第115話 ラビリンス 4 七人目

「綺麗だな、彼女は」


「沖田総司、お前……」


 先ほどから疑問に思っていた。

 あの裏庭の時と異なり、まったく殺意が感じられないのだ。


「役目とわかっていても、為朝ためとも殿のように徹することは俺にはできない」


 やはり、こいつは……。


「お前達は佐保理の創ったものなんだろう。もしかして佐保理……なのか」


「……」


 これに対しては無言だった。

 それが答え、か。


「我が主を、佐保理を救って欲しい。彼女は悩んでいる。苦しみにとらわれている」


「お前……」


「さあ、その剣で斬ってくれ、気を抜くと、この剣をお前に向けてしまいそうになる。佐保理が悲しむから、それはしたくないんだ」


 ……


 斬


 光の雫となり消えるとき、沖田総司がありがとうと言っているように思えた。

 佐保理に何が起きたのかはわからないが、確かにその想いは受け取った。



 いけない、一人で戦っているわけではないのだ。

 センチに浸っている場合じゃない。

 女子勢は大丈夫だろうか。


 ふり向くと、丁度、赤鎧の武者が、冬美の放つ光線に身を貫かれていた。



「ぐっ……わ、我の攻撃を全て跳ね返すとは……」


 武者は弓を手放し、膝をついた。



『穴山さんがそれを望まないからでしょうね。では、ひと思いにいきます』


「ここまでやれたならば、本望よ」


 その台詞の後、蛇神の口から再度放たれた光線で、武者は消えていった。

 口元に浮かべた微かな笑みを残して。



「相手以上に容赦無いのが冬ちゃんの怖さだよなー。とらきち覚えておけよ。次は多分とらきちがああなる候補だからな」


 横から物騒な事を言う声。


いぬい! どういう意味だよ!? っていうかお前、全部菊理くくりに任せっきりか? サボりかサボりマンなのか!」


「人聞きの悪いことを言わないでほしいなー。アタシ女の子なんだから、それ言うならサボリウーマンでしょ。あとね、もうとっくに終わってるし」


 確かに周りにいた大勢の影は、今は全くいなくなっている。


「何? どういうことだ」


 乾が意味ありげに指さす方向を見る。

 そこには、平安時代風の衣装を着た子供が縄でぐるぐる巻きにされて正座させられていた。


 側に菊理がついているから、あれは逃げられないだろう。



「頭を使うんだよ、頭を。ゲームでもああいう多数の敵を操ってる親玉がいるはずだろ。戦闘はククリンにまかせてさ、アタシは姿を消して全体の動きからそれを探ってたわけ。だいたいパターンでわかったから、後ろからふん縛って、脅迫して、おしまい」


 確かに考え方としてはわかる。

 しかし、わかるのとそれができるのは別だ。

 どこの特殊部隊所属だというんだよ。

 手際が良すぎるぞ。


「乾、どう見ても子供相手にお前のほうが容赦ないぞ、怖いぞ。そして卑怯だぞやっぱりお前の能力」


「ふはははは、『卑怯は最高の褒め言葉よ!』言ってみたかったんだよなーこの台詞。本当にわかってるなー、とらきち」


 それまでおちゃらけていた乾が急に真面目な顔になって、近くまで迫ってきた!


 ち、近い。

 吐息を……感じるだろうが。


「もし冬ちゃんがお前のこと嫌いになったら、アタシと付き合ってくれ」


「な、何を言い出すんだよ、急に」


「あははは、赤くなってやんの~」


 笑いながら遠ざかる乾。

 何だったのだろう、今の一瞬のイイ顔は……。



「乾、そろそろいいかしら? 冬美が戻ってるから、この着替えをあげて。それから、秋山君、絶対にあちらは向かないように。もし向いたら……わかってるわね」


 怖い顔の会長。

 本能が告げている、危険だと。

 そのつもりは無くても、怯える虎だった。


 嫁入り前の娘をガードする姉? 母親?

 そんな雰囲気。



 乾は言うまでもないだろう。

 指示を受けたと思いきや、そそくさと鞄を持って、見てはいけないと言われた方に向かった。



「では、私は私の役割を。この子はあの時の子ね。穴山さんの創造した一人か……うん、やはり心には触れられないわ」


 身動きのとれないどう見ても子供を前にして、腕を組む生駒いこま会長。


「捕まってしまってはいたしかたありません。私は安倍あべの晴明せいめいと申します」


 こくりと頭を下げる。

 その顔を彼女はじっと見つめている。


「あの時も思ったけれど、創造したものに意思があるように見えるというのが何より恐ろしい力ね。でもこれで犯人は確定したことになる、か」 


「生駒会長、それはまだ早いんじゃ」


「秋山君、君が彼女のことをどう考えているのかは知らないけれど、彼女はあなたのことが好き。それはわかっているのでしょう?」


「そ、それは……」


「彼女が犯人であるとするなら、あなたと二人きりになった女の子をさらう動機があることになるわ」


 反論はできない。

 でも、それでも……


「でも、俺には、佐保理がこんなことをするなんて、信じられないんです! あいつは、『辺津鏡へつかがみ』に呪われてから、自分の感情を押さえ込んで、ずっと我慢に我慢を重ねてるんですよ」


「だからよ」


 興奮する虎を制すかのように、短い言葉、平坦な口調で生駒は言った。


「えっ」


「使い手ではあっても、呪われていないあなたにはわからないかもしれないけれど、十種神宝の呪いは、溜め込まれるの」


「ど、どういうことですか?」


「そうね、例えば蒲生は、気が満ちると、本人の意思に関わらず大蛇になってしまうわ。だからあの子は時々人に見えないところで、制御できるうちに大蛇の姿になっているの」


 以前、菊理の前で告白されたあの時は納得したつもりでいたが、深く理解していなかったことに気付かされる。


「それから、乾は、一日のうち、透明になってしまう時間が決まっているの。それであの子は、なるべく自分の意思で透明になるように務めている。でもね、普通に生活するためには透明では困るのよ。だから、その時間は大抵家に籠もってゲームをしたり、映画を見たりしているわ」


 あの趣味の塊のような部屋の裏にはそんな事情があったのか。


「私も似たようなもの。能力を使っていないと、突然流れ込んでくるのよね、周りの思考が。そうね、大音量のスピーカを耳の近くで鳴らされる。あんな感じ。だから、能力を使わざるを得ない」


 あの時の狂っているそぶりは、ブラフだったのだと思ってはいたが、これを聞くと本当なのではと思えてくる。


「大蛇と透明に比べればたいしたことないようでしょうけれど、見たくも無い映画やテレビを延々と見せられることを想像すれば、辛さがおわかりいただけるかしら」


 ……もう何も言えない。言う資格がない。


「だから、私は、波瑠から話を聞いたときに、波瑠自身もそうだけれど、穴山さんも心配だったのよ。能力を使わないでいれば、いずれ暴走することになるから」


「そんなことって……」


「彼女を救いたいのであれば、彼女を信じなさい。信じてもらえないのが一番辛いのだから」


「は、はい」


「さて、では、洗いざらいはいていただこうかしら、穴山さんと他の子達がどこにいるのかをね……えっ!?」


 目を大きく見開く会長。


 目の前にいる安倍晴明の胸から剣の先がのぞいている。

 彼は、弱々しく会長の方に手を伸ばすと……光の雫となって消えていった。


 いつの間にかいたのだ。

 剣を持つ人物がそこに。


 漆黒の衣を身に纏う小柄な童子。

 彼は、安倍晴明に突き刺した剣をふるい、そのまま腰に差す。

 無表情。



「お、お前は会長の家にいた……」


「タケルッ!?」


 丁度戻ってきた乾が叫んだところで、彼は無言のまま、スッと姿を消した。

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