第116話 ラビリンス 5 ヤマトタケル

「どういうことだ、いぬい!?」


「とらきち、そんなことアタシに聞かれてもわかんないよ……」


 力無く肩を落とす乾。



「今のはいったい誰なの? 乾も秋山君も知っているようだけれど」


 意外な言葉。

 生駒会長は、自分の家に彼がいるというのに、その事実を知らなかったのか……。



「いや、その、ええっと……」


 悩んだ。

 乾から、会長にはタケルと会ったのをナイショにしてくれといわれているのだ。

 自分は、会長がタケルを誰にも会わせないようにしているためだと思っていた。

 まさか、会長が知らないからだったとは。

 しかし、そうであっても、約束は約束だ。



「とらきち、いいよ、ノリスケ会長にはあたしが言う。ごめん、会長、実はアタシの勝手で拾ってきちゃったんだ……」


「拾ってきた!? どういうこと、詳しく聞かせて」


 乾は、ぽつりぽつりと語り出す。



――――――――――――



 あれは四月。

 まだちょっと肌寒いくらいの頃だった。


 さおりんのいなくなった屋上でアタシはお昼寝をしてた。

 扉は新しいのになったうえ、生徒会の張り紙がしてあるから、絶対に誰にも邪魔されない。まさにパラダイス。


 もっとも時間を稼ぐために透明になってはいるんだけどね。

 寝てる間は戻っちゃう時もあってこういう場所は貴重なんだ。


 ノリスケ会長にあんまり迷惑かけるのも、ね。


「!」


 まどろんでいたアタシは人の気配がするのに気がついた。

 気になる。おかしいよね。

 この屋上に人が入れるわけないんだから。


 気配のする方を見ると、そこには、小さい男の子がいた。

 どう見ても小学生。

 どうやって入ってきたんだろう?


 アタシは透明なまま近づいてみたんだ。


 不思議な格好だった。

 白いふわふわした服装をしてて……何て言うんだろうな、やわらかい柔道着というか、オール麻のパジャマみたいな感じ?

 つまり、普通の子じゃないなって思った。


 もっとも少年らしく半袖短パンでこられても完全に密室な屋上にいる時点で困るんだけど。


 あともうひとつ驚いたのは……手に剣もってるんだよ、剣。

 ゲームみたいな。

 刀じゃなくて両刃な感じね。

 ってこれ、とらきちくらいしかわからないか。


 とにかく小さい子がそんなの持ってちゃいけないってアタシは思ったんだ。

 ひょいって、横からぶんどってやった


 目の前にいきなりアタシが現れたからびっくりしてたなーあの子。


「か、かえせよー」


「だめだってば、小さい子がこんなの持ってちゃ。めっ!」


 抵抗するから、冬ちゃんがよくアタシにやる「めっ!」をやってみた。

 このときはまだ、冬ちゃん生徒会には入ってなかったんだけど、生徒会室には時々遊びにきてたんだよね。


 何でかわかんないけどお姉さんぶるんだよなあ、冬ちゃん。

 同い年なのにさ。


 でも、半年たっても体の件で、まだ悩んでて、クラスにも部活にも溶け込めてないから心配だった。


 ほら、あたしの呪いも似たようなもんだから、わかるんだよ……。

 それでかな? ノリスケ会長しか家族がいないアタシにとってはもうひとりの家族が出来たみたいに考えてた。


 いけない脱線だ。いまは屋上の男の子の件だった。


 剣を持って逃げるアタシ、それを追いかける男の子って感じで、しばらく追いかけっこしてたんだけど、最後はお互い疲れちゃったんだよね。

 二人ともぐでーん。だぶる、のっく、あうと。

 そしたら倒れてから目と目があってさ、気がついたら二人で笑ってた。

 可愛いなって思ったのさ。

 え? 柄にもない? 失礼だなー。

 アタシもお姉ちゃんしたくなったんだよ……わかるだろ。


「なあなあ、うちこない?」


「……うん、いいよ」


 それから、学校はもうどうでも良くなった私は彼を自宅へ連れ帰ったってわけ。

 帰る時はあの屋上の分厚い扉が困ったくらいかな。

 でも、普通にあけられたんだよ。まったくノリスケ会長ハッタリすぎだ。


 あとはあんまり話すことはないかな……。

 アタシの部屋にずっと匿ってた。

 会長、プライバシーちゃんと守る人だからそれに甘えてたんだ。

 ごめん。


 ちなみにタケルの服は会長にもらったお小遣いで買ったんだ。

 透明になれるからって、泥棒とかは誓ってしてないから。


 あ、そうそう、家に帰ってしばらくたって気がついたんだよ。


「なあなあ、お前の名前ってなんだっけ?」


「ヤマトタケル」


「長いな、タケルでいいか」


「……いいよ」


 その時ちょっと不満そうな顔してて、抵抗してるのか呼んでも答えない時もあったんだけど、しばらく呼んでるうちに慣れたのか諦めたのか、普通に反応してくれるようになった。


「ちなみにアタシの名前は乾だ、い、いぬいねえって呼ぶんだぞ」


「……わかったポチ姉」


「そうじゃないだろ~」


 こっちは食べ物で釣ったり、結構時間がかかった。



――――――――――――



「ヤマトタケル……?」


「もしかしなくても、古代日本の英雄よ」


「じゃ、じゃあ、乾の部屋にいるのは……」


「悩まなくてもそうでしょうけど、とりあえずは確認しましょう」



 会長のこの一言で、その場にいる全員の今日これからの予定が決まった。そう、めざすは生駒邸。



 あの様子では、もう居ないのではと考えていたが、乾がいつもの調子で玄関のチャイムを鳴らすと、彼は玄関の扉を開け顔をのぞかせた。


いぬいねえ……バレちゃったの?」


「何言ってるんだよ、タケル、お前さっき学校来てただろ?」


「そっちこそ何言ってるのさ? ボクは今日ずっとここにいたよ」


 話がかみ合っていない。

 わざとかみ合わさないこともある乾ではあるが、どうも様子がいつもと違う。



「二重人格なのかしら? やはり心は読めないのだけれど」


「ノリスケ会長、とりあえず中に入る? むっ……」


 霧が……出ていた。

 あの時と同じ霧。


 全員会長を中心に警戒態勢をとる。


 周りが異空間に変化する。

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