第119話 ガーデン 3 笑顔
「待て! 主は、特異点はこんなことは望んでいない」
風にならびく白い衣。
これは
白いタケルが叫んでいた。
そして懐剣を抜き放ち、打ちかかる。
剣と剣が交錯する。
「今の今まで使命を忘れていたものが、良く言う」
「忘れていたんじゃない。ボクは、彼女の心に従っていただけだ」
虎との時とは違って、互いに相手を斬る意思を感じる。
二人の外見からは想像もつかない凄まじい斬撃。
今のところ、互角。
「タケル……」
複雑そうな顔をしている
弟のように可愛がっていた白のタケルが、戦っているのだ。
黒いタケルも外見はそっくり、敵とはいえ何かを考えてしまうだろう。
「彼女の……心だと……くっ」
「そうだ、あなたとボクは……私は、元は一つ、それが分かたれたモノ」
皮膚が、まるで壁の塗装が風化して剥がれるようにさらさらと流れ、体の大きさが大きくなってゆく……。
「え……」
「そ、そんな……」
「やっぱり、そうだったのね……」
見間違うはずはなかった。
本人が気にしていたあのくせ毛。
目の前で剣で戦っているのは、二人の……佐保理。
「あなたは、彼女の迷いの部分が私から分離したもの。でもそれは迷いであって本心ではない」
「言いたいことをいいやがって! 元が一緒なら私も本心でしょうがッ!」
二人の交わす斬撃は、タケルの姿の時よりも、激しさを増している。
「生駒会長……どういうことですか?」
さっきから、一人納得している風の彼女に虎は尋ねる。
「どちらも穴山さんよ」
「えっ!?」
「さおりん!?」
「穴山……先輩?」
「さっき、私が秋山君にキスした時に、赤くなってたでしょ。いくら子供だとしても、さんざん女の子を誘拐して、その気になれば好きにできそうな誘拐犯があの反応はおかしいと思わない?」
「そう言われると……」
「さらに、いくら
「リンク?」
「どちらも穴山さんの分身だということよ。だから、私は、あなたに倒してほしかったのだけれど、あの子は自分で自分と対峙することを選んだのね。こうなっては見守る他はないわ」
虎達四人の目の前で戦いは続いていた。
完全に互角の戦い。
終わりが来ることなど無いのではないのか。
だが、彼女自身がそれを望まなかったらしい。
連撃の後、距離をとってどちらからともなく言う。
「「次の一撃で決める」」
前進。
真ん中で剣と剣が交錯し、エネルギーの渦が巻き起こり、そして……光と闇の渦巻きの中、何も見えなくなった。
……
しばらくして、良好になった視界の中。
人影が二つ。
一つは、地に両手両膝をつけており、一つは立ったままそれを見下ろしている。
「ふん、主は、今回はお前の方を選んだのか。どうせ変わらぬのにな。往生際の悪いことよ」
黒い佐保理は、光の雫となると、白い佐保理の中に吸い込まれた。
それと同時に、草原に扉が現れる。
白い佐保理がこちらに話しかけてきた。
「まずは……彼女を」
冬美を指さす。
乾はハッとすると、着替えをもって飛んでいった。
そして、辿り着くと、聞こえるようにこっちに向かって言う。
「とらきち、あっちむいてろよー」
白い佐保理はそれを聞いて微笑んでいた。
……
「お待たせしてすみません。こちらにおいでください」
扉を開ける彼女に招かれるまま、一同は後に続いた。
着替えさせた冬美は、乾がおぶっている。
これはアタシの役割だと、乾が譲らなかったからだ。
扉の中は、広い部屋になっており、赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアの照らす光景は、豪華な貴族の部屋といった印象。
そして、その奥に、四体の石像――
「こ、これは……」
佐保理、波瑠先輩、市花、直……。
戸惑う虎の前に立つ、白い佐保理が意を決して懇願する。
「全ては、主の罪……罰は私が請け負います。あなたの剣で私をお斬りください」
「そ、そんな……」
「私が存在する限り、主の目は醒めないのです。この悪夢を終わらせられるのは、あなただけです」
「で、でも……」
佐保理の姿をしたこの子を斬るなんて……。
「弱りましたね。それでは……ポチ姉手伝ってもらえるかな?」
「その言い方、タケル!? いや、さおりんか……?」
「あなたと初めてあったとき、初めてな気がしませんでした。それは、主の、彼女の中に残っていた何かなのだと思います」
「それアタシだ……」
「ええ、きっとそうです。それでタケルを続けてしまった。だから、お分かりでしょう。この私は消えても、あなたの中のタケルは消えません」
ニコリと笑う。
その両眼から、何かが頬を伝わり落ちて行く。
乾は、冬美を降ろすと、下を向いたまま言った。
「わかったよ……タケル、さおりん」
彼女の声はしっかりしていたが、肩が震えがちで、何かを我慢しているのは虎にもわかってしまった。
「とらきち、アタシが手を添えてやる。アタシが半分もらってやる。だから……」
消えていた
乾は言葉通り、両手の甲をそっと支えてくれた。
手から彼女の想いが伝わってくる。
目の前の白い佐保理は、瞳を潤ませながらも……微笑んでいた。
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