第117話 ガーデン 1 二人
「な、何!?」
見渡す限り広がる草原。
会長の家の前にいたはずが……。
「これは、転移、それとも幻影、いやこれまでを都合を総合して考えれば結界が適当か、周囲に人の気配はないし……」
「
言いかけた虎が、キッと生駒に
「こういうときだからこそよ。冷静でなければ飲まれます。タダでさえ、我が家でくつろごうとしているところを邪魔されているのだから」
冷静でない理由がわかった。
が、それすら冷静な口調で述べる彼女に感服する。
「か、会長、とらきち、あ、あれ見て……」
その先には影が二つ。
一つはどこかで見たような
尾が複数、下からのぞいている。
あれは会長を脅迫した、九尾の狐か。
そしてもうひとりは……!
「た、タケル!? どういうことだ」
狐の横には、タケルがいた。
脇を見る。
乾にしがみついているのも、タケル。
二人のタケル!?
狐の横で難しそうな顔をしている側のタケルは、乾があっちのタケルと出会ったときの服装のようだ。
ただ、ひとつだけ聞いていたことと違いがある……全てが黒い、漆黒の衣をその身纏っている。
そっちのタケルが口を開く。
「我こそヤマトタケル。主の命により、そこな黒髪の娘をもらいうける」
「佐保理が!?」
「秋山君、惑わされないで、彼女はここに来ていないでしょう。信じてあげなさい」
生駒が一瞬、波瑠先輩に見えた。
考え方も、性格も全然違っているけれど、流れるものはやはり二人とも同じなのだ。
「は、はい……」
「さてもさても、
十二単が右手を掲げると、それが合図だったように、周囲にあの屋上に現れた狐男の群が現れた。
十重二十重、無数の化け物達。
そして、甲高い笑い声とともに十二単も裂けると、巨大な九尾狐がその姿を現す。
ヤマトタケルは余裕の表情で静観している。
「会長はさがってください……あの大狐は私が」
「冬美、あなたは、今日もう既に大蛇になっているでしょう」
「長くはもたないかもしれませんが、もう一度くらいは可能です。あの大狐を倒せば、他は消えるでしょう。やります」
「ではお願いするわ。でもね、これだけは約束して」
「……?」
生駒は彼女がこれまでに見せたことのない優しい表情をしていた。
「あなたはもうひとりじゃない。無茶はダメ。こんなに大勢の仲間がいるんだから」
「はい……」
「あと、もうひとつ。この戦いが終わったら全員でケーキ食べにいくわよ。もちろん私のおごりで。波瑠達も連れてね」
「ノリスケ会長、それフラグ……。でもいいか、フラグはへし折るためにあるもんね。よし、さっさと終わらせてケーキケーキ!」
「ケーキ……」
「もちろんあなたも来るのよ、上杉さん」
「はい! 頑張ります!」
ケーキ会。絶対女子会。
そこに割り込めない空気を感じたからだろうか、虎はこの状況下での彼女達のこの姿を心底眩しいと思った。
「秋山君……お願いがあります……」
「な、何だ? 冬美」
少し赤みのさした彼女の顔が色っぽく感じられ、虎の心臓の鼓動は早鐘のように鳴る。
ま、まさかここであの時みたいに、き、キ……。
「もう替えが無いので、ここで脱ぎます。あっちむいててください……」
「ですよねー」
虎の手にもつ
「とらきち、ブロークンハートなとこ悪いけど、アタシは会長護衛しとくから、ククリンと一緒に小狐の群よろしく!」
勘の良い乾は例の短剣を構えた状態で、会長と共に姿を消した。
「あいよ!」
「秋山先輩頑張りましょう!」
傍らでファイティングポーズをとる
何故かはわからないが、今日はこの彼女の笑顔が一番癒やされる気がする。
冬美が大蛇になったのが、戦い開始の合図となった。
大蛇はあの光線を大狐に放つ。
「最初から飛ばすな~冬美」
しかし、大狐も負けじと妖炎を吹いた。
光線と炎が空中で激突する。
しばらく、拮抗していたが、やがて……爆裂。
「あんなに強かったのかアレ……」
「秋山先輩あぶない!」
ふり向くと、背後から爪で襲いかかろうとしている狐男。
それを横から菊理が蹴飛ばす。
「あ、ありがと菊理」
「……この戦いは先輩の戦いです。気を抜かないでください」
それだけ言うと、彼女は再び迫る狐男の群に飛び込んでいった。
「俺の……戦い?」
これは、元々、キョウケンメンバーを取り戻すための戦いだ。
もちろんその中には佐保理も入っている。
彼女はそれを言いたかったのだろうか?
疑問を繰り返す暇は無かった。
狼男の包囲が狭まっている。
菊理にばかりまかせるわけにはいかない。
……
それからしばらく修羅場が続いた。
今回は不思議なことに、一度に襲いかかってくる狐男の数は徐々に減ってきていた。
佐保理の力の限界が近づいているのだろうか?
いけない、と首を振る。
それでも多勢ではあり、終わりはまだまだ見えなかった。
狐男も学習してきているようで、複数で連携し同時に攻撃するなど、攻撃パターンも多彩になっている。
今回は建物の壁はなく、全包囲されている。
警戒しつつ慎重に戦うことが求められれば自然と殲滅速度は下がる。
菊理は、一対一どころか、受けるダメージを気にしないで済むため多対一でも負けることはない、というスーパーファイターではあるが、包囲されていては彼女も慎重に戦うしかなかった。
これには、虎と違い、近接戦闘にて一体一体に確実なダメージを叩き込む必要があることも影響していそうだ。
さらに、二人とも、会長の存在を気にしながら戦う必要があった。
十種の所有者に対しては透過能力が発揮されない。
巻き込めば、戦闘能力の無い彼女が危ない。
虎と菊理が間に合わず二人に近寄ってしまった敵は、乾があの短剣で始末している。だが、彼女の戦闘力は、姿を消す能力に依存している。対多人数の戦闘には向かないのだ。
武器を振るう間は、会長とともに姿を現す必要があり、彼女達に気付いた敵が押し寄せれば、加勢しないわけにはいかない。
感覚の鋭敏な菊理は、虎の分も二人の周囲の敵を掃討してくれていた。
いつまで続くのか?
きっと数分だったのだろうが、それは長い時間に虎には思えた。
しかし、終わりが来た。
『少々、荒っぽい、あまり秋山君には見せたくない感じですが……これで終わりですね』
『ぬう……口惜しや……』
大蛇が大狐に巻き付いていた。
メキメキと音を立てて締め上げられた大狐は、限界を超えたのか、光の雫となって消滅する。
同時に虎達の周りの狐男も消滅した。
「頑張ったな、冬美」
『秋山君、あまりこっちを見ないでください……』
「何言ってるんだよ。綺麗だぞ、お前」
『そうではなくて、私、もう……』
その姿が段々小さくなってゆく。
「残念だったなーとらきち、ここまでだ」
少女の姿に戻るらしい。
ジェントルマンとしては、ここは着替え要員の乾に任せて後ろをふり向かざるを得ない。
「な、何だよ!」
乾!? どうしたというのだろう。
「そうはいかぬよ。黒髪の娘はいただかねばならぬのでな」
声に振り返ると、乾の前に、忌々しげな顔をしたヤマトタケルが立ちはだかっていた。
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