第9話 占いじゃない

「秋山、お前は近々死ぬ」


 あの時と同じ、ストレートな一言。


 しかし、これは虎には予定されていたことだったので、今更抗うことはせず、一周回って神妙に頷くことができた。


 だが、やはりというか、そうは行かなかったものもいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください先輩。何言ってるんですか? とらも頷いてないで」


 思いがけない内容に椅子から立ち上がる直。


 彼女のこのパニック状態に、虎は昨日の自分の心境を思い出すとともに、先ほど留まることを許可してしまったことを悔やんでいた。


 彼女はまだ一周回っていないのだ。


「直、落ち着いて先輩の話を聞いてくれ」


「とらが死ぬって言われて落ち着けないわよ、アンタこそ落ち着きすぎ! 自分が死ぬって言われてるのよ!」


 虎に向かって激高する。


 先輩は、そんな彼女をなだめる必要を感じたようだ。


「まあ、遠山の反応が普通だ。秋山も昨日の朝はそうだった。ようやく、避けられない運命だと悟って、こいつは落ち着けているんだ」


「避けられない運命って、これ、ただの占いなんですよね?」


 矛先が向いた先輩は、直の勢いにたじろぎもせず、きっぱりと言い放った。


「占いではない」


「……」


 一同動きが止まる。


 いや、正確には、止まったのは直と、それから虎だった。

 市花は、興味深げに、二人の様子を静かに窺っている。


 ここまで必ず当たる占いとはいったい何なのだろう。

 最初は占いであることに抵抗していた虎ではあったが、今は、その正体にかなりの関心を持っていた。

 しかし、それは占いではないという。では、何なのだ?


 直は、先輩の真剣な表情を見て彼女なりに何かを悟ったのか、見えない矛を下ろしていた。今は先輩の方をじっと見ている。その唇に紡がれる次の言葉を待つように。


「ここから言うことは絶対に他言しないでほしい。いいな?」


 二人とも静かに頷く。


 市花はどこを見ているのかわからない風で空中に視線を漂わせているが、これはきっと既に知っているからなのだろう。


「私は呪われているんだ」


「呪われている!?」


「未来が見えてしまう、という呪いにかかっている」


「!?」


 先輩の急な呪われている宣言に困惑させられた二人は、想像の外にある呪いの内容に、さらに混迷の度を深め、反応に困っていた。


 先輩は、例によって、そんな二人の様子など意に介さぬ様子で続ける。


「もっとも、容易くほいほい見られるものでは無く集中を必要とする。ほら、お前達だって遠くを見るときは目を凝らすだろう。あんな感じだ。この力は使うと、とても疲れるんだ」


 あんな感じだと軽く言われても全くイメージできないが、何らかの形で彼女は未来の情報を得る、それには労力を必要とする、ということはわかったので、とりあえずここは説明の勢いに逆らわず、頷く。


「さらに、直接触れた相手については、その人物の未来をイメージとして知ることができる。ただし、その相手にも見えてしまうこともある。これについては、秋山が昨日体験しているはずだ」


 そういうことか、百聞は一見に及かずとは言ったものだ。これには虎は納得した。


 隣の直は、よくわからない時の顔をしていたものの、彼の様子を見て、単なる先輩の妄言ではないことはわかったようだった。


 だが、やはり経験済でない故に納得できないところがあったらしい。


「でも、先輩、未来が見られるのなら、その未来にならないように頑張れば済むんじゃ無いですか?」


「残念だが、私が見る未来は確定した未来なんだ。ゆえに『絶対予言』。どんなに避けようと努力しても、あるいはしなくとも、一度見た結果が変わることは無い。だから呪いなんだ。これも、秋山は痛い程に実感しているとは思うがな」


 そうだ、何をしても、しなくても、結果は彼女の言うとおりだった。


 予言された未来にならないように、夕食がカレーになるように母親に働きかけたが、その結果はポトフだった。

 カレーじゃないという結果になっている。

 もっとも、彼女にはポトフであることまで見えていたようだが。


 テレビについては、結果を変えるための行為はとくに何もしなかったが結果は予言されたとおりだった。


 ゲームのカードについては、得るための手段であるガチャ行為そのものをしなかったが、それでも思いもかけないことで入手できてしまった。


「じゃ、じゃあ、とらが死ぬのは、避けられないんですか……」


 直の声が沈んでいる。

 本来賢い彼女だ、虎から聞いている話と総合して、理解してしまったのだろう。


「そうなる。本当にすまない。こういうことが起きないように普段は手袋をしているんだが、あの朝は、魔が差していてな」


 先輩の声のトーンも低くなり、言葉にもどことなく陰りが感じられた。これは彼女なりに後悔しているのだろう。


 なるほど、今日はしているあの手袋はそういうことだったのか。


 虎は、彼女のことを潔癖症なのかと疑った自分を殴ってやりたくなった。

 きっと彼女はそういった周囲の視線に耐えながらも毎日手袋をしているのだろう。


 誰にもその思いを打ち明けずに。誰にもわかってもらえずに。


 彼は、珍しくうつむく先輩に、どうしても言いたくなった。


「でも、それって先輩が見なくても、結局未来は変わらないってことですよね。責任感じないでください。どうせ死ぬなら、まだ死ぬってわかってたほうがいい」


「秋山……お前は私を許してくれるのか」


「許すも許さないもないですよ。それで、俺、いつ死ぬんですか?」


 彼女にこれ以上気を使わせないように、それだけに最大限気を配りつつ、気丈なフリをする虎だった。


「あのイメージでは遠くでセミの鳴く声が聞こえた。おそらくはこの夏、七月から八月のどこかだろう」


 自分と全く同じイメージを見ているはずなのに、よくそこまで感知できるものだと、虎は事態を忘れ、驚嘆する。


 でも、そうか。


「遅くても八月までの命か……修学旅行はうちの高校秋でしたっけ。行けないのは残念だな。ちょっと楽しみにしてたんですよね」


「とら……」


 隣の直が今にも泣きそうな顔をしている。


 虎は何も言えなかった。


 覚悟を決めたとはいえ、何か言えば自分の方こそ泣いてしまうかもしれなかったからだ。


 重い空気が場を支配した。



 しかし、意外にもそれはすぐに破られた。


「いや、行けなくは無いかもしれんぞ」


「はい?」


 狐に包まれた様というのはこういう状態を言うのだろう。

 絶対に八月までに死ぬというのに、どうやって秋の修学旅行に行けるというのか。

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