第61話 めぐり逢い

「ようやく来たのね。遅いわ、待ってたのよ」


 暗がりの中、神棚に点された灯りが、微妙に周囲を照らし出している。


 その声と共に浮かび上がったのは、紛れもなく、あの、『どうぶつふれあい小屋』で出会った彼女の姿だった――





 朱色の鳥居をくぐり奥へ進む虎達。

 その前には、また鳥居、また鳥居と、鳥居が連なっている。


「鳥居を『通る』に願い事が『通る』、が重ね合わせられていてな。稲荷神社には、願いが成就した者、願いの成就を祈る者が鳥居を奉納する慣習があるんだ。鳥居がたくさんあるのはそのためらしい。願望成就の神様っぽいよな」


 虎の顔から疑問を読み取ったのか、波瑠が解説してくれた。


 なるほど、鳥居の数は、これまで人が神に捧げた感謝と願望の数ということか。


「でも、こんなテーマパークの中に、霊験あらたかそうな神社があるのって、不思議ですね」


「この神社自体は、古くからあるみたいなんだ。神社のあったところに、テーマパークが出来たというのが正しい。神様をどかすわけにはいかないから、そのまま祀られているというわけだ。この神社目当てで、高天原に来る客もいるみたいだから、あやかれてはいるんだろうな、商売繁盛」


 ここの守り神でもあるのだろう、と波瑠は付け加えた。

 

 守り神か……、自分の身も守ってくれるのだろうか?

 虎は、手に握りしめた三枚の紙に力を込めた。


「ダーリン、大丈夫?」


 後ろから追いついてきた佐保理が、気遣うように虎に声をかける。


「だ、大丈夫……なんてこと……ないさ」


「でも、それ……」


 虎の手に握る紙を指さす。


「三回連続で大凶は、私も初めて見た……」


 そう、波瑠の言うとおり、三枚とも大凶なのだ。





 ようやく自分の番が来た。

 百円玉を投入し、右手に念を込めて、レバーを回す。

 コトンと音をたてて、カプセルが落ちる。


 期待に胸を膨らませながら、カプセルを開ける。


 ……!


 大凶……無念。



「これ、大凶しか入ってないとかないよな?」



 おそるおそる周囲に確認する虎。

 自分が最後だったので、既に全員ガチャ神籤を引いている。



「ごめん、とら。私は中吉」


「私は大吉でしたよ、秋山くん。なんだか神の祝福を授かった気分です。きっとカードなら星五とか、ウルトラレアとかそんな感じですね」


 申し訳なさげな直に、勝ち誇る市花。

 クラスメートの2名の運勢は良いようである。



「私は凶だったな。どうやらワンダフルランドで幸運を使い切ってしまったらしい。ならば、本望だ」


 波瑠は、凶を引いたというのに清々しい顔をしている。

 スーパーポジティブ。



「私も凶でした。ダーリンと一緒がよかったのに、一歩及ばなかったよ、残念」


 佐保理のお神籤は、もはやその意義を成していないらしい。

 ともあれ、変に落ち込まないのはよかった。


 

 問題は、自分自身。

 ここはもう、漢らしくないと言われるのを承知でいこう。


「俺、もう一回引いてみる!」




 まさか、その後二回引き直して二回とも大凶が来るとは思っていなかったのだ。


 そして、四回目は、カプセルが無くて、引けなかった。



「秋山、逆に考えるんだ、これは確率的には凄いことだぞ。一般的に大凶は、大吉よりも枚数が少ないというからな、つまり大吉三回よりも凄いんだ、お前は」


 一生懸命慰めようとしているのはわかるのだが、その内容はいつもどおり明後日な波瑠だった。



「ダーリンには、私がついてるから大丈夫だよ! 私も凶子ちゃんで申し訳ないけど……」


 そのまま落ち込む佐保理。

 こちらは、もう、頭を撫でるしかなかった。



「あれ、そういえば、直と市花は?」


 二人の姿が見えない。


「直ちゃんは、少し頭痛がするんだって。市花ちゃんもいつもより口数少なかったかも、疲れてるのかな。二人とも、さっきのお神籤の近くにあったベンチで、休んで待ってるって言ってた」


「そうか、大丈夫かな、直」


 直は、体調の不良などをあまり自分から訴えないタイプだから、ちょっと心配である。


 市花がついているのであれば問題ないとは思うのだが。


「ふむ、二人の分も祈らなければならないな」


 波瑠は、右手を握りしめる。


「あ、これが最後の鳥居なのか、って、ええええ!?」


 二人と話していた虎は、ようやくその異様に気がつき、驚いた。


 今日は何度も驚いているが、その中でも一番に近いのではないか、と自分でも思ったほどだった。


 最後の鳥居は、大きな岩の手前にあった。


 岩は鳥居よりも遙かに大きかった。

 上を見ると、この岩は右手の山の斜面に入り込んでおり、どこまで続いているのかわからない。


 どう考えても、普通の一戸建ての家よりも大きい、その何倍もありそうである。


 この岩により、一見行き止まりのように見えたが、よく見ると、岩の下にしゃがめば入れそうなくらいの隙間がある。


「びっくりしただろう。これをお前に見せたかったんだよな。ここは、岩屋になっていてな、ここから入るんだ、ついて来い」


 そう言うと、波瑠先輩は、しゃがんで隙間に入っていった。


 虎と佐保理がそれに続く。



 この隙間自体は数メートルほどで、終わった。


 虎は腰を上げて周囲を見回す。



 岩の中は、どこからか光が入ってきていて、そこまでは暗くない不思議な空間になっていた。

 見回すと、どうやら一つの岩ではなく、複数の岩の組み合わせで、できているらしい。

 三人入ってもまだ余裕がある、虎の部屋くらいの広さはありそうだった。


 なるほど、岩でできた部屋。

 だから岩屋なのか。


「ここは玄関みたいなところらしいんだよな。神社の社はこっちにあるからついてきてくれ」


 波瑠は右手を指さした。

 よく見ると、岩に大きな裂け目があり、そこから更に別のところに通じているようだ。


 またも、案内の波瑠の後に続く。

 今度の裂け目は、ちゃんと道のようになっていて、通れるのは一人ずつだったが、普通に立って歩いて行けた。


 そして、次の空間に出る。


 そこには、正面に小さな社があり、その近くには蝋燭が何本か並べられ、それが灯りとなって周囲を照らしていた。


 広い空間。

 先ほどのところは、虎の部屋くらいだったが、今いるここは、教室くらいの広さがあるようだ。


 虎は、足を進めようとして、気がついた。 

 社の前にいる人影に。



 蝋燭のたゆたう灯りに照らしだされたドレス。

 サイドに流した三つ編み。

 忘れもしない、彼女は……。



「あ、あなたは、保健室の!」



 彼女の姿を見るなり、佐保理が叫んでいた。


 保健室? ということは、目の前の彼女が……。



「そうか、お前が四人目なのか」


「え、波瑠先輩、知ってるんですか?」


「知ってるも何も、こいつはウチの高校の生徒会長だぞ」


「「ええええええ」」


 虎と佐保理のリエゾンが岩の壁に反響する。


 正面にいる彼女は、表情を崩さぬまま、波瑠の方に向いた。


「こいつ呼ばわりはひどくないかしら、北条波瑠」


「そうだな。少なくともウチの部は、屋上の件と武道場の件でお世話になったみたいだからな。礼を言うよ、生駒いこま徳子のりこ


 虎でさえ慇懃無礼であると思わずにいられない、この波瑠の言い方に対し、相手は眉をぴくりともさせず、平坦な言い方で返してきた。


「相変わらず男の様なしゃべり方をしているのね。もう三年生なのだからそろそろ、その粗暴な口調をやめたらいかが?」


 まるで、波瑠のことを良く知っているかのような話しぶりだ。


 内容は辛辣であるが、あくまで柔らかい物腰。

 そのため、少し冷たさは感じなくは無いが、お嬢様の印象は全く崩れない。


「大きなお世話だ。それで私に、キョウケンに何の用だ。まさか、私に話し方の手ほどきをしにきたわけではないのだろう」


「察しだけはいいのね。では、単刀直入に言うわ。あなたたちのやっている活動をやめて欲しいのよ」


「何だと!?」


「屋上の柵、床の一部の破壊に、裏庭の器物破損。武道場の一部損壊。学校にどれだけ迷惑を掛けているか、わからないあなたではないでしょう?」


 彼女の言うことは尤もだ、ぐうの音も出ない。

 実行犯である虎は、反省のあまり平伏したくなったほどだった。


「学校に迷惑を掛けたのはあやまる。だが、あれは必要な犠牲だったんだ、やむを得なかった」


「……何が言いたいの?」


「困ってるやつを放ってはおけないだろう。全て知っているお前ならば分かると思うんだが」


 なぜか、この時、佐保理が虎の左手をギュッと握ってきた。

 虎が驚いて彼女の側を見ると、すっきりした、といった顔でこちらに向かって頷く。


「わからなくはないけれど、やり方はあるでしょう。今のやり方を改めないのであれば、こちらにも考えがあるわよ」


「上等だ。矢でも鉄砲でも持ってくるがいい!」


 虎と佐保理が止める間も無く、波瑠の啖呵は空間に響いていた。

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