第10話 呪いの元凶が救いの神?
「先輩何言ってるんですか? だって八月には死ぬんですよね、俺」
「そうだ」
「でも、秋の修学旅行には行ける可能性があるんですか?」
「そうだ」
先輩は、呪いとやらのせいで「そうだ」しか言えない人形になってしまったのか、虎はこの一瞬真剣にそう考えそうになった。
しかし、あまりにも先輩の目が真剣なので、これは何かありそうだと、いつもながら彼女の次の言葉を待つことにした。
「ちょっと待ってろ」
言い残すと先輩はおもむろに首のところから自分のセーラー服に右手をつっこみ、モソモソし始める。
「せ、先輩!?」
「と、とらダメっ!」
反射的に直に目を塞がれて、何が何やらわからない状態になった。
……
少しして解放されると、先輩は不機嫌そうな顔をしていた。
直はというと、バツの悪そうな顔をしている。
市花は相変わらず、この雰囲気を楽しんでいる様子だ。
「おいおい、私が何をすると思ったんだ、お前達は」
「紛らわしいことしないでください、先輩!」
今日は珍しく直が憤ることの多い日だ。
「秋山、お前は完全に見えていなかったろうが、これだ、これを取り出していただけだ」
主張する先輩の右手には紐が握られており、その先には小さな円盤がぶら下がっている。
円盤は、不思議な光沢があり、電灯の光を反射しているというより、円盤自体が光っている様に見える。
「これは、何ですか?」
「私の呪いの元凶だ。
「沖津鏡?」
「初めて聞く名前だろうな、では説明しようか、皆、時間はまだ大丈夫だな?」
全員が頷くのを確認してから、先輩は語り始めた。
その昔、神話の時代、
そのなかに、ニギハヤヒという神がいた。
彼は、出撃するにあたり、主のアマテラスから
十種神宝は、その名のとおり、二つの
ニギハヤヒはその力を存分に使い、その頃日本の中心地であった大和の国(現在の奈良県だ)を制圧したという。
しかし、同様に高天原から派遣された、三種の神器、
なぜ、同じ高天原の神、しかも、いずれもアマテラスから神の宝を授けられた神同士が戦ったのかは、今も謎とされている。
征服した葦原の中つ国の支配権をめぐる内部での権力闘争や、それを慮っての部下の先走り、実はアマテラスの後継者選抜であった、など様々な説があるが、どれも証拠が無く、決め手に欠ける。
ただひとつ言えるのは、さすがに同じ高天原の神同士であったからか、彼らはこの戦いにあたり神の宝は使っておらず、ゆえに、この勝敗は各々の神宝の力の優劣を決定づけるものではないということだ。
ともかく、ニギハヤヒは敗れた。
ただ、彼は、葦原の中つ国を愛していたのか、無暗に抵抗せず、イワレビコに降り、彼の部下としてこの地に根をおろす。
時代は下り、その子孫は、王朝と神の守護を司る
「その十種神宝のひとつが、この沖津鏡だ、伝承では、世の中の全ての物事を映し出すとされているが、こいつのせいで私は『絶対予言』できるようになってしまっているから、世の伝承というのはまんざら嘘ではないということだな。ん? どうした、お前達」
虎と直は今度こそ何も言えない状況、正確には何と言ったらよいのかわからない状況だった。
突然の神話。
夕食とテレビとゲームの予言と比べて、スケールが違いすぎる、大きすぎる。なんというインフレーション。
いや、死の予言については重い、重いのだが、それでも神話はいきなりだ。
しかも目の前にある金属の円盤がその神話アイテムだと言うのだ。
信じる信じないの前に頭が、理解が実感として追いつかない。
「そうだな、急にこんなことを説明されても理解に困るだろう。だが、この沖津鏡は、秋山、お前の死を予言させたものでもあるが、実はお前にとっては希望でもあるんだ。私はそれをお前に伝えなければならないと考えた」
「どういうことですか?」
「十種神宝は、十種全てを揃えることで奇跡を起こすことができる」
「奇跡?」
「死人を生き返らせることができるんだ」
ようやく合点が行った。
自分は確実に死ぬ。それは動かない。
それでも生き返れば修学旅行に行ける。
生き返れば良いのだ……もっとも生き返ることができるのならばだが。
「生き返れるんですか? 俺」
「気が早いな。十種全てを揃えれば、と言ったばかりだぞ」
「……」
確かに神アイテムがその辺りに落ちている可能性は低いと考えられる。
歴史の中で各地に散逸しているとなると、最低日本全国、浮世絵のような美術品の如く海外に流れていたら、世界中を探し回る羽目になるのだろう。
虎は、眼前に灯る希望の光が小さくなってゆくのを感じた。
「しかし、もう一つだけ良いことを教えようか。どうやら私の沖津鏡はその能力の一つとして他の十種を探知することもできるらしい。そして、十種の一つは既に近くにある」
「本当ですか?」
「言っただろう、私は冗談は嫌いだと」
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