番良い顔をしていた。

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