第26話 救世主

「間に合ってよかったぜ、ハアハア」


 いつまでも来ない爪の一撃に不審に思い目をあけると、そこにはもう先ほどの化け物はいなかった。


 代わりに、あの不良生徒とあの不良教師、合計二名がうつ伏せで仲良く倒れている。


 動かないところを見ると気を失っているらしい。

 肩の力がどっと抜ける。


 もしかして、ソウジ? と期待して顔を上げたが、視線の先にいたのは残念ながら彼ではなかった。


 声の主は胸元を上下させながら呼吸を整えていた。

 学校指定の体操着を着た男子生徒、刀身が白く光る剣を片手に持っている。

 おそらく、さっきの化け物は、これで倒したのだろう。


「あなたが助けてくれたの?」


「そうだな、そうなる」


 彼は短髪で、身長も女子の自分とさほど変わらないくらい。体はとくに筋肉質でもなさそうで、本当に普通。


 顔は……ソウジと比べるのがいけないのだけれど、普通のクラスにいる男子といった感じだ。

 眉毛が少し太めで、そのためか目つきに意思の強さを感じさせる。ここが唯一の彼のチャームポイントかもしれない。


「それで、ええっと……俺と付き合ってくれないか、ください」


「な、何を急に言い出すのよ!」


「ええっと……絶対守る、守るから」


 読み方が雑で棒な台詞を次々繰り出してくる。

 ソウジの初対面に比べると、あきらかに慣れていなさそうだ。

 これは、逆に告白されてるこっちが、見ていられない。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「そ、そうだ……お、俺じゃだめか?」


 何だかとっても、罰ゲームで告白させられているような気配を感じる。


 でも、彼は曲がりなりにも自分を守ってくれたのである。

 そう考えると、悪気があるとは思えなかった。


「だめじゃないけど、もう私にはカレシいるから」


 この断り方が良いだろう。


 デートとか全然できていないけれど、ソウジも自己申告してくれているし、嘘ではない。


 目の前の彼も、この台詞に、考え込んだ風にはしているが、先ほどから続く告白が今は止まったから、本気だとしてもあきらめてくれたのだと推察する。


「彼、いつも私を守ってくれるの。そういえばあなたも彼と同じ守護者?」


 ソウジ達のように戦闘用に着替えていないのは不思議だったが、あの魔物二匹を一瞬で倒しているのである。


 目の前の男子生徒然としている彼がきっと最後の守護者に違いない、彼女はそう思ったのだったが――


「守護者って何だ?」


 思いがけない返事が返ってきた。


 もしかして彼は記憶を失っていたりするのだろうか?

 それとも、守護者の定義が違うのか?

 悩んだ彼女は、念のため説明しておくことにした。


「守護者っていうのは、過去の英雄から選ばれるもので、特異点、あ、私が特異点っていう次元の急所になってて、この私が死んじゃうと世界が崩壊するから、それを守るために、天から派遣されるらしいの」


「なるほど、そういうストーリーなのか」


 感心して頷いている。

 どうやら自分がそれだとは思っていないらしい。


 自覚がないのか、初めてのタイプだ。

 ここは自覚を促さなければなるまい。

 佐保理の説明にも気合いが入る。


「あなたも、きっと守護者だと思うのよね。何でかわからないけれど、記憶を失ってるのよ、多分。何でもいい、自分が英雄だった頃の記憶を思い出せない?」


「残念だけど、俺は、守護者とかじゃない。あとな、まだお前を助けられたわけじゃないみたいだ」


 彼が突然あらぬ方向を指さした。


 いつのまにか空が雲に隠され、辺りは暗くなっている。

 そして、彼の示す方角にはまたいたのだ。

 信じられない何者かが。


 色鮮やかな赤い十二単。

 長い金色の髪から覗く、獣の耳、そして後方に漂う九つの尾。 

 色白で細い顔に切れ長の目。

 明らかに人ではない、妖怪変化の類。


「くちおしや、もうすぐであったのにな。やはり、妾が手を下さねばならぬか。まあよい、守護者がひとりもおらぬ今。他に何がおろうと、構わぬわ」


 言い放つやいなや、周りに、あの異様な化け物の群れが現れる。

 完全に囲まれて逃げ場はない。


「ちょっと、じゃなく、かなり多いな。いけるのか、俺」


「弱気にならないで、何とかしてよ。守護者なんだから」


「守護者じゃないんだが……まあ、仕方ないか、守るって約束したもんな」


 彼が剣を構えると共に、化け物は一斉に襲いかかってきた。


 横薙ぎに一閃。触れた化け物は全て消滅したが、間髪入れず第二波が来る、これも一閃。流石に囲む化け物の輪が少し広くなる。


「なんとか凌げてるか。おい、あ、ええっと……」


「佐保理。私の名前は、穴山佐保理よ」


「わかった佐保理、あっちの角に行こう、敵が多すぎるから、このままじゃ支えられる自信が無い」


「了解」


 邪魔をしていた化け物をなぎ倒した彼の後に続いて走り、屋上の角に陣を構えた。


 これなら確かに一度に戦う数を減らせる。

 彼は手に持つ白く光る剣で次々と飛びかかってくる獣を捌いて行く。

 ソウジに比べると、手元が危なっかしい一瞬があるが、自分に向けているその背中には安心感が漂っている。


「凄いじゃない。やっぱり絶対守護者よ、あなた」


「んなわけないって。大群と戦うのは初めてなんだよ。さっきから緊張しっぱなし。こんな戦いしたことあるの、ゲームの中くらいだぜ、まったく」


 普通の男の子のような事を言う。


 どうして守護者であることを彼は頑なに否定するのか。

 いや、そもそも自分が彼を守護者にしたがっているからそう思うのか? 


 やるかたなく彼女が悩んでいる間にも、彼の剣は冴え渡り、あれだけいた化け物の群も、いつのまにかまばらになってきた。


 この状況に十二単の苛立ちは頂点に達したようだ。


「ぐぬぬぬ、おのれ~もう妾が直接葬ってくれるわ」


 化け物達の動きがとまり、彼女の周囲に集まる。


 彼女の体から煙のようなものが湧きだす。

 いや、煙にしては黒く深い、あれは闇か。そしてその闇は彼女の体を包み込む。

 さらに周囲にも蔓延し、あの獣たちをも包み込んで行く。


 それが霽れたとき、そこには巨大な獣がいた。


 黄金に光る体毛と九つある尾の他は、先ほどの獣と変わらない。

 しかし、大きさが半端なものではなく、足下の床に亀裂が生じているほどだ。


「あははは、嘘だろ。これはちょっとまずいかもな」


 またも、頼りないことを言う。

 ソウジだったら、と何度めかのため息。

 そんな彼女に、彼は真剣な表情をしてふり向き、叫んだ。


「逃げるぞ」


「どうやって?」


 屋上の出入り口である扉は、今は、あの大きな獣の向こうにある。

 あそこに辿り着くには、獣を倒さない限り無理だろう。


「飛び降りる!」


「ここ屋上よ? 三階よりも高いのよ、絶対死ぬ。死んじゃうよ」


「その『絶対』だから大丈夫だ。俺が死ぬのは夏だからな。今は春。俺と一緒ならお前は絶対に死なない、信じろ」


 彼の目は真っ直ぐだった。

 ……。


「わかったわよ。あなたに賭ける。あ、そういえば名前、聞いてない」


「俺の名前? 秋山虎だ。いくぞ佐保理」


「う、うん」


 近くの柵を剣で切り裂くと、彼は佐保理を抱いて飛んだ。


「ひぇぇええ」

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