第112話 ラビリンス 1 双剣

「何だか私ばかりお話してしまいましたね。ごめんなさい」


「い、いや、そんなこと、ないさ」


 思ったより壮絶なその内容に、彼女に対して頷きながら、ただ話を聞くことしかできなかった。


「やっぱり、その……私、気持ち悪い子でしょうか……?」


 隣から、綺麗な目で問いかける冬美。


 ち、近い。


 いけない、ここで、何か言わなければ彼女を否定することになる。

 でも、俺に何が言えるだろうか……こんなに綺麗な彼女に対して。

 ……。


「こんな言い方で悪いけど……俺だったら、銃で撃ってきた相手を殺してしまったかもしれない。だって自分の命だろ。だから、俺、冬美のこと、尊敬するよ。お前は、誰も殺さなかったんだ。それはお前の優しさだよ。どんな姿になっても、変わらないお前だ」


 何とか自分の気持ちをそのまま言葉に、できた、気がする。

 伝わってくれ。



「秋山君……」



 冬美は、これまでに無いほど近寄ってくると、突然、肩の後ろにぎゅっと手を回してきた。



 そよ風のように心地よく、彼女の息を感じる。

 そして、次の瞬間唇を柔らかい何かで塞がれ、たまらず目をつむってしまう。

 胸に伝わる彼女の柔らかさとその重みに、鼓動が高鳴る。

 状況を理解できないせいか頭がぼーっとしてどうしようもない。

 ただ、その心地よさに身をまかせてしまった。


 ……


「ごめんなさい……」


 しばらくして彼女は離れた。

 隣の椅子の上で、真っ赤な顔。

 もてあましたのか両手で髪をわさわさしている。

 なんだこの可愛さ、初々しさ。

 とてもあの蒲生がもう冬美ふゆみと思えない……思えないが……。



「い、いや……その……うん」


 残念なことにこちらも、同じ状態だ。何か気の利いたことが言えるわけが無い。



「……そ、そろそろ時間でしょうか?」


 照れ隠しのように言う彼女。

 そうだ、そろそろ作戦決行の時間。



「大丈夫か? 冬美」


「い、いざというときの備えは、か、完璧です。今日の竹刀は会長に特注していただいたカーボンの芯の入ったものですから!」


 竹刀をアピールしている。

 天然ぽいといえば天然ぽいから彼女らしいとは言えるが、ちょっと心配になってしまう。


「そ、そうか、でも無理すんなよ。俺、いぬいと会長と一緒に見守ってるからな」


「……お願いします」


 彼女は目をつむった。

 精神統一に入ったようだ。邪魔をしては、いけないだろう。



 社会科準備室に彼女を置いて、扉を開ける。

 と、その途端に手をひっぱられた。


 犯人はすぐそこに居た乾だった。


 彼女は自分に触れた者を自分と一緒に透明化できるらしい。

 完全気配遮断、完全透過。

 今日はこの能力を使って冬美をガードする。

 ちなみに一緒に消えていると、互いの姿が見えるのだ。


 もっとも十種の使い手については、周りの人間等から見えなくなっても、壁を通り抜ける透過はできないとのこと。


 見えないのは周りの空間に作用する能力だからで、透過自体は本人対象に作用する能力だから違うのだそうだ。

 生駒会長に何度も説明してもらったがよくわからなかった。

 とにかく、十種の所有者と俺は透明可能、通り抜けは不可!

 これでいい。



「どうした? とらきち。右手と右足が一緒に出てたぞ?」


「ぬ、本当だ。なんでだ俺!?」


「は、はーん。冬ちゃんと何かあったのか? まさかとらきち……それは早すぎないか、しかもここは学校だぞ」


「ちょっと待て、どうして市花といいお前といい途中をすっ飛ばしてそこにいくんだ。おかしいだろう」


 憤慨すると、乾はこらえきれないといった感じでこう言った。


「ふふ、ようやく元に戻ったか、とらきち。アタシに感謝するんだな」


 何となくわかった。全部バレてる。


「あ、ありがとな、と言っておく!」


「二人とも、そこまでにして、目を離したら冬美がいなくなってました、では話にならないわよ」


「「ごめんなさーい」」



 冬美は、例の竹刀の入った袋を肩に、社会科準備室を出る。

 廊下、そして階段を下り、下駄箱へ。


「むっ……」


 何だろう、外に出たところで、変な霧が辺りを覆っている。他の生徒の気配は一切しない。


「これは……結界のようなものかしら? 周囲の人間の記憶操作は、これなら必要ないかもしれないわね」


 会長が近くでつぶやいている。

 乾の右手に会長、左手に自分。

 冬美とあんなことをした後で、乾の手を握っているのは……気にしすぎだろうか。



 ブンッ、突如繰り出された刀。

 冬美はすんでのところでそれをかわしていた。



「これを使うことの無いよう祈っていたのですが、そうもいかないようですねっ」


 冬美はサッと袋から取り出し、竹刀をその手に構える。



「おやおや、峰打ちだったのだがな。今日のお嬢さんは一筋縄ではゆかぬか。ならばしかたない」


 再度突き出される剣、カーボン入りの竹刀で受け止める冬美。

 表の竹の部分が削り取られて宙に舞う。


 相手の顔を見て、記憶と照合した彼女は愕然とする。


「あなたは……あの時の!」


「ほう、剣の心得があるのか、これは楽しめそうだ」


 両手に刀を構え、いかにも楽しそうな声で応ずる男は、宮本武蔵だった。


 マズい、あいつには、会長にあやつられていたとはいえ、とも先輩も一撃でやられている。


 虎は八握剣を懐から取り出した。


「生駒先輩、俺もいきます」


「秋山君、頼んだわ」


 白き刀身の剣を手に、冬美と並び立つ。



「これはきっかいな。気配も無く、いきなり現れるとは。陰陽師が別におるのかの。まあ、構わぬ。良い肩慣らしになることを願っておるぞ」


「秋山君、相手は二刀。私が右手から参ります。秋山君は左手からお願いします」


 冬美が指示を出す。

 相手が達人といえども複数を同時に相手にするのは力を割くことに繋がる。


 虎は頷き、その指示どおりに武蔵に向かって上段から剣を振り抜いた。

 同時に冬美も逆側から攻める。


「ふん、我には『見切り』がある。動きは読めておるぞ……何!?」


 武蔵は見事に左右の二撃とも受け止めたのだ。

 しっかり受け止めた。

 おそらく力を誇示し、戦意を挫く意図があったと思われる。


 ゆえに、八握剣は有効に機能する。


「ま、まさか『了戒りょうかい』が……」

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