第118話 ガーデン 2 奪われた唇
「ふん、我が自ら戦うしかないとはな」
小柄でどう見ても小学生にしか見えない。
しかしその口調、そして漆黒の衣を纏う禍々しい姿は、恐ろしい威圧感となってこちらに迫ってくる。
「た、タケル……?」
「我はヤマトタケル。主、特異点を守る最強最後の守護者なり」
「
冬美の制服入り鞄を抱えた乾を無理矢理下がらせると、
向こうにいる冬美はピクリとも動かない。
あの武道場の時のように力を使い果たして気を失っているように思える。
「佐保理がこんなことするわけないだろ」
「……なぜそれをお前が言える」
「何……?」
「主の心をお前は知っておろう。その主にお前は応えたか?」
「そ、それは……」
佐保理の気持ちは、わからないわけがない。
自分で言うのも何だけれど、あんなに素直に気持ちを向けられて嬉しいと思わない男はいない。
自分はそれに対して……。
でも、自分でも、まだわからないのだ。
その、人を好きになるということが……。
それがわかるまではいい加減なことはできない。
そう思っているのは確かだ。
「秋山君」
だが、今の自分をどう思われるかというと……どう思われても仕方ない気がする。
冬美の……も拒めなかった。
「秋山君!」
いっそ、邪な気持ち全開で、欲望のままに、手当たり次第に。
そういうことができる男だったら、よかったのだろうか。
「秋山君ッ!!」
「は、はい?」
ようやく呼ばれたのに気付くと、ふくれっ面の
あれ、この人、こんなに可愛いかったっけ……?
「もう……ちょっと借りるわよ」
彼女の両腕で肩をつかまれた。
三つ編みをなびかせながら、彼女の顔が、迫る。
「ふぐ? ぐぐぐ……」
唇に柔らかい感触……それを強く押しつけられて
しっとりと吐息が甘く、頬を優しく流れて
彼女の体から漂うフローラルな良い香りにつつまれて――
彼女が目をつむっているのを見て、自分も瞑らざるを得なかった。
鼓動なんてとっくに上限突破している。
意表をつかれすぎた。
……
「いつまでそうしてるの?」
「はい?」
目をあけると、さっきからそうしていたかのように腕を組んで真顔の生駒会長。
「あ、あれ、俺……?」
さっきの、あの、気持ちが良くて、その、体が喜んでしまった瞬間は、夢だったのか!?
「な、何をやっているんだお前らは!」
黒いタケルが顔を赤くして吠えている。
「あら、あなた、どうして狼狽しているのかしら?」
「それは……目の前で、あ、あんなことをされれば当然であろう!」
よかった、黒いタケルのこの反応を見ると、夢ではなかったらしい。
……あまりに生駒会長が平然としているから、自分でも無かったことにしそうだった。
周りを見ると、乾も、菊理も赤い顔で硬直しているから、あれは紛れもなく事実だった、うん。
「そうだ、秋山君、これだけは言っておくけれど、私あなたに全く興味も関心も無いから」
「そ、そんな、だって今……」
身も心も、何かを奪われた感、半端無い。
「確かめたいことがあったのよ。おかげで確信が持てた……そうね、恋愛は自由なもの。それを無理矢理にでも、あなたに教えたくなったことはあるかもしれないけれど」
「恋愛は……自由?」
無理矢理、その、唇を奪っておいて、言うに事欠いて彼女は何を?
「人を好きになるのは自然なことで、無理にするものじゃないの。だから、女の子からの好意に無理に応えようとしてはダメよ。穴山さんはそんな好意を要求する子だったかしら? あの子が欲しいのはおかえしじゃないのよ」
そうだ、佐保理はそれで喜ぶ子じゃない。
ありのままを見て欲しいと、そう願っていた子だ。
何かしてもらったら何か返さなきゃならない、これだけじゃ、相手を見てないってことだ。佐保理にも、冬美にも、生駒会長にも。
「何度も言ったけれど、あの子を信じなさい。あなたに足りないのはそれだけ。わかったなら、さっさとあの子供を懲らしめなさい」
虎は剣を再び構え直す。
「ふん、茶番は終わりだな。ならばこちらも本気を出させてもらおう」
黒いタケルが右手を伸ばすと、空中に、剣が現れる。
そして、そのまましゅるりと、剣の方から彼の手の中に収まった。
「どんな武器だって関係ない、佐保理を、キョウケンの皆を返してもらうぞ!」
剣を斜めにしながら虎は、ヤマトタケルに向かって走る。
そして勢いのままに、斬りかかったのだが――
「え……」
信じられない。
佐保理の創ったものであれば、消滅できるはずではなかったのか?
迷いのまま、剣で剣を弾かれて後退する。
「我の剣は『
「何!?」
「なるほど……三種の神器ね。でも、あれが例え完全コピーでも上とは思えないから、やはり……」
生駒会長が少し離れたところで何やら言い始めた。
「会長どうすればいいんですか、これ?」
「あなた何を言っているの? これは斬り合いなのでしょう。ならば相手を斬る、ただそれだけではなくて?」
恐ろしいことを簡単に言う。
ともかく気にせず、相手を斬るということか。
笑って逝った沖田総司の顔が浮かぶ。
そうだ、彼の想いを預かったままだった。
剣に両手で力を込め、再び黒いタケルに向かう。
「迷いの無い良い目になったな。だがそれだけでは我には勝てぬ」
黒いタケルの言うとおりだった。
あれほど、つや様と特訓した剣技ではあったが、剣で受けてもらえるならば良い方で、全く通じず、空を斬る。
しかし、やはり不思議なのは、これほどの力量差があるにも関わらず、こちらに致命傷を与えるような一撃がこない。
そんな考え事をしていたからか、ふいをつかれてしまった……。
手を離れ、宙に『八握剣』が舞う。
「くっ……」
「勝負あったな。では、黒い髪の娘とそこの片おさげの娘はいただいていく」
その時――
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