第35話 噂話

「うーん、残念。今日の私の運勢はあんまり良くないみたいです」


 隣の席の佐保理が、スマートフォンを片手にため息をつく。

 これは一応聞いてあげないといけないのだろう、と虎は思った。


「そ、そうなのか」


「よかれと思ってしたことが裏目に出るって書いてあります、乙女座」


「難しいな、それ。よかれと思ったことをしないってのも、人間としてどうかと思うもんな」


「でも裏目に出ちゃうんですよ。もー、今日は私大人しくしてます」


「そ、そうか。まあ、なるべく火種を増やさないようにするっていうのはいいかもしれないな、うん」


 虎は社会科準備室での、自分のあの不用意な発言を思い出して、頷く。


「そうだ、ダーリンは何座? ついでに誕生日も教えて欲しいなー、なんて」


「十一月二十七日の射手座よ」


 後部座席から、直の機嫌悪そうな声が車中に響いた。

 その隣の市花が「まあまあ」と彼女を宥めている。


 今日は、日曜日。

 キョウケン全員で噂の真相を確かめるために、波瑠の兄、政の運転する車でとある場所に向かう途中なのである。




 新しくキョウケンメンバーに佐保理が加わったあの日。


 まだ見ぬ十種に呪われし者の能力について、考察は巡らしたものの、それで何か新たな発見があったわけでは無く、また、つや様に他の七種の能力について尋ねても、「呪われた者により発現する能力は変わるゆえ、無意味じゃ」の一点ばりで、教えてくれなかった。


 このように行き詰まった状況となったため、波瑠の指示で、とりあえず各個人で噂等の情報収集をすることになった。



「穴山の時の浅井のように、少しでも妙な噂があったら探ってくれ。頼むぞ、お前達」



 そして次の日の午後、社会科準備室に集まった面々。


 あるものは、資料の束を手にして勝ち誇った顔をしており、あるものは何も得られなかった絶望に暗い顔をしている。



「すみません、波瑠先輩。先に言っちゃいますが、俺何もこれといった情報、手に入れられませんでした……」


「仕方ないな、秋山は。まあ、お前は肉体労働前提で考えているから、そっちで頑張ろう」


「よかったですねえ、秋山くん。これで存在価値レゾンデートルが確立されたじゃないですか」



 怒られはしなかったが、先輩、市花の変な慰め方に、却って傷ついた虎だった。



「ダーリン大丈夫、私がその分が頑張るから!」


「そ、そうか、それはすまん」


「ほほう、自信あるのか穴山。新人なのにお前という奴は。これは期待大だな」


 勝ち誇った顔の佐保理は一言。


「学校近くのスーパー『バロン』で特売があるそうです!」


 それまで、期待の目で彼女を見ていた、波瑠の表情が曇る。


「なんだそれは……確かに何でも探るようにはいったつもりだが……、ええい、いったい何の特売だ」


「えーっとチラシを見ると、まず、お米。『あきたこまり』と『こしひかる』がババーンと出てますね」


「特売するレベルっていうのは意外だな。この辺り田んぼが多いし、皆お米を作っているのかって思ってた」


 学校からちょっといけば田んぼ、道の脇には基本田んぼか畑。


 東京育ちの虎が、この地域の人口の九十パーセント以上が自家製のお米を食べているのでは、と思ってしまっても確かに無理はない。


「お米を作るのは大変だからな。ウチも祖母が元気だった頃は作ってたんだが、もう作ってない。今はそういう家多いかもしれないな」


 ちょっと寂しそうな顔をする波瑠が気になって、虎は視線を彼女からはずせなかった。


「何だ、秋山……ああ、ウチの祖母か。大往生だった。それに、私にいろいろ残していってくれている。だから心配するな」


 そう言ってニコリと微笑む。

 一学年しか違わないはずであるのに、と虎は彼女の大人っぽさにちょっぴり感動を覚えた。


「お米以外だとですねー、変わったのだと……ああ、これこれ、蛇避けスプレーとか蛇捕獲棒とかがイチオシみたいです」


「へ、へびか……」


 虎は蛇が苦手だった。


 東京にいる間、実物を見たことが無かった彼は、こちらに来て道路の上で初めて遭遇した時、恐怖のあまり動けなかった。


 舌を出したり引っ込めたりして、くねくねとしながら睨んでくる。

 邪眼ならぬ、蛇眼で。


 「ひ、ひぃいい」と声にならない叫びをあげつつも、よく足が動いて逃げられたものだと今でも思っている。


 あの時は、直後に、彼の顔を見た母親が「何で泣いてるの? 大丈夫」と声をかけたことで、自分が泣いていたのだという事実に気がつき、ばつの悪い思いをした。


 生理的にダメというのは、きっとああいうことを言うのだろう。


「秋山くん、このあたりの少年少女が最初に戦うモンスターは蛇なのですよ。スライムとか生やさしいレベルじゃありません。毒がありますからね、田んぼの近くで遊んでる時に遭遇したら全員攻撃、全員防御です。殺られる前に殺れ、ですよ」


 何だその難易度の高いロールプレイングゲームは。

 最初から毒消しが必須とか、気がついたら全滅してセーブポイント戻り、は必至ではないか。


 虎は、そんなことを考えつつも、頭に浮かんだあの蛇の記憶を振り払うのに必死だった。


「こらこら、浅井。蛇は一応、田んぼにとっての害獣を食べてくれる益獣でもあるんだぞ。基本怖がりだから、人間から攻撃しなければあっちが逃げる。まあ、田んぼだけじゃなく家の庭にも出たりすることも普通にあるから、万が一を考えて、蛇避けみたいな、そういうのは必要ではあるが」


「いやですねー、先輩。私の若かりし頃のお話ですよ。若かりし頃の」


「すまん、お前だと現在進行形に見えて仕方なかったんだ」


 市花の若かりし頃って、いつだ?

 この件については、波瑠に激しく同意な虎であった。


「あとはですねー、このお菓子安いけど、ダイエット中だから、我慢でしょうか」


「佐保理、意外に根性あるんだな……だけど、そのあたりにしとこうか」


「なかなか興味深い情報ではあった。チラシは需要と供給の現れだ。消費行動には地域に潜む何かの影響が現れている可能性も否定できないからな。調査方法として間違いではないぞ、うん。穴山、お前はお前なりによくやった」


 難しい言葉がちりばめられていて、波瑠が何を言っているのかは、いまいち不明ではあったが、語る表情からは、佐保理への優しさが垣間見えた。


「えっへへ~、先輩に褒められちゃったよ、ダーリン」


 嬉しそうに微笑む佐保理。


「よかったな」


「うん。実はこれ、斉藤さんのアイデアだから、本当に嬉しい」


「斉藤さんって、クラス委員長の斉藤さん?」


 急に知り合いの名前が出てきたためか、直が割り込んできた。


「そうだよ。最近話しかけてくれてるの。勇気出して『キョウケンの宿題なんだけど、何か面白い情報無い?』って聞いてみたら、鞄からこのチラシが出てきて『これ見ながら、佐保理の話したいこと話せば良いと思う。チラシ皆好きだし』って私にくれたんだ」


 佐保理の話を聞いた直も、とても嬉しそうだ。


 あの朝のことを思うに、おそらく、委員長ネットワークにより、直が裏で斉藤に手を回しているのだろう。



「よし、では次は、遠山!」


「えーっと、これは友達の噂なんですけど。絶対恋愛成就する神社があるって言ってました」


「それは……また私への挑戦か、捨て置けないな」


「波瑠先輩、やっぱりそこはこだわるんですね。しかし、どういう神社なんだ、直」


「何でもその友達が、通りすがりにその神社で『我にイケメンをもたらせ!』って、祈っている子の姿を見たらしいんですけど、その翌日にその子、超絶イケメンと通学路歩いてたとか」


「真実願いを叶える神社だというのか。神が相手では私も分が悪いな。まあ、興味深くはあるが、その内容だと十種の線はなさそうか。ん? どうした穴山、急にそわそわして。何かこの後用事でもあるのか?」


「あ……何でも……ないです。本当に」


 見ているこちらが気になるレベルで首を振っている。

 これは触れない方がよさそうだと先輩は思ったらしい。


「そ、そうか、何かはわからないが、話したくなったら言ってくれ。では、最後に浅井」


「真打ち登場ということですね……クックックッ」


 まだ震えている佐保理と対照的に、こちらは落ち着き払っているというか、ふてぶてしい。


「うん、まあ、そう思ってるよ、俺含めて全員、多分な」


「では今回のスクープ!『根国湖ねのくにこ』で怪物を見た!』」

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