第75話 肝試し 参
「愛を以て……口説、かれ、た……?」
虎は、硬直する。
波瑠先輩は、黒髪ロングの美人であるのに加え、その醸し出すミステリアスさから、男子生徒に人気を誇っている。
ミステリアスという印象は、既にいろいろな意味でブチ壊されている虎も、彼女が美人であることは否定できない。
また、そのブチ壊された部分は、時折彼女が虎に見せる乙女らしさにより、補完どころか補強されているのは言うまでも無い。誰にも言ってはいないが。
そして市花。おかっぱがこれほど神聖なるものであるとは、彼女に出会っていなければ皆感じないであろう。
クラスメートだけでなく、他の男子生徒も、影で市花様と呼ぶのは、その小さく、幼い外見に、侵してはならない何かを感じるからだ。
まさに、巫女。聖少女。
このサイズのセーラー服どうしてるんだ? とか思ってはいけない。特注に決まってるだろ、そんなの。
この二人が出会った。
しかも、波瑠先輩が、市花を愛を以て口説いた……。
「どういうシチュエーションなんだよっ!?」
「気になりますか、なってしまいますか~あ・き・や・ま・くん?」
とても楽しそうに、リズミカルに、囃す。
「教えてください。市花先生」
条件反射に近いスピードで、平伏した。
「ぬう、ゴミ袋を脇に置き、土下座とは、これでは話さなければ私が悪者のようではないですか……この私に心理戦を挑むなど……成長しましたね、秋山くん!」
「普段から市花に鍛えられてるからな」
「ヨイショまで覚えたのですか……仕方ありませんね……ちょっとだけですよ」
彼女は語り始める。
――*――*――*――*――
あれは、一年前、入学してからしばらくした頃。
私がようやく、高校生である自分に慣れた頃のことでした。
とくに部活に入っていない私は、毎日気ままな放課後を送っていました。
自由はいいです。
全て自分の思うがままに、好きなことをやりたい放題。
本を読んで好きなだけ知識を身につけられる。
気になる友人と、お話したり遊んだりできる。
雑貨屋さんで、じっくり部屋の小物を物色したりもできる。
絵を描いたり、楽器をひいたり、小説を書いたり、クリエイティブな活動もはかどる。
部活をやっている子は、それはそれで充実してそうではありましたが、それだとひとつのことしかできないですからね。
だから、私は部活には入らないと決めていたのです。
そんなある日。
私は知ってのとおり歴史、それも日本史が大好きなのですが、その日は関連する、ある探索のために図書室に籠もっていたのですよ。
『邪馬台国はどこにあったのか?』
これがその探索のテーマ。
実は、日本史の授業を受けた直後は、それほど気になっていなかったのですが、その日男の子達が教室でずっと、九州だ、奈良だと言い争っていたので、気になってしまったんですね。
どうやら昨日やっていたテレビ番組の影響のようでした。
もちろん、それぞれの説があるくらいは知っていますが、その根拠が知りたくなってしまったのですよ。何かあるはずだと。
私は既に、この地方がイザナミがアマテラスを産んだ地であるという伝説を知っていたので、実は、この地には文明があった、邪馬台国はウチの近所にあったと言えたりはしないか、とワクワクしてたりもしたんです。
これを解明するのは自分の使命だと!
それで、いろいろな本で、調べているうちに、その根拠が中国の書物『魏書』の『東夷伝 倭人の章』というところに書かれていると知りました。
難しそうですか? 男の子なら、きっと皆が知っている本、読んだことがあるお話の、元となった歴史書の一部ですよ。
『三国志』です。
曹操の国、魏の歴史の本、それが『魏書』。
そこに日本のこと、当時魏の国と交流のあった邪馬台国のことと、女王卑弥呼のことが書かれているんです。
当然、魏の国から邪馬台国への行き方も書いてあって、その記述を元に、邪馬台国の場所をここだ、あそこだ、と学者はそれぞれ主張しているのです。
なるほど、と私は思いました。
ですが、歴史学者ほどの知識はありませんからね、帯方郡から狗邪韓国まで七千里とか、投馬国から邪馬台国は船で十日と言われてもピンと来ません。
そもそも当時の単位は定説が無いらしいので、距離や、かかる日数では断定できないらしいのですよ。九州は近すぎる、奈良は遠すぎる。
これは手強い、と思った私は、『魏書』の記載から、他の情報を探ることにしました。
目についたのは、卑弥呼というキーワード。
私は、卑弥呼関係の本を探して読んでみました。
すると、彼女は、実はアマテラスだったという説があったのです。
私はニヤリとしましたね。
そこからは、神話の本に逆にヒントが無いだろうかと考えて、神話の本をあさり始めたのですが……どうしても気になる一冊が書架の一番上にあって、届かなかったのです。
そこには、はしごや台はありませんでした。
普通の身長であれば届くからでしょう。
でも私では……ね。
だから、ぴょんぴょん頑張っていたのです。
この時私の脳裏には、さっきまで読んでいた、因幡の白ウサギが頭に浮かんでいました。
届きそうで届かない……泣きそうになっていました。
その時――
すっと、私の目標の本に、私を乗り越えて、後ろから手が伸びたのです。
奇妙な手でした。
なぜですって?
……白い手袋をしていたのです。
ふり向くと、そこには、長い黒髪で切れ長の目をした彼女が微笑んでいました。
『「ニギハヤヒの秘宝、十種神宝」これが読みたかったのか。でも無理しちゃだめだぞ、怪我をする』
そう言って、優しく
私の頭を撫でながら。
私は、思わず、彼女に抱きついてしまいました。
『こらこらっ、ちょ、ちょっと待て、ここは図書室だぞ!?』
明らかに慣れていない口調でした。
そもそも、図書室でなければ、いいのですか?
私は、それがとても可愛らしく思えたんですよ、リボンの色から、彼女が上級生だと分かっていても。
そう、これが北条先輩と私の初めての出会いでした。
それから、先輩はこうおっしゃいました。
『わかった。読み終わるまで、一緒にいてやるから』
どういう意味ですか? と尋ねると、
『だって、私がいなくなったら、その本、書架に戻せないだろ』
私は再び先輩に抱きついて、もう一度同じ台詞を堪能しましたね。
……
その後、先輩は、私が持ち出して広げている本を見て、口を開かれました。
『日本の歴史とか神話に興味があるのか?』
頷くと、続けて、こう言われるのです。
『うちの部室に、ここに無いのもたくさんあるぞ。どうやら図書室も新しい本を入れると手狭になるみたいでな、書庫に入れておくのも利用しづらいから、社会や理科の専門書は各教科の準備室に置かれているらしいんだ』
準備室? と尋ねると、
『ああ、私は郷土史研究会をやっている。今は……一人なんだけどな。その部室が、社会科準備室なんだよ』
『一人なんだけどな』と寂しそうに言う先輩の姿にキュンとした私は、三度先輩に抱きつきました。
三度も同じ台詞を言わされるとは、いかに『絶対予言』といえども、予期していなかったでしょうね。ふっふっふ。
『はあっ、はあ……そんなわけで、良かったら、うちの部に来ないか? 紅茶もあるぞ』
一も二もなく頷きつつ、私は先輩に飛びつきました。
まさか、四度目があるとは、私も思いませんでした。
――*――*――*――*――
「市花よ、百歩譲って、『口説かれた』ってのはいいけど、どこにも『愛を以て』が無い気がするんだが……」
「そうでした、言い忘れていました。先輩はその時図書館に資料を借りに来ていたのです。授業の資料である、藍の苗が植えられた小さな鉢をその手に持って」
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