第25話 孤独な戦場
「お前が今出くわしている状況は、全てお前が作り出したものだ」
朝っぱらから、登校直後の下駄箱横の通路で、佐保理は知らない女子生徒にいきなり因縁を付けられた。
しかも指をつきつけられて。
セーラー服のリボンの色からおそらく先輩だと思われる彼女の髪の毛は、ストレートで綺麗な黒髪でクセ毛持ちとしてはとても羨ましい。
これは男子にモテるのではないだろうか。
こちらに向けている指、そしてそこから伸びている腕のラインは美しく、背筋もぴんとしていて姿勢が良い。
そんな具合に、相手の外見にしばらく逃避するほど、佐保理は彼女の言っていることの意味がわからず、反応に戸惑っていたのだ。
これは新手の宗教勧誘なのだろうか?
もしや、先ほどまで通学路で一緒だったソウジや武蔵のことをどこかで見て、勝手にヤキモチでも焼いているのか?
今日の戦いのこともあって名残を惜しみすぎたのは、認める。
今こうしている間も、既に始まっているであろう戦いのことを考えると、気が気でないのだし。
それにしても、まさか、この先輩は特異点や守護者のことを知っているのだろうか。
だが、知っていたら、それを言ってきそうなものだ、そうとも思えない。
どちらにせよ、言っている内容は汎用的過ぎて、どうとでもとれてしまう。
まさかそれを狙っているのか?
とにかく相手の目的がさっぱりわからない。
混乱した佐保理は、もうこれだけ言って逃げることしかできなかった。
「ま、間に合ってます!」
そして、そそくさと教室へ急ぐ。
「あ、ちょっと待て」
後ろで呼び止める声がしたが、気にしないで駆ける。
廊下を曲がってから後ろを振り返る。
どうやら追ってきてはいないようだ。
佐保理はホッとして、あらためて教室に向かった。
――――――
「あちゃー忘れてた」
休み時間、教室で話の輪に入っていた委員長が急に叫ぶ。
「どうしたの?」
「次の授業の準備、先生にお願いされてたんだけど、職員室と図書館と両方から資料もってこないといけなくて」
頭を抱えて困った顔をしている。
ここはもう、彼女を助けるしかない佐保理だった。
「ああ、それなら図書館の方、私が行ってくるよ」
「ありがと、先生には私のほうから伝えておくから、ゆっくりでいいからね」
メモを受け取り、教室を出て、図書館に向かう。
ちょっと一人になりたかったこともある。
これで叶う。
しかし、クラスメートと話すのにも慣れたものだ。
とても、人間嫌いに近いレベルで屋上に待避していた人間と同じであるとは自分でも思えない。
そのおかげか、廊下を歩く足どりも軽い。
他の生徒がいても全く緊張しなくなっている。
もっとも、今日は数学の授業で上手くいって、肩の荷が下りているのも、あるだろうけれど。
教師に指名された問題はチンプンカンプンで、そもそも何が問題なのかもわからなかった。
どうしようもないので、もういいや、正体バレても、と開き直り「わかりません」と答える。
すると、「それで正解だ。この問題は前提となる情報が不足しているからそれが解答になる。まったく、穴山お前という奴は」と言う思いがけない展開になり、結果としてさらに名声が高まってしまった。
彼が「もうお前に出す問題はなさそうだ」と言っていたので、これ以降変に当てられることもないと考える。
運が良かったといわれればそうだろう。
でも、今日はここまで、上手くやれている。
そんなことを考えながらも、彼女の頭を過るのは彼らのこと。
まだ、誰も自分のところに来ていないということは戦いが続いているのだろう。誰が来るのかはわからないけれど、自分はそれを受け入れなければならない。
個人的には、ソウジをやっぱり応援したいけれど、どの英雄にも負けて欲しくはない。
彼らは、皆、人と接しようとしなかった私の頑なな心を、溶かしてくれた存在。
こうして、自分が上手くやれているのも、先に彼らと、ふれあっていたからだと思えるのだ。
今でも、人が信じられるかと言われたら、『はい』とはまだ言えないけれど、『はい』と言いたい気持ちにはなれると思う。
それを示したかったから、逆に彼らの戦いを認めたのだし。
ああ、でも気になって仕方が無い。
彼女がそうつぶやいていた時、目の前に人影が現れた。
「!」
学生服の前は止めておらず、下に来ている派手なTシャツがむき出しになっている、ツンツンした髪型でガタイの良い男子生徒。
あきらかに不良。殺気だった目でこちらをみている。
右手にバットを手にしており、物騒なことこの上ない。
いや、どう見ても、こちらを狙っている!?
「よくも恥かかせてくれたな、ブッ殺す」
言うなり、両手で持ったバットで殴りかかってきた。
佐保理は恐怖の余り足がくだけ、頭を抱えたまま崩れ落ちる。
不良のバットは目標を失い、そのままガラス窓へ向かう。
窓が割れた音がした。
しかし、覚悟していた次の一撃が来ない。
彼女が目をあけると、不良は窓に食い込んだバットが抜けずにイラついているようだ。
今しかない。
不思議なことに、足はさっきのフラフラが嘘のようにしっかり動いてくれて、走り出すことができた。
「ここんとこ、いろいろあったもんね。特異点は伊達じゃないとこを見せなきゃ」
階段を降りて、この棟から外に出れば、きっと誰か助けてくれるに違いない。
ガラス窓が割れた音だってしたのだから、きっともう誰か気づいてる。
希望を胸に、階段に向かって、とにかく彼女は走った。
階段に辿り着くと、ジャージの男子教師が一人踊り場から登ってくるのに出くわす。
これ幸いと、彼女は助けをもとめて走り寄った。
「せ、先生。助けてください。ふ、不良な人がバットもってて……」
言いながら、かの人物の顔を見て、彼女は凍り付く。
上方にいる自分に向けられたその顔は、紛れもなく、あの、セクハラで懲戒解雇確実、という体育教師だったのだ。
「お前が俺に助けてくれとはな、どの面下げて言ってるんだよ! あ!」
迷わず後ろを向き全力で走る、と、その先に先ほどの不良がいるのに気がつき、方向転換、彼女は屋上に向かって階段を必死で駆け上がった。
辿り着き、すぐに扉の鍵を締めることに、成功。
この屋上の扉は、内側に鍵があるタイプだ。
おそらく生徒が屋上に行かないようにそうなっているのだろうが、外から締めてしまえば鍵が無い限りあけられない。
どう考えてもあの二人は鍵は持っていないだろう。
ようやくこれで一息つける。
扉をバットで叩くような音、体当たりする音がする。
一瞬ぎょっとして眺めたが、扉は揺れてはいるがびくともしていない。
毎日来ているから知っているが、あの扉は意外に分厚くて頑丈だ。
普通の人間の力で開く訳がない。
気を張っていたのが解けてしまったのか、屋上の床にへたり込む。
しかし、まだ、安心するのには早かったのだ。
目の前で、扉の真ん中が急にこちらに向けて盛り上がったかと思うと、鈍い音を立ててひしゃげた。
そして、信じられないその事実に、さらに追い打ちをかけるように、その隙間の空いた空間から信じられないものが現れた。
全身焦げ茶色の毛に覆われた、異形の化け物が二体。
口は前に突き出し牙を向き、両手には鋭い爪が光る。
その目は爛々と赤く輝き、くすぶるような低いうめき声をあげてこちらを見ている。
二本足で立っているが、やや前向きなその状態でも、2メートル以上はあると思われた。
まだ力のかろうじて入った足を酷使し、佐保理は屋上を逆側に走る。
しかし、それは最期の時を引き延ばすことでしかないことは彼女にもわかっていた。
迫る二体の化け物、後ろの柵の向こうにはもう何もなく、どこにも逃げ場はない。万事休す。
「ごめんな、佐保理。俺、今日はお前のこと守れないから」
朝の去り際にソウジの言っていた台詞が頭をかすめた。
こっちこそ、ごめんソウジ。
もう会えない。
振り上げた手の先の鋭い爪が日光を反射して近づいてくる。
彼女は、恐怖に耐えきれず目をつむった。
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