第27話 決着?

「秋山く~ん、無事ですか?」


「とら~? 生きてるよね? 死んだらやだよ」


「お前達、これで秋山が死んでいたら、そもそも私の立場が無いのだが」


 女の子数名の声がする。


 佐保理は意識を取り戻す。


「だ、だいじょうぶだ、なんとかな。骨とかも折れてない、多分」


 横からあの男子生徒、秋山虎の声が聞こえた。


 よかった。無事らしい。

 彼女は胸をなで下ろす。


 見開いた目に最初に映ったのは空。

 左横に見える建物が先ほどまでいた特別棟。

 周りに木々。

 どうやらここは……特別棟の脇にある裏庭のようだ。



 あの屋上から飛び降りたのが嘘であるように、全く体に痛みは無い。



 起き上がろうとすると、下はぶよぶよとした感触。

 これがショックを吸収してくれたのか。


 とりあえず、揺れ動く中、バランスをとりつつ、上半身を起こす。


「しかし、都合よくあったものですね、トランポリン」


「昔、何かの行事で使ったんだろう。お、無事そうだな、穴山」


 どこかで聞いた声、首を向けると声の主と目があった。


 セーラー服のリボンは三年生の色。

 記憶にある、肩まである綺麗な黒髪。


 そう、朝因縁を付けてきたあの先輩だった。

 不思議なことに何故か自分の名前を知っているようだ。


「屋上からのダイブなんてなかなかできる経験じゃないぞ。本当はあの朝、このことも伝えようと思ったんだが、逃げられてしまったからな」


 彼女はまるで、私達が落ちてくるのがわかっていたようなことを言う。


 確かに、そうでもなければ、こんなところにトランポリンを用意できるわけがないが。


 しかし、あの高さから落ちて助かるものだろうか?

 思わず上を見上げてしまう。


「不思議か? あそこに木の枝があるだろ、あれが最初にお前達の勢いを殺したんだ。秋山も反射的に枝をつかんでたからな、それで衝撃吸収されて重力加速度の影響もほぼ無くなり、めでたしめでたし、というわけだ」


 説明されれば納得ではあるのだが、計画的に実行できるかといわれるとプロのスタントマンでも難しいのではと思われる。


「そろそろ時間的に厳しくない? いくら体育の授業中とはいえ、同じクラスから三人もいないわけだし」


 短いおかっぱ髪の小柄な子、そして今発言したポニーテールの子。

 この残りの女子二人は体操着だった。

 話からすると、秋山君と同じクラスなのか。


「直は『気分が悪くなって』だし、私はその『つきそい』だから大丈夫ですよ。問題なのは、秋山くん。お腹痛いって言って来てますから、あいつトイレ長いな~大丈夫か~? って噂されてますよ、きっと。もう、変なアダ名がついてるかもですね」


「市花、お前本当に容赦ないな。もういいよ、キョウケンに入った時点でいろいろ諦めてるから、俺」


「そんな風にキョウケンを、まるでブラック企業みたいに言わないでほしいのですが」


「十分ブラックだろ。狐の化け物の群と無双させられるし、絶対死なないからって屋上からダイブさせられるし。考えてみると、死なないかもしれないけど、大怪我しない保証はないんだよな」


「まあまあ、とら。ほら、無事だったんだしさ。そんなに怒らない」


 あれ、こんなにのんびりしていいんだっけ?


 佐保理は、ここに落ちてきた理由を思い出した。

 これはいけない、と急いで他の四人に訴える。


「のんびりしてる場合じゃないです。あいつが、九尾の狐が来る」


「大丈夫、大丈夫、もし来てもお前を盾にすれば万事解決だ」


 黒髪の彼女は、冷静に、極めて冷静に、非道な事を言った。


 当然許せない。

 許せるわけがない。


「先輩だからってふざけたこと言わないでください!」


「ふざけてなどいない。私はふざけるのとか冗談を言うのが嫌いだ。第一、朝も言っただろう、全てお前が作り出したものだと」


「え……」


「お前がピンチに陥れば必ずお前の考えたヒーローが助けに来る。今までもそうだったのではないのか」


「どうしてそんなことが言えるの」


「わかるさ、私もお前と同じように呪われしものだからな。こんな円盤に見覚えはないか?」


 彼女が懐から取り出した円盤には見覚えがあった。


「そ、それはあの神社で見たのと同じ」


「やはりな、となると、お前が呪われたのは『辺津鏡へつかがみ』だ。自分の心を映し出す霊力があると言われているが、まさか実体化とはな。私もこればかりは正直驚いたぞ」


 神社で見た鏡が『辺津鏡へつかがみ』という名前であるのはいいとして、自分の心を実体化するというのはどういうことなのか?


「何を言っているのか、わからないんですけど」


「察しが悪いな。起きていることは、全てお前が望んだことだと言っているのだ」


 ようやくわかってきた。


 先輩は、ソウジと武蔵、晴明に為朝、式神そしてあの九尾の狐は全て佐保理の望んだものだといっているのだ。


 では、この数日間に起きたことは全部、自分で自分を慰めていただけだというのか。


 小説のヒロインみたいにピンチを助けてもらうことが、嬉しくて……。


 自分をクラスの人気ものにして欲しくて……。


 ……。


 この数日間の、あの楽しかった日々が全て嘘で偽物。


 単なる妄想。


 妄

  想

妄 想


  妄

  想 


    妄 想妄 想

 妄 想妄 想ソウジ妄想妄 想妄想

  妄想妄タスケテ想妄想 妄想 妄想 妄想

  妄 想 妄 想 妄 想 妄 

   想妄 想ワタシヲ妄 想妄想 妄想

 妄想ドウシテ妄想妄想妄ダメナノ想妄 想妄想妄 

   想妄想妄想妄想

 妄想妄想シネシネ妄想妄想妄想妄シンジャエ想妄想妄想妄オカシイヨ想妄想妄想妄想妄想妄想妄キャハハハ想妄想妄ワタシ想妄想妄想サイコウダネ妄想妄想妄想妄想妄想妄想妄想ソウジ妄想妄想妄想妄想ジ


 … … …

  … …


   妄

 想ジ


 …

  …


 笑える、笑えるよっ。


 あははははははは、ははは。

 はは

  は

 ははははは、あははあ

   ああきゃはははあああああ


ああうけけふはあはは

           あああああああくぅいえけあ


 ああああ、ああ

   ああふはあああはははっはは

        はははっははああああ

  ああきゃははあああ

   あけめめああきゃっふっふふふ、ぐげ、あ


あああああ、、、、ああああめけけえけけけあああああおろけとめあはあああ。。あああああああうけけああああろろろろろあああああああうけけああああアあああああきゃははははあああああアアアアああんジュれおんじょえあああアアあああああアアああぬぼぼおごふあえオあああヒャハハああくはハハあああアアあああ。。ああアアアアアアアああああほおほほほほアアアアアアアアアワキヤエエアアホホホアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……


 け…ケケ

け、ク     ケケケ

 コ ア? フア?


 ……

 


……ワカッタ、リカイシタ



 彼女はこうして達してはならないところに達してしまった。


 そして天に向かって叫ぶ。


 ……



      狂ったように。



「そんなこトナイ、絶対無イ! さア来なサイ九尾ノ狐、ソシテ私ヲ、特異点ヲ殺シナサイ!」



 ドコマデモヒトリボッチナラ


 モウドウナッテモイイ



 ……コンナセカイ!!!




 この思いに呼応するかのように、佐保理の近くの空間がゆがむと、そこから、あの、巨大な九尾の狐が現れた。


 一瞬にして校舎の二階の天井まで達するほどの大きさ程ある化け物が彼女の脇にそそり立つ。



「いかん、お前は、まさか自分の死を願うのか!?」


「モウドウナッテモ、イイモノ」



 我ながらこの上無く冷たい声だと佐保理は思った。



「覚悟はできたようだな、特異点。では喰らうとしよう」



 化け狐の爪が光り、彼女に向かって落ちて行く、その時。





「させない!」




 声とともに天空から、おびただしい光の矢が狐を襲った。





 矢は、次々命中し、当たった個所の狐の体を消失させる。



 狐は呪いの言葉を吐きながら、矢に存在を切り刻まれ、あっという間にこの世から消えうせた。




 ……


 気がつくと、目の前にはあの優しい顔。



「ソウジ! 来テク……れたのね」


「時間がかかって済まない。まさか、脅威に襲われていたとはな。俺は守護者失格だ」


 本当に申し訳なさそうに謝る。


「あれ、他の三人は?」


 ふと気がつき、尋ねると、彼は寂しそうな顔をしてこう言うのだ。


「俺が最後の勝者だ。だけど皆死んだわけじゃない。俺の中で生きてる。さっきの矢は、為朝殿のものだしな。あの方も最後には俺を、戦士として認めてくれていた」


 そうか、彼の中で皆生きているんだ。


 それならば、この上なく良いエンディングではないか。

 佐保理は、嬉しさのあまり涙が勝手に出てきているのを感じた。


 しかし――



「いいからやれ、秋山、夢は終わらせてやらなければならない」



 次の瞬間、あの白い剣が、ソウジの胸を貫いていた。




 ソウジはニコリと笑うと、砂の山が風に飛ぶように四散し消えていった。


 ……



「秋山くん、どうして……こんなこと」


「ごめん、突然。でも、ダメなんだ終わらせないと。次に進めないだろ」


「わからないよ……」



 その声とともに、佐保理の周囲に無数の人影が現れる。


 その人影は全てソウジの形をしていた。


 そして刀を抜くと、一斉に秋山に向かって襲いかかっていく。


 秋山虎は、戸惑う表情を一瞬見せたが、覚悟を決めたようで、例の白い剣を振るい、一閃、二閃と刃を閃かせ、迫り来る影を消していく。


 しかし、多勢に無勢。

 数の暴力の前に彼の努力がどこまで続くというのか。

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