第113話 ラビリンス 2 魔槍と剛腕

「俺の『八握剣やつかのつるぎ』は浄化の剣。触れればこうなる」


 剣を一つ失わせることに成功した。



「なるほど、その剣はくらうわけにゆかぬな。だが、当たらなければどうということはない」


 勢いをつけて、冬美の剣を払うと、武蔵は残りの一つの剣を両手に構えた。


 一刀流となった武蔵。

 一見有利になったように思えた冬美と虎のコンビではあったが、ここから相手が達人であることを思い知らされる。


 言葉どおり、こちらの攻撃は当たらない。かわされる。


 さらに武蔵が構えるのは真剣。


 冬美も達人クラスの腕前だとは思えるが、彼女は真剣を相手にしたことはないだろう。

 虎だって、沖田総司との戦いくらいである。

 あの時は、意識する余裕もなかったから恐怖とは無縁であったが、今日は違う。


 一刀の重み、触れれば斬られる。

 一切気の抜けない、命のやりとりだ。


 情けない話であるが、気持ち及び腰になっている自分に虎は気付いていた。

 だが、冬美を斬らせるわけにはいかない。

 それだけが、怯える心を奮起させるものだった。



「二人がかりでも話にならんな。『見切り』で全て見えておるから、おぬしら程度の腕前では小細工しても無駄よ。降参せい」



 『見切り』、文字通り解するなら、こちらの動きが読めるということ。

 せめて相手を上回る腕があれば一太刀報いることはできるのだろうが、日本の歴史上、最強の一角を謳われる武蔵を上回る腕の持ち主など、どれ程いるだろうか。


 虎の心は、揺らいでいた。



「なるほど『見切り』……秋山君、十秒ほど一人でもたせられますか?」


「冬美? お前に、やれと言われれば、やるさ、もちろん……怖いけどな」


「怖がることはありません。秋山君の武器はそれを振り回しているだけで、相手は間合いに近寄ることはできないのですから。私に勝利したあなたの目ならば可能です」


 なるほど、相手の攻撃をよく見て防戦に徹すれば、武器の優位で時間が稼ぐのは可能かもしれない。

 何よりも、冬美ができるというのだ。


「わ、わかった。やってみる!」


「信じていますよ、秋山君。ぬい、お願い!」


 言ったか言わないかのうちに彼女の姿が消えた。


「消えただと!? ……逃げたのか? まあいい、元々女子おなご相手は性に合わないんだ。坊主覚悟はいいな……何?」


 武蔵が、消えた冬美に気を取られている間に、虎は一目散に学校の壁に走っていた。


「ハアハア……ここなら、お前が攻めてくる方向は限られるだろう。来いよ、宮本武蔵、逆に滅してやる!」


猪口才ちょこざいな! 猿の浅知恵を! 修行が足りぬこと、思い知らせてやる!」


 武蔵が迫る。

 見える。

 虎は、その動きを目で追いながら、ふと思いつく。

 八握剣やつかのつるぎを構え、相手に向かって上段から振り抜く。


「てやあああああ」


「ふん、その間合いで振っても当たらぬぞ! ぬ……」


 異変を察知したのか、惜しいことに武蔵の前髪を何本か切り取るに終わった。



「まさか、その剣、伸縮自在か!?」


「その通りさ、これなら俺の動きは読めても、読めないだろう!」


「ひ、卑怯な!」


 それまで乱れることのなかった武蔵の心に乱れが生じる。

 その一瞬は彼にとって命取りとなった。


「油断ですか? それがあなたの命取り」


「何!?」


 手にもつ名刀『金重かねしげ』が宙に舞う。

 突如として、虎との間に現れた冬美には彼も対応できなかったのだ。


「今です、秋山君」


 言われる前に体が動いていた。

 武蔵の体を八握剣が貫く。


「なるほど、姿も気配も無ければ見切れぬ。見事、という他無いな。女子おなごと言って悪かった。勝ちを拾うに手段を選ばぬおぬしは立派な剣士よ……無意味な戦から解放してくれたこと、感謝する」


 それだけ言うと、ニコリと微笑み、彼は光の雫となって消えていった。


「武蔵……」


 彼が残した最後の言葉が気になった。



「秋山君、油断しないで、まだいます」


「えっ」


 霧の中から現れた人影。

 手に持つは長い……槍!?

 戦国時代の資料に出てきそうな武者鎧を着ている。



「まさか、武蔵がやられるとはな。女子おなごを連れ帰るという指令で油断しておったかの。では、この『蜻蛉斬とんぼきり』相手にどこまで出来るか楽しませてもらおうか!」


 言い終わるや否や、冬美に迫る槍。

 彼女は、竹刀でさばき、距離をとった。


「え……」


 手に持つ得物が変わっている、短い。

 先ほど槍を受けた部分から上の竹刀が無くなっているのだ。


 『蜻蛉斬とんぼきり』、あの武器は、相手の武器を斬りとるのか……。


「冬美! あの槍は、マズそうだ。下がっててくれ!」


「秋山君……わかりました。私はサポートに徹します。槍の間合いには注意してください」


 変わって前に立つ。


「……!」


 無理だった。

 槍のリーチが長すぎる。

 恐怖。


 ……必然的に虎は槍の間合いにならないように走りまわるしかなかった。それを追い回す、槍武者。


 武者鎧の重さから、素早さはさほどでもないので助かってはいるが、このままではいずれ、敗北するしかない。



「秋山君! 宮本みやもと武蔵むさし塚原つかはら卜伝ぼくでん上泉かみいずみ信綱のぶつな、皆槍に勝利しています。間合いを見切って懐に飛び込むのです」


 冬美が何かアドバイスめいたことを言ってはくれているがそれは無理というもの。走るしかない。そして、とうとう壁際においつめられた。


 槍が迫る、その刹那



「もー、仕方ないな……ハアハア。追いつくのたいへんだったよ」


「乾!?」


 目標を見失った鎧武者が目の前でキョロキョロしている。


「これでイイっしょ。はい剣構えて。さくっとやっちゃってね」


 とん、と背中を押されて、目の前で驚く敵に……一閃。



「な……ひ、ひきょうなり……」


 袈裟懸けに斬られた鎧武者は、そのまま光の雫になって消えていった。


 乾。お前の能力、反則すぎないか……?

 そう思わずには言われない。


 見えない敵にいきなり襲われたら、いかなる達人も対応できないだろう。鎧武者、名乗らせもせずに、ごめん……。

 なぜか、相手に謝ってしまう。



「秋山君、次が来ますよ!」


 冬美が警鐘を鳴らす。

 また、霧の中から現れる人影。


 今度は……大きい。

 教室の天井に届くんじゃ無いかと思えるほどの巨人だ!


 腰布のようなもの意外は身につけていない。

 そのお陰でおそろしいほどの筋肉があるのがわかる。


「グググググ……」


「でかいな……そして日本語通じそうにないぞ。でも当たりやすそうだな。はあああああ」


 巨人に向かって剣を突き出した。

 しかし空を斬る。

 予想外に、相手は素早かったのだ。



「秋山君危ない!」


 よこから丸太のような足。

 虎は、思わず目をつむる。

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