第99話 お嬢様の真実7 ポニーテール

『本ドロボウは、あなただったのね、穴山さん』


 彼女は、びしっと、人差し指をさおりんの方に向けて言い放つ。

 ポニーテールが、屋上を流れる風になびいた。


『ひええっ』


 さおりん、かわいそうに、怯えてる。


 ごめん、アタシのせいだ。

 好きな本の話になったから、ちょっと前に図書館から拝借したのを渡したんだよね。アタシのお勧めとして。


 読んでみる、って言ってくれて……まさかこんなことになるとは。


『その本結構人気あるのよ。黙って持ってっちゃダメじゃない』


『ふええ』


 座ってるところ、上から見下ろされて頭を抱えてる、日本語になっていない。


 わかった。


 さおりんは、そもそも人とコミュニケーションとるの苦手なんだ……アタシはポチだから別枠なんだな。


『ふええじゃないでしょ……困ったな、これじゃ私の方が悪者みたいだよ~』


『えっく、えっく……』


 とうとうさおりんは泣き始めた。

 ポニーテールの子は、悩ましい顔をしていたけれど、ふいに隣に腰掛けて、優しく彼女の頭をなで始める。


『ごめんね、あの、私、図書委員なだけで、別にあなたを怒りたいとかじゃないから、ねっ』


『えっく……ほ、ほんと?』


『ほんとよ、本当。この本、こっそり返しておくから、ああ、でも読みたいのかな? じゃあ、あなたの名前にしておくね』


『ありがと……その、ええっと……』


『ああ、そっか、名乗ってなかったね。私、遠山直。クラスの子には、そのまま「なお」ってよばれてるかな。短い名前って、アダ名の選択の余地が無いから、悲しいのよね』


 泣き止ませてる……。

 この子、ナオナオは、コミュニケーション力がありすぎるな。

 しかも嫌みが全くない、自然。

 友達になりたいタイプだ。



『しっかし、いっちゃんの情報網はすごいな、やっぱり』


『いっちゃん?』


『あー、私の友達、あなたがその本持ってるって教えてくれたの、その子。凄いんだ、学校の中で起きたこと何でも知ってるの』


 そんな子がいたなんて……アタシは自分のことが知られてないか、ちょっと怯えてしまった。そんなわけないだろうけど。



『良かったら紹介するよー。今日の放課後とかどう?』


『……』


『あ、えっと、無理だったらいいからね』


『……嬉しい』


 赤くなってる。

 この時アタシはちょっとだけ思った。

 もう、さおりんにアタシは、ポチは必要ないんじゃないかって。


 だから、スケッチブックに一言だけ書いて、後はポニーテールの子、ナオナオに任せることにした。

 きっと、ナオナオなら大丈夫、ついていくんだぞ、さおりん。


 さて、巣にもどりますかね。




『何だ、浅井、ずいぶんと嬉しそうじゃないか?』


『今日はいいことがありそうな予感がするんですよ、北条先輩』


 黒髪先輩の言うとおり、小さい子はどこからどう見ても上機嫌。

 鼻歌歌ってるし、黒髪先輩に抱きつく回数が今日は少ない。


 それだけこの後に来る何かが楽しみなのだろう。

 いったい何なのか?



『む? 予備のカップを使うのか? 二人なんだから、そんなに飲めないぞ。それに私はそろそろ部長会議にいかなければならない』


『そういえば申し上げておりませんでしたね。今日は知り合いが来るのです、ここに』


『ああ、そうだったのか、なら当然遠慮せず使ってくれて構わない。浅井の知り合いに挨拶できないのは残念なんだけどな。今日の会議は、ちょっと時間がかかるらしいから仕方ない』


『なるほど、では、先輩のカップは一緒に片付けておきますので』


『ああ、頼む、では行ってくるか』


 そう言うと、黒髪先輩は出て行った。


『さて、これでよし。どういう結末になるのかはわかりませんので、まだ先輩にお伝えするわけにはいきませんからね』


 彼女は不敵に笑う。

 アタシは、なぜかそれに恐怖のようなものを感じた。

 嫌な予感がする。

 なぜかはわからないけれど。


 彼女が、ティーサーバの紅茶が程よい色になったのを確認して、カップに注いだころ、扉を叩く音がした。



『入って、いいですよ、直』



 直? ナオナオ? まさか……?


 入ってきた二人の女子生徒。

 ナオナオと……さおりんだった。

 ということは、この小さい子、浅井さんが例の情報通なのか!



『ありがとう、直。よく連れてきてくれましたね。人当たりの良いあなたにお願いした甲斐がありました』


『私は図書委員としての使命が果たせたし、それに良い子だったから、力になってあげたいっていう、いっちゃんの気持ち、分かった気がして』


『あ、あの……私……』


『おっと、メインゲストを蔑ろはいけませんね。こんにちは、初めまして穴山佐保理さん。私は、浅井市花といいます。よろしく』


『よ、よろしく』


 アタシが浅井さんの名前を知ったのはこのときが初めてだった。

 市花か、可愛い名前なんだな。

 いっちーでいいか。


 ナオナオのこの言いようだと、さおりんのこと気に掛けててくれてるってことかな?

 そんなそぶりは全くなかったので驚きだった。

 まあ、アタシも心が読めるわけじゃないから、本心ってやつは難しいのかもしれない。



『まあ、お座りください。紅茶もご用意しておりますので。今日のはダージリン、英国紅茶のスタンダードなんですよ』


 さおりんは長机に座らされた。その隣にナオナオとアタシ。

 いっちーは、対面に座った。


『私もまどろっこしいことは苦手ですので、単刀直入に聞きますね』


『えっ?』


『穴山さん、あなたは、その……』


 言いよどんでいる。

 「まどろっこしい事は苦手」と言っていたのはどこにいってしまったのだろう。


『やっぱりこういうことは言いづらいですね。うーむ、どうしましょう……そうだ。今から私が話すことをとりあえず聞いてください』


『は、はい』


『最近、この部室から物が無くなったり、食器が使われていたりする形跡があるんです。具体的には、茶葉の減りが多すぎる。当然もうひとりいる部長の先輩にも尋ねたのですが、彼女も不思議に思っていたとのことでした』


 なんてことだ。

 全てアタシが拝借したもの。

 しかし、なぜいっちーはこんな話をさおりんにするのか?


『それから、食器はですね。部活に来たときに、濡れていたのです。使ったのは昨日です。一日あれば乾くはず。不自然過ぎます。しかし、先輩もご存知ないというのです。明らかに誰かが朝からお昼の間に使用したと考えられます。それで、その……犯人は誰だと思いますか?』


 この子、やっぱり策士だ。

 さおりんの顔色を窺ってる。

 でも……そうだよね、身に覚えがないから……さおりん顔全体にハテナ浮かべてる。


『誰なんですかね? ここに入れる人……鍵を誰がもっているかがカギになる気がします!』


 せいいっぱいの良い顔で、「上手いこと言った」って感じだよ。

 さおりん……。


『そうですか……では、このティーカップに見覚えはありませんか? お昼に、屋上で、一人でティーパーティーをしている生徒がいると小耳に挟んでいるのですが……?』


 うわー、このカップ。

 お昼にさおりんに紅茶飲ませたいって、持ってったやつ。

 これはまずいな……さおりん明らかに顔色変わってるし、挙動不審になってるし。


『し、しらないよ、わたし、しらないもん……えっく』


 べそをかき始めた。

 これはもう陥落寸前。風前の灯火。時間の問題。

 アタシは焦り始めた。


『どういうこと、いっちゃん?』


『穴山さんが屋上でこのカップを使っているのを見たという人がいるのですよ。私はそれを本人にどうしても確認したいのです』


『で、でも、穴山さん、そんなことする子に見えないよ』


 べそをかいているさおりんの横で、ナオナオがいっちーに反論してくれている。

 この子は、友達にもちゃんと自分の意見を言える、思いを伝えられる子なんだな、素敵だ。


 ……どうしよう、どの子も多分良い子。


 いっちーだって、最初の言いよどんだところを見ると、責めたいんじゃなくて、真実を明らかにしたいって気持ちなんだと思う。

 今も、毅然とはしてるけど、肩の所震えてるし。


 全部、アタシのせいだよね。


 悪いことをしていないのに、嫌疑を掛けられる、さおりん

 嫌疑があるから、さおりんに聞かざるを得ない、いっちー

 いっちーがさおりんに嫌疑をかけることが嫌な、ナオナオ


 こんなに悲しいことは無い。



 どうするかな、何か彼女たちに、アタシが犯人だって伝える手段があれば……何か無い?


 部屋中見回す私の目に棚に置かれた「ハル」と書かれたノートが映る。

 都合のいいことにペンも挟んである。

 これだ! とアタシは思った。

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