第11話 失われた神の宝をもとめて
「おはようございますです」
虎が直に以前聞いたところでは、彼女は、駅に歩いてこられるところに住んでいるらしい。
この駅は学校の最寄り駅、つまり、学校に近いということで、少しくらい寝坊しても大丈夫ということだ。
それだけで彼にはとても羨ましく思えた。
「おはよう、いっちゃん。そういえば先輩に動きやすい格好で、って言われたけど、これでよかったのかな?」
直は無地の白いTシャツの上にデニムの上着を羽織り、下もデニム調のスカートといったコーディネート。
市花はボーダーのTシャツにパーカーを纏い、下はショートパンツ。
そう、今日は休日。
いつもは通学の途中の位置づけでしかないこの駅も、休日に知り合いと集まる場所と考えると何か特別な場所のように思えるから不思議である。
「大丈夫だと思いますよ。きっと、基本的に労働するのは秋山くんでしょうし、万が一危険があったとしても頑張るのは秋山くん。私たちはあくまで高見の見物です。移動のためにスニーカーだけ履いておけば万事オーケーです」
物騒なことを平然と言う。
でも全く憎めないのが彼女であった。
まあ大丈夫だろう、そうかもしれないとはちらりと考え、Tシャツの上に適当な上着、それに下は柔らかめのジーンズで固めてきたのだから。
ジャージで行こうとしたら直に止められたのは内緒である。
「あははは、とら、頑張ってね」
こういうときは直は味方になってくれない。
母親ともよく共同戦線を張っていることを虎は思い出した。
女子特有のなんというのだろう、自然に群れる様なあの感じ。
考えてみると、今日のメンバーも直、市花、そしてこの後合流するであろう先輩と女子ばかりである。
虎はなんとはなしに自分の前途多難な予想に悲しくなった。
駅の前はロータリーになっている。
休日のせいか時間のせいか、行き交う車は少ない。
しかし、他の二人がガールズトークを弾ませる中、それに交わることもできない虎としては、やる方無く独りで、この代わり映えの無い風景を眺めているしかなかった。
そんな中、青い車が一台ロータリーをぐるりと廻り、そして彼の目の前で止まる。
助手席のウィンドウが開くと、そこから見慣れたあの顔が飛び出した。
「先輩!?」
「よしよし、秋山、ちゃんと逃げずに良く来たな。浅井に遠山もそろっているか、じゃあ後ろに乗ってくれ」
「ラジャーです」
扉が開くか開かないかのうちに、市花がまず車に飛び込んだ。
それから、直、虎と続いて入る。
「あ、お、おはようございます」
運転席の見慣れない男性に、虎は脊髄反射で挨拶する。
見た感じがとてもしっかりしていることから学生には見えない、かといってオジサン臭くもないため、おそらく二十代後半くらいではないかと虎は考えた。
髪は短いながらも左右にきっちり分かれていて全く乱れていない。
灰色のジャケットに黒いチノパン、ジャケットからちらりとのぞくワイシャツには皺ひとつなさそうだ。
後部座席をさりげなく振り返る所作は、優雅さを感じさせるもので、何というかとても大人に見えた。
彼は無言で頷くと、虎の後ろで扉が閉まるのを確認し、アクセルを踏んだ。
「
「兄だ、兄」
何故か言いよどむ市花に、前から先輩のフォローの声があった。
兄、なのか、それにしても年が離れすぎているように思える。
だが、あまりこういうことを考えては先輩に失礼だろう。
それ以上無粋な詮索をするのはやめることにした。
その変わりといっては何だが、もう一点気になることがあった。
「せ、先輩、そ、それは?」
「ああ、これか?」
先輩はニヤリとすると、抱えていた白いものを、後部座席の虎に放った。
「え、えええ」
突然のことで焦る虎。両腕でなんとか受けとめることに成功する。
腕の中で、白いものは、彼の方に向くと機嫌良さげにニャーと鳴いた。
「秋山くん。その子は、つや様ですよ。一応キョウケンの所属でもあります。適度に可愛がってあげてくださいね」
「そ、そうなのか?」
「ほぼ毎日、気がつくとキョウケンの部室にいますからね、この子」
「一応とは何だ浅井。つや様はれっきとした部員だぞ。ちゃんと名簿にも書いてある」
「本当ですか、それはさすがに私も知りませんでしたよ」
珍しくこの二人の会話が弾んでいる。
考えてみると、部長と部員なのだから、当たり前ではあるのだが、あまり部室でこう和やかに話をしている二人を見たことがなかった気がする。
まあ、虎の話が深刻すぎて、市花が柄にもなく気を使っていたのかもしれない。
それにしても……虎は思い出そうとして思い出せないことにふと気がついた。『つや様』どこかで聞いた記憶はあるのだが、どこでだっただろうか。
「つや様って変わった名前だけど、何か意味あるんですか?」
すると、彼としては想定外な程に、周囲から反応が返ってきた。
「ちょっと待て、秋山、お前はどこに住んでいるんだ?」
「とら、ちょっとそれは無いかも」
「秋山くん、引っ越されて間もないとは言え、もう少しこの地について勉強されたほうが良いかと」
三者三様ではあるが、いずれも虎の無知を責めているようにしか思えない。
何だか泣きたくなってしまった彼はつや様を抱きしめたまま
気のせいか、つや様が、前足で自分の頭を撫でてくれているようにも思える。
「あーもう、仕方ないなお前は、まあ、わからないことをわからないと言えるのだから褒めるべきか。本当にわからないやつは、何がわからないのかも言えないからな」
先輩は、変なところに微妙に感心しつつ、真顔になった。
「お前と遠山の住んでいる岩山に城跡があるだろう」
これは虎も知っている。岩山城。引っ越しの直後に父親に連れて行ってもらったからだ。
城の本丸に続く石畳の道は険しく、復元された
「あの城の戦国時代の女城主の名前だ。敬称をつけて、つや様。何かいいだろう、浪漫があって」
「『おんな城主の里 岩山』ってポスターとかいろんなとこに書いてあると思うんだけどなー」
「そうですね、岩山町まで行かなくても、江名駅にすらある気はします、そのポスター」
そういえば見た気もする。
しかし、女城主か。どのような女性だったのだろう。
ただでさえ、城は基本攻められるもので外に気を配らなければならないだろうし、部下は男が多く、ちゃんと従うか内にも目を光らせておく必要がありそうだ。
ちょっと違うかもしれないが、今の自分の立場を考えて、同情してしまうことこの上ない。
「たいへんだったんだな、つや様」
目の前の白い毛並みの良い猫に言って撫でてみる。
猫はニャーンと虎に答えた。
なぜだか彼には、「そうだよ~」と言っているかのように思われたのだった。
「俺も頑張るよ」
「そろそろ着くぞ、準備をしておけ」
気がつくと、窓の外は緑の多い風景になっていた。
とくに準備することは無いような気もするが、きっとこれは心の準備なのだろう、虎は好意的に解釈した。
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