第60話 神々の領域

「もちろん、私は、今回の計画を誰にも話していないぞ」



 隣を歩く波瑠が、疑問に答えてくれた。



 やはりそうか。


 だとすると、あのゴスロリ先輩は、どうやって、今日ここに来たのだろう。



 もしかして、ストーカーというやつか。


 しかし、真にストーカーであれば、置き去りにされることはないのではないかと思われる。


 今頃、連れ去られて、車の中に詰め込まれるとか、家の中に閉じ込められるとか、そういうのがストーカーではないだろうか。


 ……お近づきになりたくない。


 そもそも、これはあくまでドラマや漫画からの推測にすぎないから、杞憂かもしれないが。



 思い出せるキーワードは、『一人になるのを待っていた』、『確かめたい』。


 金縛りにして、彼女は何を確かめていたのだろう。

 愛、ではないことは確かだと思える。

 愛ならば先に何かしら思い的なものを伝えてくるだろう。そんな言葉は一切無かった。


 もしかして、行為の記憶が無いだけで、実は体に何かされていたりするのだろうか?


 あの時の気持ち悪さの正体がわからないのが恐ろしい。


 今は一見回復しているが、実はヴァンパイアになっていたり、魔物の卵を植え付けられていたりしたら……。


 虎は、妄想のあまり、激しく八握剣で自分の体を斬りたい衝動に駆られていた。


 体を傷つけることはないから、こういう時には最適な武器だ。


 一家に一台八握剣!



「お前、その顔は、また考え過ぎてるな。おおかた、さっきの不思議なお嬢様とやらに、何かされたんじゃないかと考えてるんじゃないか?」


「波瑠先輩?」


 考え事に入り込みすぎていたので、この一言は、不意打ちのように虎には思えた。


「ちょっと言いづらいな。でも、この際だから、いいか。よく考えろ、お前は夏までは死なないぞ。そして死ぬ原因は……だ。だから、それまでは大丈夫だ。私が保証する」


 そうだった。


 そもそもヴァンパイアならあの状況でも不死だろうし、エイリアンの卵が入っていたとしても生まれる前にお陀仏だ。


 有り得ない、こう考えれば、全て妄想として片付く。


 波瑠は、気にすることのむなしさを教えてくれたのだと、虎は悟った。



「波瑠先輩は、俺の言ったこと信じてくれるんですね」



 虎は、実在が不明な、ゴスロリ先輩のことを、波瑠が、当然いたものと認識してくれたのが嬉しかったのだ。



「お前が嘘をつくようなやつでないことは私が一番知っている。それに、そいつはどう考えても十種の能力者には違いないだろう。気持ち悪くする。それだけではどんな能力か判断がつかないがな」



 こんな時でも、いや、だからこそ、冷静な波瑠に虎は感服していた。


 しかし――



「おやおや、どんなラブラブ会話をしてらっしゃるのかと思えば、十種のお話ですか? そんな色気のないことではいけませんよ、北条先輩! 私が楽しめないじゃないですか」


 いきなり市花が会話に割り込んできた。



「穴山さんと休戦中だから、北条先輩にとらを預けてたんですが、やっぱり正解でした。私は信じてました。信じてます」


 直がしきりに頷いている。

 あの雰囲気は休戦中だったのか。



「わかんないよ、直ちゃん。さっきのモフモフゾーンで、二人してどこかに消えてたから、見えないところでは、先輩、ダーリンに抱きついちゃったりしてないかなーって、私はちょっとじゃなく心配してる」


 疑い深そうな顔の佐保理。


 波瑠が若干目をそらしたのに気づいていないことを、切に祈る虎だった。


 前に、争いたくないと言っていたのは、こういう意外に鋭いところがあるからなのかもしれない。



 ここは助け船を出すべきだろう。

 なんとなく。

 漢として。


 今、波瑠以外の全員が気になっていることは、これだろうか。



「は、波瑠先輩、パワースポットってそろそろですか?」



 そう、今は、モフモフの楽園を後にし、この高天原の一つの柱であるというパワースポットに向かっているところだ。




 虎から謎のゴスロリ女子の話を聞いた後も、彼の調子が悪そうなのを気にしたのか、またまた波瑠が、突拍子も無いことを言い出した。


「よし、ならば神の力を借りよう」


「ええっ、今ある十種で何かできるんですか?」


「馬鹿モノ、できるわけないだろう。予見、創造、浄化の3つしかないんだぞ。元気出る系の十種はここには無い」


「元気出る系!? そんなのあるんですか?」


「一応つや様に聞いたことがあるんだ。持ち主の生命力を高める効果があるものもあるらしい。もっとも、十種は所有者で微妙に性能が変わるらしいから、確定ではないかもしれないがな」


「なるほど。でも、十種じゃないってことは……どうやって借りるんです? 神の力」


「ふっふっふ、秋山、ここをどこだと思っている」


「どこだ、って、高天原?」


「そうだ、神々の住まう天の国の名を冠するだけにパワースポットがあるんだ」


「「「パワースポット!?」」」


 珍しい虎、直、佐保理のトリオのユニゾン。


 市花は、例によって知っているのだろう。


 そういえば、直と佐保理は、実はこのテーマパーク側には来たことが無いのだと言っていた。


「つまり行くしか無いわけです!」


 市花がここで決め顔をつくってきた。




 それから、『どうぶつふれあい広場』を後にして、西に向かって歩いた。

 いつのまにか道の周りは木々に囲まれており、なんとなく、神秘的なムードが漂ってきていると言えなくも無い。



「丁度見えてきたな、あれだ、あれ」



 波瑠が指さす。

 そこにあるのは赤い鳥居……?


「こんなところに、神社、があるんですか?」


「神社と言えば、神社だが、鳥居の上に天空稲荷大明神と書いてあるだろう。お稲荷さんだ、お稲荷さん」


「名前を聞いたことくらいはありますけど、でも、やっぱりわからないんですが、お稲荷さんって、どういう神様なんですか?」


「秋山……あんまり言うと、イジメっぽいからもう言わないが、とにかく頑張ってくれ、お前には真に期待してるんだからな。お稲荷さんといえば、ウカノミタマという神様だ。スサノオの娘、五穀豊穣を司る農業神で、狐を眷属とする神だな」


「農業の神様か、確かに重要そうではありますね」


「うーん、祭られている理由はちょっと違うかもな」


「どういうことです?」


「植物が実を結ぶことから、『願望成就』の神にされ、さらに『商売繁盛』の神様ともされていて、江戸時代くらいから爆発的な人気を誇っていたらしい。まったく、やること多くて大変そうだよな。同情する」


 なんということだ、神様が同情されている。


 しかし、願望成就の神というのは良いかも知れない。

 ここは、十種を集められることを祈っておこう、と虎は思った。



 最初の鳥居に辿り着く、なかなか立派で濃い赤色は手入れもよくされている。

 いるのだが、虎は脇にある、街のどこかで見たようなことのある物体が気になった。


 その物体は上部が透明なプラスチックになっていて、中にプラスチックの丸い容器がたくさん入っているのが見える。

 正面には、「おみくじ1回100円」と書いてあり、下に回す取っ手がある。



「こ、これって……」


「ああ、ここの名物の、ガチャみくじだ。お前も好きだろうガチャ」



 それはガチャ違いだと言いたくなる。

 なんだか、御利益が心配になってきた。



「なんだ、やらないのか、なら私がやるから、どくんだ。そうだ、あっちのプラケースに絵馬もあるから、気が向いたら買うといい。狐の可愛い絵柄で実は女子高生に大人気なんだぞ」



 見ると、確かに、金魚を飼う水槽くらいの大きさのプラケースに、絵馬1枚300円と書いて張ってあり、波瑠が言ったままの絵柄のものが中に数枚にあった。


 もうちょっとこれ、荘厳な感じにできないものだろうか。

 女子高生、ってまさか波瑠先輩だけじゃないよな?



「不満なのか? これは仕方ないんだよ。むしろ神を尊重しているからだとも言える。奥にいけばわかるさ」


 虎の顔から、思いを読み取ったらしい波瑠だった。

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