第100話 お嬢様の真実8 ハル・ノート
『こ、これは……』
『いっちゃん、こ、これって……』
二人の顔が強ばっている。
まるで、信じられない物を見たかのように……ってそのままか。
そう、アタシは書いた。
見つけたノートに。
さおりんの嫌疑を晴らすため、それはもう急いで。
わざとらしく彼女たちの目の前で、ノートを広げて、徐々に文字が現れる感じで!
字が若干汚くなってしまったのは否めない。
必死だったんだよ。
わ た し が や り ま し た
どうだ、ばっちりだろう。さあ矢でも鉄砲でももってくるんだ!
いや、どちらかというと手錠かな……。
『さいきん、近視の進行が早くて、コンタクトレンズの度があっていないのかもしれないですね。幻が見えますよ』
『いっちゃん、コンタクトなんてしてないじゃない……ってツッこんでる場合じゃなかった。えーっと……こういう集団で幻を見るのって何て言うんだっけ?』
『そのまま集団幻視で良いのではないでしょうか? 念のため確認しますが、直、あなた私を驚かせるために、手品やトリックを仕込んだのであれば、今のうちに申告してください。今なら許してあげます』
『わ、私? どっちかっていうと、そういうのやるなら、いっちゃんじゃないの?』
『そうですか、とうとうもうひとりの私の封印が解かれてしまったようですね。これは大変です。全く記憶がありません』
『ねえ……壊れてない、いっちゃん?』
困った。
どちらも現実を直視してくれてない。
アタシとしては、やるべきことをやったつもりだったんだけどな。
これは、もう、この子にまかせるしかないか。
さあ、頼んだよ、さおりん!
『と、透明人間さんだよ! ふたりとも!』
『『透明人間!?』』
混乱していた二人がユニゾン。
しかし、やはり納得できていないようだ。
『つまり、これは、穴山さんの手品ということですか?』
『穴山さん凄い! どうやって、やってるの?』
矢継ぎ早の質問。しかも、勘違いな質問。
大丈夫かな、さおりん。
人と話すの苦手なんだよね……?
『ちがうよっ、二人とも! ふつうの、普通の透明人間さんだよ!』
よく言えまし……た?
さおりん、その説明は説明になってないぞ。
と、アタシは思ったんだけど、いっちーはそうでもなかったらしい。
『普通の……透明人間……なるほど』
『へ? いっちゃん。信じるの?』
『直、考えてもみてください。穴山さんは人柄といい、その動作と言い、どうひいき目に見ても超不器用。こんな手の込んだ手品なんて無理です。まだ、透明人間の仕業だと考えた方が説得力があります』
『いっちゃん、言い方……でも、そっか……あ、穴山さん、ごめんねっ』
手品って言ったのいっちーだったじゃん。
いつのまにかすり替えてる。
この子本当に上手だな。絶対逆らえない。
そして、ナオナオはやっぱり良い子だな。
さおりん、へこんでないといいけど。
『そ、そうだよ、わ、私、不器用だし不器用マンだし』
信じてもらえたことのほうが嬉しかったらしい。
赤くなって、意味不明な台詞になってる。これ喜んでるな。
『信じますよ、穴山さん。しかし、どうしますかね。自首してくるということは、悪い透明人間ではないとは思うのですが、お話を聞いてみないことには判断できません』
『そ、そうだよ、良い透明人間さんなんだよ。あたしにお昼屋上でいつも優しくお話してくれるし』
『お話? 透明人間は話せるのですか?』
『話せないから……このスケッチブックで!』
さおりんは、かばんからいつものスケッチブックを取り出した。
『なるほど、ではそれを使って事情徴収といきますか』
『いっちゃん、本音でてるでてる』
『失礼しました。では、お話しましょう。こちらから問いかけますので、答えを書いてください。基本的にはお答えいただきたいですが、どうしてもな場合は『ひみつ』と書いてくださいね。黙秘権というものです』
そして、いっちーとアタシのやりとりがはじまった。
『あなたは、ティーセットを勝手に使っていたのですね?』
(はい)
『あなたは、社会科準備室に自由に出入りできるのですね?』
(はい)
『……あなたは、私とその、先輩との、ええっと』
(はい)
『……ひょっとしてここで暮らしてたりしますか?』
(はい)
『有罪です!』
『ちょ、ちょっと待ってよ、どうしてなの? いっちゃん?』
止めるナオナオと、不思議そうな顔をするさおりんに、説明することができないいっちーは、なんとか矛を収めてくれた。
でも、こっちを見る視線が若干厳しくなったのは否めないよ。
『私としたことが興奮しすぎてしまったようです。ごめんなさい。しかし、ということは、透明人間さん、あなたが非常食泥棒ですね』
(はい……)
『非常食泥棒? どういうこと、いっちゃん』
『キョウケン顧問の木下先生から聞いたのですよ。非常食の確認をしようと倉庫をあけたら、箱が何箱か開けられていたと』
中身をどうしても確認したくて、やむなくやってしまったことが、こんなことになるとは思っていなかった。
いや、そもそも、いけないことだとは思っているけど。
『今日の部長会の話題のひとつがそれです』
なるほど、犯人探しの一環なんだな。
下手に全校生徒に広めて大事にするよりも、まずは信頼のある部長達から情報収集するということか。
『そっか、ポ……透明人間さんお腹すいてたんだ……』
『穴山さん、そういう問題じゃ、無いのかなって……』
『そう言う問題だよ、遠山さん。お腹すいてたら、食べたくなるもの』
『直、これは、穴山さんに一本とられましたね。犯した罪は罪ですが、元を絶たなければまた起きることが多い。食糧問題は戦争に繋がったりもします。私たちも何か持ってきてあげましょう』
『いっちゃん……珍しいのね。でも、そうね。わかった。ごめんね、穴山さん』
『ううん、いいの。透明人間さん、アタシお昼のお弁当、友達と食べるからって言って大盛りにしてもらうね、お母さんに』
にこにこした顔のさおりんをアタシは正視できなかった。
眩しいぞ!
『でも、部長会の話題のひとつということは、まだあるの?』
『ええ、もうひとつの話題は、例の行方不明の生徒の件です』
心臓が止まりそうになった。
『透明人間さんあなたは行方不明の生徒ではないのですか?』
(ヒミツ)
『そうですか……無理強いはしませんので、この件は、また話したくなったら教えてください』
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