第114話 ラビリンス 3 妖刀と神弓

「秋山先輩。大丈夫ですか?」


 ……一撃が来ない!?


 この声!?


 虎が目を開けると、そこには――



「く、菊理くくり……」


 巨人の足を、あの小柄な少女が片手で止めていた。



「今日の相手には全力を出して良いそうですから、手加減はしません」


 次の瞬間には、巨人のお腹に右ストレートをたたき込んでいた。


 目が良いと言われる虎ではあったが、突然のことに何が起こったのか思考が追いつかず、ふっとんでいく巨人と、右手を突き出す菊理の姿でそれを事後に判断する形になった。


 菊理はその後も、相手に反撃させる暇を与えず、ジャブを繰り出し、防戦一方の相手の足を払い、倒すと渾身の一撃を放った。


 がくりと首を倒す巨人。


 そのまま、光の雫となって消えていった。


 瞬殺。そんな言葉が頭を過る。



「あ、あれ? あいつら消すのに八握剣やつかのつるぎはいらないのか……?」


「ダメージを与えて倒せば消えるみたいですね。それにしても上杉さん、あの格闘のセンス、とても素人とは思えません……」


「ええっと、実は体のコントロール覚えなきゃって、ちょっとだけ山ごもりをしてたんです、その、熊と戦ったり……」


 聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。

 どこの空手家、格闘家だよ。


 あ、菊理……。

 

 思い返すと、つや様はあの時、消える前、方法があるようなことは言っていた。今は、それを信じるしかないか。


 変に沈んでいたら、彼女も気にするだろう。



「あの、先輩……恥ずかしいです」


 気がついたら彼女の頭を撫でていた。



「す、すまん! いやその菊理が可愛かったから……」


「可愛かったら撫でてしまうのですか、秋山君は!」


 しまった、冬美の機嫌が悪くなっている。

 あわてて、菊理の頭から手を離す。



「私、可愛くないから撫でてもらえないんですかね……。えっ……」


 もちろん撫でた。

 やっぱり冬美、自分も『可愛い』ということがわかってないみたいだ。

 そんな台詞言われたら、男は困るだろうがッ!



 このように戦い終わり優しい一時だったが――



「秋山先輩! 蒲生先輩! あぶない」


 突然宙を飛ばされた。

 冬美と一緒に菊理に抱きかかえられて。


「いきなりどうしたんだよ、菊理……何ッ!?」


 今までいたあたりに、矢が突き刺さっている。



「ほう、この鎮西八郎ちんぜいはちろうの矢を避けたか。素晴らしい感覚をもっておるな、そこのわらべは」


 禍々しい赤い和風の鎧に身を固め、左手に長い弓を持つ長身の男。


「……」


 その横に無言で立つ、浅葱色の模様の入った羽織を纏い、鉢巻きをさらりと流して、黒い闇に包まれた剣を手に持つ細身の男。


 さらに、いつのまにか周りを、平安貴族が着ているかのような衣を纏った、無数の仮面の人影が囲んでいた。

 手には長い棒状の武器を持っている。



「会長、予備の刀をください」


 冬美の声に、黒い袋を持つ会長といぬいが姿を現す。



「はい、これ。申し訳ないけれど、私は脇に避難させてもらうわね。どうしてかわからないけれど、彼らは全く私を襲う気配がないから」


 実は会長はいぬいが武蔵との戦いで能力を使用したとき以来、ずっと校舎から出てすぐのところで体育座りしていた。丸見えの状態で。


 緊張感が削がれるので、見るのをやめたのだが、あの無防備な状態の彼女が襲われないのは確かにおかしい。


 武器を持っていないからだろうか?

 そんな紳士な敵は敵では無い気がするのだが。


 敵ではない……?



「あー、じゃあ会長、アタシも戦闘参加するよ。周りの数多いからククリン一人じゃ大変そうだし」


「そうね、お願いするわ」


「お、おい、それ何だ?」


 乾が逆手に持った武器は……木?


「ああこれね、霊木の短剣ナイフ。いいだろ~、つや様にもらったんだよ。法力が込めてあるから魔物とかには効くんだってさ。今回はイケるんじゃないかなって」


 なるほど、つや様か。

 冬美の話で、昨年は、生駒先輩と乾と一緒に活動していたことはわかったけれど、それだけにわからなくなったこともある。


 聞きたいことがたくさんある。

 絶対にもう一度会わなければ。

 そのために、目の前にいる沖田総司達を、倒す。



「というわけで、周りの平安時代は任せてくれ、とらきち。ククリン、リズムあわせていくよ」


「は、はい、細川先輩」


「秋山君、私が弓の男を受け持ちます。ダンダラ羽織の方、お願いしますね」


「沖田総司か……一度手合わせしてるから、何とかなるかな。頑張ってみる」


 四人がそれぞれの敵に向かい武器を構える。


 そして戦いは始まった。



「ふん、竹の刀で挑まれるとはな。だが、獅子は兎にも全力でかかる。悪く思うなよ」


 赤鎧の武者が弓を振り絞り、天に向かい放つ。

 矢は中空のとある天まで達すると、光となって、冬美に降り注いだ。


「冬美ッ!」


 沖田総司と距離を取って向き合いながらも、叫ばずにはいられなかった。

 冬美の居たところに……大きな穴が開いていた。


 あそこにいたはずの冬美は……。



「相手が女子供でも容赦の無い、鎮西殿。あれでは、欠片も残るまい……むっ!?」


 穴から光の筋が、そしてそれが次々と増え、目映いばかりに周りを覆う。



「蒲生先輩!?」


「あちゃーあいつ冬ちゃんを怒らせたね。怖い怖い」



 鎌首をもたげて鎧武者を睥睨する黄金の大蛇。



『本気で……殺らせていただきます……』


「ほう、これは戦いがいがありそうだ」



 大蛇と鎧武者。

 物語ならば、鎧武者が主人公側だろう。

 だが、あの美しい蛇はひと味違う。

 神だ。女神だ。

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